第二十八話「アウィン」

「お兄ちゃん!」

「うおっ!?」


 なんだ!? 名前にアウィンと入力した途端、急に抱きついて来やがったぞ。

 てか、喋った? 今、喋ったよな!?


「もう、どこに行ってたの、お兄ちゃん! わたし、いっぱい探しました!」

「待て。なんの話だ。とりあえず、落ち着け」

「そうだ! お兄ちゃん、リンゴ、半分こです! あれ? わたし、リンゴ半分食べたはずなのに、戻ってる!」

「いや、それは俺がお前に渡したやつで」

「すごい! すごーい! お兄ちゃん、リンゴがね、半分から一個になりました! わたし、食べたのに!」

「うん、だからな。それは」

「はい、お兄ちゃん!」

「…………」


 俺のあげたリンゴを両手に持って、俺に突き出してくるアウィン。

 さっきまで、静かに椅子に座ってたじゃねえか。なんでいきなり、そんな元気に


「いいんですよ、お兄ちゃん! わたし、本当に食べましたから! だから、これ、ぜーんぶ、お兄ちゃんのです!」


 どうやら、少し考え込むことすら許されないらしい。

 なんて、やかましい子供なんだろうか。中学生くらいだと思ったが、中身は完全に子供だな。

 とりあえず、リンゴは受け取っといた方が良さげか。


「ああ。ありがとう」

「えへへー。約束だったから! 半分こです!」

「そうか。でもな」


 アイテムボックスから、もう一つリンゴを取り出す。

 おお、アウィンの目が点になったぞ。面白いな。


「え、あれ? リンゴが半分から一個になって二つになっちゃいました!? なんで!? お兄ちゃんがやったんですか? 凄い!」

「ほら、二つあるなら、一つはお前のだ」

「わあ! ありがとう、お兄ちゃん!」

「あと、その“お兄ちゃん”ってやつなんだが」

「んー?」

「多分、人違いだぞ」


 じーっと、俺の顔を見詰めるアウィン。

 しかし、すぐにコテンと首を傾げてしまった。

 なんでだよ。俺に妹なんていねえぞ。


「えっとー、確かに、言われてみればどことなーく、お兄ちゃんとは違う気もするんですけど」

「だろ。だから、俺は“お兄ちゃん”じゃねえよ」

「でも、わたしの中で、目の前にいる人はわたしのお兄ちゃんだー! って、確信? みたいなのがあるんです」

「おい、待て。そこ曖昧すぎんだろ。どういう事だよ」

「お兄ちゃん、変装してます?」

「してねえよ!?」


 ゲームキャラって意味では、目の色とか変えてるし、変装って言えるのかもしれないが、アウィンはゲーム内のキャラクターだ。

 なら、その兄だってゲーム内キャラだろ。俺は現実世界の人間だってことは自信を持って言えるぞ。


「むー、なら、お兄ちゃんは誰なんですか! わたしのお兄ちゃんなのは、覆りませんよ!」

「そこを覆さねえと何も変わんねえだろが!」

「あのー、そろそろいいかしら?」

「僕達、完全に蚊帳の外だったねー」

「こんな、兄妹喧嘩なら、見てて、ほっこり、する。いいぞ、もっとやれ」

「わ、誰かいた! お兄ちゃん、この人達、どなたです?」


 ユズがやっと割り込んで来てくれた。

 こいつら、絶対わざと静観してただろ。人が振り回されてるのを、喜劇みたいに楽しみやがって。

 まあ、実際のところ、俺一人ではもたなかっただろうし、助かったな。

 とりあえず、俺の後ろに隠れたアウィンに三人を紹介してやろうか。


「この人達は右から、メイクさん、デザイナーさん、空気の人だ」

「テイク、それは酷いよ!?」

「じゃあ、お前はアウィンに何かしたのか?」

「し、してない、けど。二人なんてアウィンちゃんをオモチャにしてただけじゃん!」

「メイクさん……!」

「デザイナー……!」

「感動してるし!」


 美容関係やデザイナーは、女の子憧れの職業らしいからな。

 二人も、一度は考えたことがあったんだろう。急に上機嫌になったし。


「アウィンちゃん! 私がメイク担当のユズよ。よろしくね! あなたの髪や爪を整えたの。今度、ちゃんとメイクもしてあげるわね」

「デザイナーの、繭。着たい服があれば、言って。作ってあげる」

「えっと、僕は空気じゃないからね。みんなを守る盾って感じかな。ケンです。よろしく」

「んーと、えーと、ユズお姉さんと、ケンお兄さんと、繭ちゃん! そして、お兄ちゃんです!」

「だー! こっち来んな! もっと親睦を深めとけ!」

「ま、繭、ちゃん? アウィン、そこは、ユズと、同じ、お姉さんに」


 引っ付いてきたアウィンを引き離す。ことある事にこっち来んのやめろ。

 ほら、繭がなんかショック受けてるみたいだし、向こう行け、向こう。


 アウィンに、それとなく繭の方を向かせ、背中を押す。

 後で愚痴聞かされるの面倒だからな。自分で撒いた種は自分で何とかしろ。


