第二十七話「兄妹」

「……ふむ。大体は、把握した」

「で、誰の子なのよ」

「知るか。誰が造ったかって話なら運営だろ」


 オッドボールで諸々の説明を終え、今は二階の談話室っぽいところで会議中だ。

 オッドボールの一階は店になっているので、ギルド“オッドボール”は実質、二階部分の居住スペースのみとなっている。

 てか、誰の子ってネタとしてもおかしいだろ。この子は中学生か、小学生だとしても高学年だと思うぞ。

 俺、何歳だよ。三十路か。


「テイクには、テイムするかどうかのウィンドウが出てるんだよね?」

「ああ。ずっと出てるな」


 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

 町盗賊をテイム可能です。

 テイムしますか?

 ▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲


 まだ、“はい”も“いいえ”も答えていないが、ウィンドウ自体は常に俺の視界に浮かんでいる。

 俺は“いいえ”を選ぶつもりでいるが、もし、それを選んだらこの子はどうなるんだろうか。


「テイクの選択待ちだから、今は全く動かないのかしら?」

「結局、テイムするの?」

「しない」

「ま、流石にそうよね」

「……そうだ。こう、しよう」


 繭がふいに手を叩く。

 何だ? いいアイデアでもあんのか?

 とりあえず、敵性モブになってることをどうにかしたいとこなんだが……。


「……おめかし、しよう」

「は?」

「いいわね、それ! この町盗賊、可愛い顔してるし、きっと見違えるわよ!」

「ちょっと、ユズ!? 繭さんも何を」

「テイクが、テイムしないなら、この町盗賊は、運営に、消されるだけ。なら、オシャレさせて、あげるのが、せめてもの、情け。愛情。はなむけ

「おい、餞とか言うなよ」

「でも、データを消されるならゲーム内で死んじゃうようなものなんじゃないかしら?」

「…………」


 椅子に座って俯いているこの子は、死ぬ定めなのだろうか。この子はそのことを、知っているのだろうか。

 ボロの黒ローブを着て、手入れなんてしていないであろう黒髪。顔も手足も汚れきっている。

 死ぬ前に、消される前に、綺麗に。


「ほら、町盗賊だって女の子なんだし、きっとお洒落したいに決まってるわ!」

「ユズ、この町盗賊を、お風呂に。繭は、衣装を、取ってくる」

「かしこまり!」

「ねえ、ユズも繭さんも、人形にして着せ替えたいだけでしょ」

「「……バレた?」」

「あーもう、テイクも何か言ってやりなよ」

「……いや、頼む。この子を綺麗にしてやってくれ」

「テイク?」

「何よ、気持ち悪いわね。アンタ、私達がこういうことしてたら、いつもバカにしてくるじゃない」


 言われて気付く。どうした、俺。

 少し、感傷的になってたか。どうでもいいことを考えすぎてる気がする。

 あの家でのことを引きずってんのか? 俺らしくもない。


「とにかく、町盗賊大変身作戦、開始よ!」

「……おー」

「あーあ、人形役も大変なのになー。可哀想に」

「テイク! 水種ウォーターシードでお風呂に水張って! 沸かすのはこっちでやるから」

「あ、おう」

「覗かないでよ!」

「覗かねーよ!」


 もういい、バカバカしいことは考えるな。むしろ、こいつらと馬鹿やってる方が俺らしい。

 んじゃ、パパッと浴槽の容量を計算しちまうかな!


 ~~~~~~~~~~~~~~~

 ~~~~~~~~~~~~~~~


「これは……」

「予想以上だな……」

「ふっふーん。見たか私達の女子力! 素材が良かったのもあるけど、髪とか爪とか綺麗に整えたんだからね!」

「……どやぁ」


 この子が、あの、薄汚れた町盗賊か……?


 俺達の前にいるのは、どこのご令嬢だと言いたくなるような、愛くるしい女の子だった。

 肩にかかる黒髪。少し光が映る無機質な青い瞳。

 服装は、繭の趣味が遺憾無く発揮された結果か、青を基調とした可愛らしいドレスだが、それがまた、とても似合っている。


 でも、なんかどっかで見たことがあんだよな。誰かに似てるっつーか……。


「……なんだよ?」

「いや、この町盗賊誰かに似てるなーって思ってさ」

「私も、セットしてる間、ずっと気になってたのよ」

「……うん。やっぱり、テイクに、似てる」

「は? 俺!?」


 ……言われてみれば、ゲーム内の俺の容姿は、黒髪に少し青みがかった眼。他人が見れば、俺とこの子が兄妹だと思うのかもしれない。

 それで、こんなにこの子のことが気になってたのか?

