第二十一話「それぞれの方向」

「……であるからして、俺には“師匠”という名称・呼称を付与される筋合いはない。といった結論を出すことができるわけだ」

「うーっ! 頭痛いー!」

「うむむ、結局、兄ちゃんは師匠にはなってくれねえってことか? なんか煙に巻かれた気がする」


 よし、何とかなったか!?

 ココは水色の猫耳をへにゃっと垂らし、テオは唸って釈然としない様子だ。

 師匠師匠とはしゃぐ中学生二人を宥めるのは、結構骨が折れたぞ。

 てか、夏休みなんだから、中学生はゲームなんかせずに外で遊ぶか宿題してろよ!

 宿題を貰ったその日に終わらせるのは、どうせ俺だけなんだろ!


「で、兄ちゃんはまだ探索か?」

「それとも、もう帰る?」

「町に帰ってる途中で悪戯エイプに襲われたんだ。とにかく早く、せめて第一エリアに行きたい」

「ってことは町の方に行くんだよね!」

「良かった。これで、死に戻りせずにすむな!」


 なんだ? 死に戻り?

 辺りを見回すが、特に脅威になりそうなものはない。

 そもそも、風の羽衣(β)があれば、ここから町に戻るまで安全に帰れるはずだが。


「いやー、実はですね、お兄さん」

「非常に恥ずかしいことなんだが、どうやらオレ達、迷子ってるんだよな」

「迷子?」


 視線を右上にズラす。

 マップ、あるよな。


「テオが、ドンドン先に進んじゃうからこうなったんだよ!」

「はあ!? オレは、ココが勝手にフラフラしてっから、そっちに行くハメになったんだろうが!」

「テオが急にいなくなるのが悪い!」

「《隠密》スキルなんだから仕方ねえだろ!」

「ちょいちょい、お二人さん」

「お兄さんはあたしのことを信じてくれるよね!」

「兄ちゃんはオレの味方だよな!」


 うわー、面倒な二択の押し付けキター。

 しかし、俺には別の選択肢があるのだ!


「はい、まずメニュー開いてー」

「お兄さん?」

「何言ってんだ?」

「いいからいいから。開いたら下の方にある設定画面を開きましょう」


 双子の目が上から下へと移動していく。

 おお、すげえ。今ちょっと、眼球がシンクロしたぞ。


「そしたら、簡易ウィンドウの項目を選んで。簡易マップってのがあるだろ? そこにチェックを入れると」

「「地図が出てきた!」」

「これで、迷わないな」


 簡易マップには、パーティーメンバーの位置も分かるようになっているから、テオが《隠密》を使って見失ってもココには大体の位置が分かるはずだ。

 テイムモンスの位置も分かるから、ヒーラーのパートナーである、ピカリンだってどこにいるのか一目瞭然だな。


「お兄さん、すごい! テオもピカリンの場所も分かっちゃうよ! これ、すごい!」

「だけどよ、兄ちゃん。これ、町がどの方向か分かんないぞ。これだけじゃ、帰れないじゃねえか」

「テオ、もうちょっと考えてみろよ。ここはどこだ?」

「森っ!」

「そりゃ、森に決まって……ああ!」


 まあ、当然森ではあるんだが、どこの森かってことが重要な訳だ。

 テオは気付いたようだな。


「そう、ここはただの森じゃない。東の森だ。簡易マップは上方向が常に北だから、帰る方向は?」

「「こっちだ!」」

「…………」


 北と南を指し示す二人。なんでそうなる。

 特にココ! 上方向は北だっつっただろ!