 てくてくと、繭の前まで歩いたアウィンは、何を思ったか、繭と自分の頭に手を当てる。

 そして、向日葵のような笑顔を付けて、一言。


「繭ちゃん!」

「もっと、背を伸ばして、おくんだったわ……!」


 崩れ落ちる繭。その頭を撫でるアウィン。確実にとどめを刺す気か。

 確かに、繭とアウィンは同じくらいの身長で、むしろアウィンの方が少し大きいくらいだ。

 これだと、繭がお姉さんと呼ばれるはずもないか。


「そうだ! お兄ちゃん!」

「うわ、また来たのか。今度は何だよ」

「“めーく”、とか、“でざいなあ”って、何ですか?」

「分かってなかったのか。ほら、下向いて自分の着てる服見てみろよ」


 アウィンは、さっきからずっと、上ばかり見ていた。俺達の背が高いからかとも思ったが、繭を見る時も、下を見ようとしなかったんだよな。

 それに、さっきからまるで、今までの人生の記憶を持っているような振る舞いをしている。

 どういう事だ。こいつは、運営が作ったAIじゃないのか? そういう、設定ってだけなのか?


「わ」

「あ? なんだよ、どうした」

「わああぁぁ! すっごーい! 素敵! 何このお洋服! 見たことないです! どうしてわたし、こんな可愛いお洋服を着てるんだろう!」

「デザイナー繭のお陰だな」

「繭ちゃん、ありがとう!」

「喜んでくれて、繭も嬉しい。でも、やっぱり、お姉さんと」

「あ、でも、どうしよう。どうしよう、お兄ちゃん!」

「聞いてやれよ」


 これはもう、繭の愚痴大会、開催決定だな。いつ寝れるんだ、俺。

 んで、アウィンはどうしたんだ。何がどうしようなんだよ。


「あのね、こんなに素敵なお洋服を着て、わたしがどこかに引っ掛けたり、転んで汚しちゃったりしたら、弁償しないといけないです。わたし、お金持ってないんですよ! 逃げなきゃ! でも、動いたら弁償。でも、動かなきゃお金が。お兄ちゃん、助けてください! 動けません!」

「動けよ! バカか、お前は!」

「ねえねえ、アウィンちゃん」

「バカって言う方がバカって、お兄ちゃん言ってました! お兄ちゃんの方がバカなんです!」

「お兄ちゃんは特別なのだ」

「さすが、お兄ちゃんです!」

「ねえ、聞いてるかしら? アウィンちゃん?」


 確信した。アウィン、バカだわ。というよりも、ブラコンか?

 しかも、今度はユズのことまで無視しだしたぞ。ユズさんをシカトするとか。

 アウィンさん、ぱねぇッス。


「おい、アウィン」

「お兄ちゃん、それに、ユズお姉さんも言ってましたけど。“あいん”って何ですか?」

「それもか。アウィンってのはお前の名前だ」

「名前! わたしにですか! ということは、お父さんが!」

「え、いや、名付けたのは俺だ」

「お兄ちゃんはお父さんでもあったのですか!」

「もう、意味わかんねえぞ。それ」


 サウジアラビアとかの一夫多妻制が認められてる国で母、娘(姉)と結婚すりゃ、妹からは兄で父ってことになる、のか?

 いや、さすがに結婚した相手の血縁者とも結婚するなんて無理だな。

 日本だともっとありえないが。


「えへへ、アウィン。わたしの名前」

「アウィンちゃん?」

「はい! アウィンです! さっきはごめんなさい、ユズお姉さん。何ですか?」

「いいの、気にしないで。用と言うより、見て欲しいものがあるのよ」

「えっと、それは、鏡ですか?」

「そうよ。はい、どうぞ」

「あれ、鏡じゃない。わ、動いた! ユズお姉さん、女の子の絵が動きました!」

「何この子、可愛い!」

「アウィンちゃん、それは正真正銘、鏡だよ。写ってるのは自分自身」

「ケンお兄さん? それ、本当? これが、わたし?」


 大変身してからの、「これが私?」はもはや様式美だな。

 言わせたユズも嬉しそうだ。


 ん、なんだ?

 ソファで寝ていたトパーズが、アウィンのとこまで寄っていったぞ。

 頭にいるラピスも行きたそうにしている。降りればいいのに。

 仕方なく、ラピスを持ち上げて降ろしてやると、ラピスはピョンピョンとアウィンへと向かっていった。

 新人いじめとかやめてくれよ。


「わ、うさぎさん! お兄ちゃんが被ってた帽子まで! ……え?」


 見つめ合う一人と二匹。


 沈黙。


「あー、アウィン。こいつらは」

「えっと、ラピスさんに、トパーズさんですね。覚えました! はい、ありがとうございます! 分かりました。わたしも頑張ります!」


 ……え?


「お兄ちゃん、わたし、頑張るねっ!」

「アウィン、お前、まさか」


 ラピスとトパーズの言葉が分かるのか!

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