 ……何とも釈然としないんだが。


「……町盗賊は、テイクの、親御さんの子、だったのね」

「「……!」」

「んな訳あるか。黒髪はともかく、俺の目はキャラ設定でいじっただけだ。そもそも、この子は運営の造ったデータだろ」

「え、ええ。そうよね! この町盗賊がタケのお父さんと繋がりがあるなんて」

「ちょ、ユズ! 何言ってんの! 動揺しすぎ!」

「え、あ、あの、違うのよ! タケじゃなくてテイク! あの、その、えっと……」

「……? 冗談、だったのだけど。テイクの、お父様が、どうしたの?」

「繭!?」「繭さん!」

「……別に何でもねえよ。気にすんな」


 よくある、不幸系の話だ。

 父親がフラッとどっか行って、そのまま帰って来ずに蒸発。

 俺はその時小さかったから、父親のことはあんまり覚えてないんだが、幼心に母と姉が傷付いて、苦しんで、どうしようもなく哀しんでいたことは感じていた。

 俺は、父親を、憎んだ。母が体調を崩している時に、姉が暗い部屋で泣いている時に、姿を見せない父親を、恨んだのだ。


 そして、今は、どういう訳かまたフラッと家に帰ってきやがった。

 しかも、母さんと姉貴は普通に受け入れてやがるし。

 そんな訳で、俺と親父は絶賛険悪なムードってことだ。


「完全にテイクが、一方的に遠ざけてるだけだけどね」

「ああ? おいユズ、お前アイツの肩持つつもりか?」

「そんなこと言ってないわよ」

「お父さんの話題を出すと、テイクの機嫌が悪くなるから、繭さんもあんまり触れないでね。話を聞く限り悪いのはお父さんだと思うんだけど」

「……分かった。気を付ける。でも、なんで、テイクのお母様と、お姉様は、受け入れたの?」

「知るか」

「もー、いい加減、機嫌直しなさいよー」

「そうだよ。完全に八つ当たり」

「……ああ、そうだな。悪い、またやっちまった」


 これ、何とかしないといけないな。

 親父と仲直りとかは有り得ねえし、俺が鋼の精神を持つしかないか。

 ラピスみたいに、MIN精神力極振りでもすりゃいいのか?

 くそ、何で現実世界にステータス制度が導入されないんだ……!


「わー、テイクが凄まじいこと口走ってるよー」

「ほんと、頭いい馬鹿ってテイクのことを言うんでしょうね。って、何かしら。メール?」

「……“種族名:町盗賊の対応について”。なんと、タイムリーな、メール」


 HPは体力。呼吸器と接続すれば数値化できる可能性がある。

 MPは命、血液量だ。それを数値化すればいい。

 ATK筋力値は筋肉量。VIT生命力は打たれづよさを何かの装置で測ればなんとかなるか?

 INT知力値はIQ値だろ。DEX素早さは単純に速さでいい!

 MIN精神力はどうする!? 一番重要なMIN精神力を数値化する方法が思いつかねえ……!


「おーい、テイク。悶絶してるとこ悪いんだけど」

「なんだよ。今、俺はこの世の仕組みについて絶望してるところなんだが」

「町盗賊、あと一時間で消されるってさ」

「は? ケン、お前、今なんて」

「つまり、この町盗賊も、一時間経てば、消える」


 え、おい、マジか。ちょっと待ってくれ。

 慌てて、俺にも届いているメールを確認する。

 日付変更と同時に、既存の町盗賊のデータを消去する、だと!?

 視界に表示させている時計は23:02。

 あと五十八分で、この子も消える。死ぬ。


「…………」

「うーん、なんかこの町盗賊をお洒落させてる内に情が移ったのかしら。なんか、寂しいわね」

「……ん。繭も、考えながら、衣装選んだから、複雑」

「そういうものなの?」

「なんか、ね。この眼を見てると、データ上のモブとは思えなくなっちゃって」

「……なあ、一つ、いいか?」


 ずっと、頭のどこかで考え続けていたことがある。

 リンゴを手渡して、この子は生きていると感じた時から、ずっとだ。

 理性では、それは悪手でしかないことは分かっている。

 だとしても、それでも、俺は。


「まあ、テイクが考えてることは大方、予想つくけど、言ってみなさいよ」

「ああ。この子、町盗賊をテイムしたら、消えずに済むと、思うか?」

「分かんないわよ、そんなの。やってみないことには、ね」

「少なくとも、このまま何もしなければ、消えちゃうだけだよ」

「何をするにも、しないよりは、する方が、絶対に、いい」

「そうか」


 おもむろに、外部リンクを開く。

 検索ページを開いて、俺の求めるものが探し出せるであろうサイトを探す。


「テイク、あんた、何やってるのよ?」

「検索」

「何を?」

「宝石の名称」

「……それって」

「ああ」


 俺の三人目となるテイムモンスの前に膝を付き、今は伏せられている特徴的な青い瞳を正面に見据える。

 外部リンクの検索結果と照らし合わせて、最もこの子に合った名前を。

 影のせいで見にくいな。頬に手を当てて少し上を向かせる。それに合わせて俺も立ち上がり、光を浴びた瞳の輝きを、見た。

 うん、これだな。


「お前の名前は、アウィンだ」

『…………っ!』


 絶対に、死なせたく、ない。


 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

 モンスター名:アウィン

 種族:町盗賊(Lv.1)

 HP  400/400

 MP  20/20

 ATK  2

 VIT  2

 INT  2

 MIN 1

 DEX  20


 スキル

 《盗む》Lv.1

 《暗器》Lv.1

 《隠密》Lv.1

 《気配察知》Lv.1

 《闇魔法》Lv.0

 《罠設置》Lv.0

 《罠解除》Lv.0

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 任意のステータスに

 1ptを振り分けてください。

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『……おにい、ちゃん』

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