第五十二話「約束」

「おい、アウィン。お前が撒いた種だろ。何とかしろ」

「あの、わたし、お花を育てたりしてませんけど」

「……お前が引っ張ってきた牛豚鶏だろ」

「お兄ちゃん、わたし、手綱は」

「とにかく、何とかしてくれ!」


 アウィンがトレインしてきた敵モブが、俺達へと土煙を上げ突き進んでいるのが見える。

 到達まではもう少し時間があるだろうが、敵はアウィンを狙っているのだ。確実にここまで来るのなら対策しなければならない。


 町まで逃げるか?

 他プレイヤーに迷惑がかかる。却下だ。そもそも、俺が逃げ切れるはずがない。


 なら、戦うか?

 迫りくる大量の動物達。何頭いるのやら、見える範囲だけでも五十は超えてるんじゃないかな。

 この数相手にどう戦うか。実を言うと、やりようはある。


 あの群れはアウィンだけを標的として動いている。それなら、アウィンが移動すればあの群れだって進路を変えるはずだ。

 そこを、俺とトパーズで各個撃破できればいつかは全滅させられるだろう。

 各個撃破のやり方は《土種》や《闇種》で何とかできそうではある。


 ただ、なあ。


「アウィン、ラピスを持っといてくれ」

「あ、はい。何するんですか?」

「仕方ねえから、俺がお前の尻をぬぐって」

「な、ななな、何を言ってるんですか! お兄ちゃんは変態さんですか!? わ、わたしの、わたしのお尻を……!?」

「……ほんと、バカだよな、アウィンって」


 顔を真っ赤にし、咄嗟に自分の尻へ手を回すアウィンに背を向け歩き出す。

 手にはいつものアイテム。


 コイツらを全滅させられる可能性は確かにある。だが、ラピス達のレベル上げは終わったし、ドロップする素材だって充分すぎる程の量をもう手に入れている。

 戦うメリットがないのだ。


「ってことで、いつもの魔法を使わせてもらう」


 しばらく待ち、ついに群れが俺のところまで到達する。時間があったため、毒液のスリップダメージでHPもいい感じに減らせることができた。

 先頭を走っていた牛の角が、俺に突き刺さった、その瞬間。


 空間魔法、死に戻りが発動した。


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「お兄ちゃん! また、自分から死んじゃったんですね!?」

「別にいいだろ。この方が効率的なんだから」

「自分で死ぬことがいいわけないです! 変な癖付いたらどうするんですか!」

「どんな癖だよ」


 俺氏、絶賛お叱り中。

 つっても、アウィンが勝手にまくし立てているだけだが。わざと死に戻りするテクニックはよくやるし有用だ。

 アウィンとしては、この世界がリアルなんだろうが、俺としてはゲーム。

 死に戻りを縛るつもりはない。


「お兄ちゃん、聞いてますか!?」

「おー、聞いてる聞いてる。確かに南極の氷はパチパチ言うよな」

「なんの話ですか!」


 死に戻りしたことでオッドボールへと戻ってきたがここは二階。とりあえず、一階へ降りよう。繭もいるだろうし。


「ただいまー。って、お? 繭、と癒香か? なんでオッドボールに?」

「あー、テイク、おかえり。あと、ご愁傷様」

「お帰りなさい、テイクさん。とっても完璧なタイミングでしたね。この時間に来て正解だったようです」


 完璧なタイミング?

 俺が来た時に言うセリフが?


 嫌な予感がする。


「テイクさん?」

「……なんでしょうか」

「第二の町到達、おめでとうございます」

「あー、癒香にもメール来たと思うが、第二の町へ行くのに北のボスを倒す必要が無くなったんだ。だから、俺のレベルはあんまり」

「レベル二十五、なられたそうですね」


 繭を見る。

 目を逸らす繭。

 なお、見詰め続ける。

 おい、今目があっただろ。逸らすな。


「テイクさん、MP増えましたよね」

「…………」

「その反応。約束、覚えて頂けているようで何よりです」


 言えない。最近まで忘れていたなんて絶対に言えない。

 きっと、アレだよな。まだ、アウィンが俺のテイムモンスじゃなかった頃。ラピスの強化に協力してくれるお礼として、MPが三千を超えたら提供するっていう。


 今の俺のMPは?

 5,950。言い逃れはできない。


「さあ、テイクさん」

「あの、癒香お姉さん。お兄ちゃんが困っているようなんですが……」

「アウィンちゃん。私はテイクさんと約束してたんです。約束を破るなんて悪いことだと」

「癒香。すまん。今からでいいか?」

「え? あ、はい。大丈夫ですけど」


 思わず癒香の言葉を遮ってしまった。何でだ。

 アウィンに幻滅されたくなかったとか?

