第二十七話「兄妹」
「……ふむ。大体は、把握した」
「で、誰の子なのよ」
「知るか。誰が造ったかって話なら運営だろ」
オッドボールで諸々の説明を終え、今は二階の談話室っぽいところで会議中だ。
オッドボールの一階は店になっているので、ギルド“オッドボール”は実質、二階部分の居住スペースのみとなっている。
てか、誰の子ってネタとしてもおかしいだろ。この子は中学生か、小学生だとしても高学年だと思うぞ。
俺、何歳だよ。三十路か。
「テイクには、テイムするかどうかのウィンドウが出てるんだよね?」
「ああ。ずっと出てるな」
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町盗賊をテイム可能です。
テイムしますか?
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まだ、“はい”も“いいえ”も答えていないが、ウィンドウ自体は常に俺の視界に浮かんでいる。
俺は“いいえ”を選ぶつもりでいるが、もし、それを選んだらこの子はどうなるんだろうか。
「テイクの選択待ちだから、今は全く動かないのかしら?」
「結局、テイムするの?」
「しない」
「ま、流石にそうよね」
「……そうだ。こう、しよう」
繭がふいに手を叩く。
何だ? いいアイデアでもあんのか?
とりあえず、敵性モブになってることをどうにかしたいとこなんだが……。
「……おめかし、しよう」
「は?」
「いいわね、それ! この町盗賊、可愛い顔してるし、きっと見違えるわよ!」
「ちょっと、ユズ!? 繭さんも何を」
「テイクが、テイムしないなら、この町盗賊は、運営に、消されるだけ。なら、オシャレさせて、あげるのが、せめてもの、情け。愛情。
「おい、餞とか言うなよ」
「でも、データを消されるならゲーム内で死んじゃうようなものなんじゃないかしら?」
「…………」
椅子に座って俯いているこの子は、死ぬ定めなのだろうか。この子はそのことを、知っているのだろうか。
ボロの黒ローブを着て、手入れなんてしていないであろう黒髪。顔も手足も汚れきっている。
死ぬ前に、消される前に、綺麗に。
「ほら、町盗賊だって女の子なんだし、きっとお洒落したいに決まってるわ!」
「ユズ、この町盗賊を、お風呂に。繭は、衣装を、取ってくる」
「かしこまり!」
「ねえ、ユズも繭さんも、人形にして着せ替えたいだけでしょ」
「「……バレた?」」
「あーもう、テイクも何か言ってやりなよ」
「……いや、頼む。この子を綺麗にしてやってくれ」
「テイク?」
「何よ、気持ち悪いわね。アンタ、私達がこういうことしてたら、いつもバカにしてくるじゃない」
言われて気付く。どうした、俺。
少し、感傷的になってたか。どうでもいいことを考えすぎてる気がする。
あの家でのことを引きずってんのか? 俺らしくもない。
「とにかく、町盗賊大変身作戦、開始よ!」
「……おー」
「あーあ、人形役も大変なのになー。可哀想に」
「テイク!
「あ、おう」
「覗かないでよ!」
「覗かねーよ!」
もういい、バカバカしいことは考えるな。むしろ、こいつらと馬鹿やってる方が俺らしい。
んじゃ、パパッと浴槽の容量を計算しちまうかな!
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「これは……」
「予想以上だな……」
「ふっふーん。見たか私達の女子力! 素材が良かったのもあるけど、髪とか爪とか綺麗に整えたんだからね!」
「……どやぁ」
この子が、あの、薄汚れた町盗賊か……?
俺達の前にいるのは、どこのご令嬢だと言いたくなるような、愛くるしい女の子だった。
肩にかかる黒髪。少し光が映る無機質な青い瞳。
服装は、繭の趣味が遺憾無く発揮された結果か、青を基調とした可愛らしいドレスだが、それがまた、とても似合っている。
でも、なんかどっかで見たことがあんだよな。誰かに似てるっつーか……。
「……なんだよ?」
「いや、この町盗賊誰かに似てるなーって思ってさ」
「私も、セットしてる間、ずっと気になってたのよ」
「……うん。やっぱり、テイクに、似てる」
「は? 俺!?」
……言われてみれば、ゲーム内の俺の容姿は、黒髪に少し青みがかった眼。他人が見れば、俺とこの子が兄妹だと思うのかもしれない。
それで、こんなにこの子のことが気になってたのか?
