第六十七話「表彰」

「ご、ごべ、んなざい。わだ、わたしが! わだしが、負けちゃったから……!」

「いや、お前のせいじゃないって。むしろ良くやってくれたさ」

「う、う、でも、だってぇ! わたし、最後で! トパーズざんと、ラピスさんも頑張っでて! なのに、わだし!」

「お前も頑張った。それは俺だって分かってる。ラピスもトパーズだって知ってるだろ?」

「お、お兄ぢゃん、だって、わたしは! だってぇ!」


 エリーとの決勝戦が終わり、今いるのはテイマー会場の控え室。

 ラピス達はやられるとここに帰ってくるらしい。それを聞いてとりあえず来てみたんだが、扉を開けた瞬間目に飛び込んで来たのは、泣きじゃくるアウィンとそれを慰めるラピスとトパーズだった。

 しかも、俺が来たら来たでまたもや俺を見たアウィンの涙腺が崩壊してしまい、今度は俺がアウィンを慰めている。


 そう。俺達は負けた。

 最後の最後、大狼が体勢を崩した隙に飛び乗ろうとしたんだが、ここで大狼はとんでもない行動に出た。

 逸れてしまったハウリングを強引に地面へと向けたのだ。


 飛び散る瓦礫。闘技場全体を駆け抜ける風。

 遠く離れていた俺のところにまで達する程の風だ。それが放たれた爆心地では当然、立っている者の姿はない。


 相討ち。

 それが大狼の選んだ手段。


 アウィンがやられてしまえば、俺に残されたテイムモンスターはいない。

 一方のエリーは二体目を残している。

 もちろん、優勝はエリー。

 俺はエリーに負けた。


 だが、そのことをアウィンが責任に感じるのはお門違いってもんだろ。

 相討ちではあったが、あの“森林の大狼リェース・ヴォールク”を倒したんだ。誇りに思ってもいいくらいだろうな。


「俺は胸を張って、お前らが俺の誇りだって言えるぞ。お前は違うのか?」

「お、お兄ちゃんは、悔しくないんですか!? 勝つために頑張って! もう少しのところまで行って! それなのにっ!」

「そりゃ、悔しい。当たり前だろ」

「だったら、どうして……!」

「アウィン、別に俺は泣いてるのが悪いとか、悔しがるのが格好悪いとか言ってんじゃないぞ」


 雰囲気的にそのまま放っておくわけにもいかず隣にいるが、別にアウィンが悪いことをしたなんて思っていない。

 むしろ、よくやったと褒めてやりたいぐらいだ。だが、言ってもアウィンに否定されるだろう。

 結果、変な言い争いのような構図が出来上がってしまった。

 よく考えりゃ不毛なやりとりだな、これ。


「あー、アウィン。こういうのは俺、上手く言えないから雰囲気だけ掴み取って欲しいんだが」

「……何で、しょうか」

「今、アウィンの主張は“自分のせいで負けた”というものだ。だが、俺は“それは違う”と言った。これが論点となってる。そもそも、悔しい悔しくないは関係ないんだよ。って、待て。今のは違うな。悔しくてもいいんだが、今、議論すべきことじゃないというか。とにかく、お前の主張である“自分のせい”ってのは自棄やけになってるだけで、第一、誰かのせいにしていいことじゃないんだ。多分、ラピスもトパーズもそう言ってただろ? この時点で“自分のせい”ってとこが破綻する。その結果、アウィンの主張自体が破綻するものとなって、この議論が成立しないという結論を出すことができるんだ。……あー、分かるか?」

「…………えーと」


 どこか、間違ったか?