 俺は子供か。


 多分、癒香はアウィンの俺への印象を悪くしようとする意図はなかった。

 当たり前だが、癒香から見たアウィンはただのテイムモンスター。NPC。アウィンに話し掛けられたから、俺をからかってやろうと言った言葉だったんだろう。


 “オッドボール”のメンバーはラピス達をNPCとは見ないからな。普通のプレイヤーだとラピス達への対応はこんなもんだ。

 もっとアウィンと話したり、ラピス達と一緒にいれば考えの変わる人もいると思うが。


「ああ、そうだ繭。癒香の店へ行く前に素材を渡しておきたいんだが」

「ん。出して。全部」

「恐喝すんな。冒険者ギルドで換金する分は出さねえよ」

「……とか言って。今日も、凄い量」

「アウィンがいるからな」


 アウィンの《盗む》スキルは不発することも多いが、一体から取れる素材は普通よりも多いはずだ。

 その結果、繭の元へは大量の肉が送られることとなる。


「……テイク」

「なんだ? これ以上は換金するからやれねえぞ」

「違う。この、お肉達で、繭に、何を、作らせる気なの」

「……ミートソード的な?」

正気度SAN値が削れそうな武器ですね」


 言われてみれば確かに。牛や豚達の肉素材が大量にあるが、それを繭に渡しても繭には使いようがない。

 ってことは、全部換金か。死に戻りのペナルティーで減ったとはいえ、六日間分の素材を売ればちょっとした金になりそうだな。


「あの、テイクさん。そのお肉、全部売るんですよね?」

「繭がいらないらしいからな。俺が使うわけでもないし、売るつもりだ」

「でしたら、私が高く買い取らせて頂きますよ」

「癒香が?」


 いや、癒香って薬師だっただろ。肉を薬に? あるんだろうか。

 ゲームなら何でもありとか?


「MP提供はちょっと辛いですからね。これぐらいの旨みはあってもいいかと」

「そういうことか。いいのか? 結構大量にあるぞ」

「資金繰りには自信があるので。お金はありますよ」


 繭を見る。

 目を逸らす貧乏人。

 この店に客が来ることなんて、あるんだろうか。


 ~~~~~~~~~~~~~~~

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「あ゛あ゛あ゛あ゛」

「お兄ちゃん、しっかり! もう終わりました! 終わったんですよ!」


 頭が痛い。視界がチラつく。耳鳴りがうるさい。

 隣に誰かがいる。誰だ。どうでもいい。

 目を閉じると、手が何かに包まれた。反射的につかむ。力いっぱい、思いっきり。


「はあ、ああ、うあー、気持ち悪い。こればっかりは慣れる気がしねえ」


 だが、《MP自然回復》のお陰か、少しずつ楽になってきた。闘技大会の準備もある。そろそろ、ベッドから起きないと。

 癒香の店“aroma”で大量のMPを搾り取られ、立つこともできずに寝転んでいた体を起こす。


「……おい、アウィン」

「……!」

「邪魔だ」

「えぇ!? なんでですか! この流れはち、ちゅーしちゃう流れじゃないんですか!?」

「いっつも唐突に何言ってんだ、お前は」


 目を開けると、アウィンが目を閉じて迫ってきていた。何を言ってんだと思うかもしれないが、事実だ。

 ほんと、こいつは急に俺を世間的に殺そうとしてくるから困る。お前は見た目中学生女子なんだぞ。中身はアホの子だが。


「だ、だって、わたしがお兄ちゃんの手を取ったら、優しく握り返してくれたんですもん! お兄ちゃんはわたしを求めてくれているんだと!」

「俺の手を触ってたのはお前か。潰す勢いで握ったんだが」

「潰そうとしたんですか!?」


 恨むべきは、初期値のATK筋力値か。俺の全力は優しく握り返すレベルらしい。

 潰そうとして攻撃判定となったからATK筋力値が反映されたんだろうが、今、握力測定したらどうなるんだ俺。逆側に測定不能とか悲しすぎるぞ。


「あ、テイクさん。気分はいかがですか?」

「やっぱり、MPを吸われるのはキツい。今は大分楽になったかな」

「ありがとうございます。MPが六百回復する回復薬なんてテイクさんじゃないと作れませんから。またお願いしますね。それじゃ、お店のテーブルへ来て頂けますか?」

「ああ、わかった」


 精算だろうか。ここでもいいと思うんだが。

 また、やることになるんだろうな。約束を放ってしまった罪悪感が恨めしい。


 トパーズを抱いた癒香が俺のいる部屋から出ていく。俺も行こうか。


 闘技大会は明日。ゆっくりしている暇はない。

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