……何とも釈然としないんだが。
「……町盗賊は、テイクの、親御さんの子、だったのね」
「「……!」」
「んな訳あるか。黒髪はともかく、俺の目はキャラ設定でいじっただけだ。そもそも、この子は運営の造ったデータだろ」
「え、ええ。そうよね! この町盗賊がタケのお父さんと繋がりがあるなんて」
「ちょ、ユズ! 何言ってんの! 動揺しすぎ!」
「え、あ、あの、違うのよ! タケじゃなくてテイク! あの、その、えっと……」
「……? 冗談、だったのだけど。テイクの、お父様が、どうしたの?」
「繭!?」「繭さん!」
「……別に何でもねえよ。気にすんな」
よくある、不幸系の話だ。
父親がフラッとどっか行って、そのまま帰って来ずに蒸発。
俺はその時小さかったから、父親のことはあんまり覚えてないんだが、幼心に母と姉が傷付いて、苦しんで、どうしようもなく哀しんでいたことは感じていた。
俺は、父親を、憎んだ。母が体調を崩している時に、姉が暗い部屋で泣いている時に、姿を見せない父親を、恨んだのだ。
そして、今は、どういう訳かまたフラッと家に帰ってきやがった。
しかも、母さんと姉貴は普通に受け入れてやがるし。
そんな訳で、俺と親父は絶賛険悪なムードってことだ。
「完全にテイクが、一方的に遠ざけてるだけだけどね」
「ああ? おいユズ、お前アイツの肩持つつもりか?」
「そんなこと言ってないわよ」
「お父さんの話題を出すと、テイクの機嫌が悪くなるから、繭さんもあんまり触れないでね。話を聞く限り悪いのはお父さんだと思うんだけど」
「……分かった。気を付ける。でも、なんで、テイクのお母様と、お姉様は、受け入れたの?」
「知るか」
「もー、いい加減、機嫌直しなさいよー」
「そうだよ。完全に八つ当たり」
「……ああ、そうだな。悪い、またやっちまった」
これ、何とかしないといけないな。
親父と仲直りとかは有り得ねえし、俺が鋼の精神を持つしかないか。
ラピスみたいに、
くそ、何で現実世界にステータス制度が導入されないんだ……!
「わー、テイクが凄まじいこと口走ってるよー」
「ほんと、頭いい馬鹿ってテイクのことを言うんでしょうね。って、何かしら。メール?」
「……“種族名:町盗賊の対応について”。なんと、タイムリーな、メール」
HPは体力。呼吸器と接続すれば数値化できる可能性がある。
MPは命、血液量だ。それを数値化すればいい。
「おーい、テイク。悶絶してるとこ悪いんだけど」
「なんだよ。今、俺はこの世の仕組みについて絶望してるところなんだが」
「町盗賊、あと一時間で消されるってさ」
「は? ケン、お前、今なんて」
「つまり、この町盗賊も、一時間経てば、消える」
え、おい、マジか。ちょっと待ってくれ。
慌てて、俺にも届いているメールを確認する。
日付変更と同時に、既存の町盗賊のデータを消去する、だと!?
視界に表示させている時計は23:02。
あと五十八分で、この子も消える。死ぬ。
「…………」
「うーん、なんかこの町盗賊をお洒落させてる内に情が移ったのかしら。なんか、寂しいわね」
「……ん。繭も、考えながら、衣装選んだから、複雑」
「そういうものなの?」
「なんか、ね。この眼を見てると、データ上のモブとは思えなくなっちゃって」
「……なあ、一つ、いいか?」
ずっと、頭のどこかで考え続けていたことがある。
リンゴを手渡して、この子は生きていると感じた時から、ずっとだ。
理性では、それは悪手でしかないことは分かっている。
だとしても、それでも、俺は。
「まあ、テイクが考えてることは大方、予想つくけど、言ってみなさいよ」
「ああ。この子、町盗賊をテイムしたら、消えずに済むと、思うか?」
「分かんないわよ、そんなの。やってみないことには、ね」
「少なくとも、このまま何もしなければ、消えちゃうだけだよ」
「何をするにも、しないよりは、する方が、絶対に、いい」
「そうか」
おもむろに、外部リンクを開く。
検索ページを開いて、俺の求めるものが探し出せるであろうサイトを探す。
「テイク、あんた、何やってるのよ?」
「検索」
「何を?」
「宝石の名称」
「……それって」
「ああ」
俺の三人目となるテイムモンスの前に膝を付き、今は伏せられている特徴的な青い瞳を正面に見据える。
外部リンクの検索結果と照らし合わせて、最もこの子に合った名前を。
影のせいで見にくいな。頬に手を当てて少し上を向かせる。それに合わせて俺も立ち上がり、光を浴びた瞳の輝きを、見た。
うん、これだな。
「お前の名前は、アウィンだ」
『…………っ!』
絶対に、死なせたく、ない。
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モンスター名:アウィン
種族:町盗賊(Lv.1)
HP 400/400
MP 20/20
ATK 2
VIT 2
INT 2
MIN 1
DEX 20
スキル
《盗む》Lv.1
《暗器》Lv.1
《隠密》Lv.1
《気配察知》Lv.1
《闇魔法》Lv.0
《罠設置》Lv.0
《罠解除》Lv.0
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任意のステータスに
1ptを振り分けてください。
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『……おにい、ちゃん』
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