「テオ、中学生にもなって方位すら分かんないの? 勉強し直したらー?」

「馬鹿はお前だ、ココ。そっちは今、兄ちゃんが北だって言ってただろ。そしたら、後は三択。三分の一で正解だ!」

「おお、なるほど! テオ頭いい!」

「ほら、馬鹿共、西に向かって帰るぞー」


 こいつら、地図があっても迷うレベルの方向オンチだ……!


 ~~~~~~~~~~~~~~~

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「着いた! 町だよ! ホームタウンだよーっ!」

「引率があれば戻って来れるんだな。すぐ寄り道する系の方向オンチじゃなくてよかった」

「兄ちゃん、ありがとな!」

「お兄さん、ほんとにありがとっ!」

「……俺が先に助けられた訳だし、これぐらいは別にいいさ」


 イワンの町までは特に何事もなく、無事に戻って来れた。もうすっかり日が暮れてしまったので、帰り道はピカリンが大活躍。夜のイワンの町は二回目だが、こういう賑わいもいいな。

 だが、二人のお守りで俺はドッと疲れたぞ。早くオッドボールで休みたい。


「それでね、お兄さん。そろそろいいんじゃないかな?」

「そうだぜ。いつまで焦らすんだよ」

「……何が?」


 突然、何言い出すんだ、この双子。

 俺が何を焦らしてんだよ。

 って、おい、トパーズ。なんで、お前までため息をつくんだ。ラピス、俺の頭をペシペシするんじゃない!


「あたし達、お兄さんの名前知らないんだけど」

「あと、頭のスライムと肩のホーンラビットもだな。テイムモンスターなんだろ?」

「あれ、言ってなかったっけ」

「「言ってない!」」


 そうだっけ?

 最初に言ってた気もするんだが……って、あの時は、なんで助かったのか分からず混乱してたな。

 そういや、「お兄さん」か「兄ちゃん」としか呼ばれてなかったもんな。


「悪い。今更だが、俺はテイクだ。こいつはラピスで、肩のがトパーズ。今日は助けてくれてありがとうな」

「テイクお兄さんだね! そして、ラピスちゃんにトパーズちゃん! トパーズちゃんは毛並みが綺麗だねー」

「テイク兄ちゃんか、よろしくな! よかったら、フレンド登録しとこうぜ」

「あたしも!」

「おう」


 フレンド欄にココとテオの名前が増えた。

 こうやって交友関係が広がっていくんだろうなー。

 ……いつか、「迷子になった」ってメールが来る気がする。


「ココとテオはこれからどうするんだ?」

「あたしは、冒険者ギルドにクエスト達成報告!」

「オレは、集めた素材で布を作って、売りに行く」

「なるほど、自前で加工すればその分高く買い取ってくれるのか」

「お兄さんはどうするの? 一緒に冒険者ギルド行く?」

「何か買うなら“イワン生産職ギルド”行くか? 結構面白いとこだぜ!」


 クエストは受けていないから冒険者ギルドに行く必要はないな。

 テオの申し出には興味あるが、俺には早急にやらなければならない目的がある。


「悪いな、二人とも。俺は、町盗賊を引っ捕えに行きたいんだ」

「町盗賊って、お金盗むレアキャラ?」

「兄ちゃんって足速かったっけ? 俺でも、あれには追いつけねえぞ」

「きっと大丈夫だ。方法はある。お前達、二人のおかげだ」

「ほにゃ?」

「オレ達なんかしたっけ?」


 この二人の行動、会話から町盗賊を捕まえる方法が一つ思い浮かんだ。

 やってみる価値は、ある。

 タイムリミットは町盗賊のデータが消されるまで!


「それじゃあな。町ん中で迷うんじゃねえぞ」

「もー、お兄さんったら。町で迷子になるわけないじゃん! またね! ばいばーい!」

「……ちょっと待て、ココ」

「うにゅ? どうかしたの、お兄さん? あ、やっぱり冒険者ギルド行く?」


 残念ながらそうじゃない。

 俺は、猫耳をピコピコさせながら暗い路地・・に入りかけたココを引き止めて、大通りまで引っ張ってきた。

 いきなり、やらかしやがったぞ、こいつ。


「なんで、そこの、路地に行こうとした……?」

「近道!」

「その路地は北の門にしか続いてねえよ! てか、この大通り進むのが一番早いだろうが! 冒険者ギルドは東側の大通りだ!」


 そして、同じように別の路地に入ろうとしたテオの襟首を掴む。


「ぐえっ」

「テオ、一つ、教えて欲しいことがあるんだ。“イワン生産職連合”のギルドホームって、どこ?」

「ぼ、冒険者ギルドの、近く……」

「お前ら一緒に、手繋いで大通り真っ直ぐ進め!」

「「は、はい!」」


 手を繋いで、ギクシャクと夜の町へと歩く二人を見送る。

 二人には感謝してるが、同じくらい苦労させられたな。


 ……方向をしっかり認識出来るって素晴らしい。

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