お前は結局何がしたかったんだ(怒)

いつもの時間にいつも通りにネクタイを直す。スーツにのしかかられて玄関を出ると、外に面する廊下から見えたのは日もまだ上らない、突き刺す風が吹く寒空だった。

四つを越えた辺りにびゅう、と強く風が廊下に吹き付ける。その時に己が精緻な機械に組み込まれたような、自分から自分が離れるような恐ろしい気持ちに襲われた。

それでも足は決まったように前に出る。冷えこんだ大気は僕に殺到してくる。

ようやくたどり着いたエレベーターに僕の心、それか欲の奥底で何かが小さく揺れた。

下へ向かうボタンを押してすぐに扉は開いた。横に避けた長い髪が小さく揺れて、沈む。僕も中へと沈んでゆく。

温く、甘い空気が僕に絡み付いた。

丁度僕がボタンの前に立つ彼女の右斜め後ろに立つと、ようやく扉は閉まった。次いで、腹の底が浮き上がるような感じがした。

彼女の目は手に収まった画面に向いている。僕も同じように振る舞う。エレベーターは変わることなく、低い音を響かせる。

元は黒かったのだろう、多く錆色が混ざる髪は何にも縛られてはいない。首の下から伸びる解れひとつないコートとスカートに体が縛られていていようとも彼女の髪は自由を叫んだ。

拘束される体からは悶えるように生きることを訴える匂いが漏れ出している。温いエレベーターは、彼女が産み出していた。

どうしようもない魅力に、僕の目は下を向き、心はしなだれる髪に惹き付けられていた。

エレベーターが開くと、彼女は足早に下りて行った。駅へと続く通路だ。残る香りに包み込まれて、僕はもう一階下を下りる。

扉は開かれ、僕の日常はすでに始まっている。

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