 やっぱり、その場凌ぎの論議だと穴があったのだろう。ダメだ。俺の意見が通っていない。

 こういう、人を慰めるってのは苦手なんだよな。言いたいことが纏まらないというか、なんつーか。


「……ふふ」

「んだよ、支離滅裂で笑うしかないってか?」

「あ、いや、えっと、ごめんなさい! その、お兄ちゃんっぽいなーって」

「なんだよそれ」


 アウィンが笑った。

 呆れて笑うしかなかっただけかもしれないが、それでもいい。

 よかった。また、笑ってくれた。


「アウィン。それに、ラピス、トパーズ。周りに人もいないし、この際だから何も考えずに思ったことを言ってみようと思う」

「え? は、はい」

「なんかな、嬉しいんだ。こうしてお前らと悔しがれることが。ああ、仲間だなって。みんな生きてるんだなって」


 ユズとケンも一緒に悔しがったり喜んだりしたが、やはりゲームはゲーム。どこかに一線が引かれていた。

 だが、ラピス達はこの世界で生きている。それはラピス達の現実リアルだ。


「ありがとう」


 俺の仲間になってくれて。


「ありがとう」


 こんな俺に付いて来てくれて。


「あり、がとぅ」


 何も言わず、ただ、側にいてくれて。


 次は勝ちたい、な。


 ~~~~~~~~~~~~~~~

 ~~~~~~~~~~~~~~~


「おい、引っ付くな。周りの目が痛いんだよ。なんか視線だけで殺されそうなんだよ。頼むから離れてくれ」

「えへへー。嫌ですー!」

「穢らわしいですわ。変態の権化ごんげですわね」

『わう!』

「変態言うな。こいつが勝手にやってんだ。俺が強要したみたいに言ってんじゃねえ」

「話しかけないでくださいませ。穢れてしまいますわ」

「あ? 何が空気感染するってんだよ? 変態か? 変態はウイルス性なのか!?」

「「「滅びろぉー! 俺たちのアウィンちゃんを返せぇーっ!」」」

「るっせえ! 何が俺たちのアウィンだ! アウィンは俺のテイムモンスターだっつってんだろ!」


 闘技大会テイマー部門表彰式。

 ここに呼ばれたのは俺とエリーだけだ。三位決定戦はなく、優勝と準優勝のみを表彰するらしい。

 で、今まではテイムモンスター達が暴れまくっていた闘技場の中へと来たのはいいんだが。


 アウィンがやたらとくっ付いてくる。歩きにくくて敵わん。

 そして、それを見たプレイヤーからの非難が酷い。控え室の前にスタンバってた奴らなんて血涙流してたぞ。どんなエフェクトだよ。

 で、当のアウィンはと言うと我関せずを貫き通している。誰に何と言われようと離れてくれない。今も、俺が観衆へ言い返したことで目をキラキラさせ始めた。

 俺のテイムモンスターだって言ったんだからな? 「アウィンは俺のもの」なんて言ってねえぞ。


只今ただいまより、第一回闘技大会テイマー部門表彰式を執り行う! 準優勝、テイク! 前へ!」


 俺の名前が進行役のNPCから告げられ、俺とエリーの正面には可愛らしい、しかしどこか威厳を持った少女が立つ。

 白と淡い薄緑色を基調としたドレスに長い金髪が映える。線の細い身体、整った顔立ち、その頭にはきらびやかなティアラ。

 どっかのお偉いさんですかね。お姫様とか。そういや、ここの国ってなんて名前だっけな。


 そんなことを考えながら、俺は一歩も動かない。俺のプレイヤーネームが呼ばれた時には拍手、歓声、怒号と中傷、ブーイングが飛び交ったものだが、動かない俺を不思議に思い静まっていく。

 そろそろかな。


「お兄ちゃん?」

「すまん、ちょっと離してくれ」

「あ……」


 一歩前に出て、大きく息を吸う。

 ずっと前から考えていたセリフを、吐き出す。


「聞いてくれ、ESO運営! 闘技大会に出た今なら知ってるんだろうが、うちのアウィンは町盗賊だ! バグか仕様かは知らないが、町盗賊が運営に消されてもアウィンだけは生き残った!」


 観客席がザワザワし始める。この中には町盗賊の被害に合ったやつもいるんだろう。

 知るか。アウィンが狙われるリスクよりもいきなり運営にアウィンが消される方がよっぽど怖い。

 普通にプレイしていても、いつかアウィンが町盗賊だとバレる可能性もある。それならいっそのこと、こっちから先手を打ってやろうじゃねえか!


「アウィンは俺の大事な仲間だ! 最終戦だって負けはしたが大いに活躍してくれた! だからどうか、今更バグでしたなんて言って消したりしないでくれ! 運営からすればデータなのかもしれないが、俺にとってはそれ以上なんだよ!」


 誰もいない虚空へと頭を下げる。

 笑いたきゃ笑え。俺だってゲームにここまでマジになってるやつがいりゃ笑う。

 だが、俺にはもう、ここがゲームだなんて思えない。ラピス、トパーズ、そしてアウィンが間違いなく生きている世界。

 俺にとっては、そんな世界だ。


 頭を上げ、お姫様であろう人物の前まで歩く。


「ここにおわしますは、ガランド国姫君であらせられる、ユリ・フォートライン・ガランド様である! 此度の表彰のため、その御御足をこの辺境まで……」


 なんか長々と進行役のNPCが言ってるが俺の心臓はバックバクだ。いや、実際はアバターの体だからそんなことはないんだが気持ち的にヤバい。

 こんな人前で何かするってだけでも免疫はないってのに、大声で、しかも知らない人からすれば「何言ってんだ、コイツ」的な反応されることを叫んだんだぞ。もう、なんか、ほんと、ヤバい。


 しかも、目の前にいる、どうやら本当にお姫様だったらしい人物がその金色の双眸そうぼうでずっと俺を見てきやがる!

 何だよ! NPCからも不思議がられるってことか!? やめろよ! こっち見んなよ!


「ユリ・フォートライン・ガランドが讃えましょう。おめでとう。より一層の研鑽けんさんを積みなさい」

「え、あ、はい。どうも」


 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

 称号を手に入れました。


 “第一回闘技大会テイマー部門 準優勝”

 ▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲


「安心……さい。……うぃんさ……っと」


 気付けば、手元に銀色のトロフィーと真っ白な腕輪を持った状態で元の位置へと帰ってきていた。

 戻り際に何か聞こえた気もするがそんなことはどうでもいい。もうね、早く帰りたいんだよこっちは。


 隣にはアウィンと、アウィンへ預けていたラピスとトパーズがいる。ラピスは頭、トパーズはアウィンに抱かれている状態だ。

 三人が話しているようだが、俺にはアウィンの声しか聞こえないので会話に参戦することはできない。

 ラピスやトパーズを見て癒されておこう。


 前ではお姫様とエリーが何かやってるな。

 あ、エリーに金色のトロフィーと、虹色に光る腕輪を渡した。


 そっか、この腕輪は賞品だったな。

 スキルリングだっけか。とりあえず、装備してみるかね。呪いの装備だったりなんてことはないと思うが。


『おい、聞いたかよ! さっきの旦那が言ってたことをよ! オレはもう、猛烈に感動したぜ!?』

『トパーズ。それはもう何度も聞きました。ですが、興奮が収まらないのも理解できます。ご主人様マスターの愛が伝わって来ました』

「もー、トパーズさんもラピスさんも大袈裟ですよー。でも、さすがお兄ちゃんです。わたし達のこと大切にしてくれているんですね!」


 ……うん?

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