062 候補地への道
ロジャーが言うには、候補地はコミエ村から約20kmとのこと。
川をホバリングで通ってしまえばあっという間なんだけど、ここは陸地を進もうと言うことになった。僕たち以外にも人が通る可能性を考えて。それに川も完全に安全では無いとロジャーに聞いたんだよね。たまに水棲の魔獣が襲ってくることもあるとか。
ロジャーはまだ姿を現すことが出来ないそうなので、僕とハンナとロジャーで念話を行いながらの道行き。
川岸からちょっと離れて道を作る場所を確認しながらホバリングで進む。だからあまりスピードは出さない。みっしり生えてる草や木をかき分けながら進むとなると大変だけど、ホバリングで避けながら進むので非常に楽だね。進むスピードも普通に走るより速いくらいにしているから、この調子だと1時間もすれば到着しそう。
まだ日が高く昇る前だからか、夏の朝は涼しい。川の方から涼しい風が吹くのもその一因かも知れないね。
そうしてしばらく進んでいくと
『サウル。この先にゴブリンが居る』
『ひのふの4体ですな』
と二人から念話がきた。
『向こうは気づいてる?』
『ホバリングの音に警戒はしてるようですぜ』
『あ、こっちに来る』
『よし、ホバリングを解除して迎え撃とう』
ホバリングを使っての戦いにはまだ慣れない。突撃するだけで何とかなる状況ならともかく、普通の戦いにも馴れた方が良いはず。ハンナと一緒に戦うのも試しておきたい。
こないだゴブリンを倒したときにはあんなに興奮してたのに、今日は妙に冷静で不思議な気分。まるで組合で戦いの訓練をしたときみたいな……。
「ハンナが前に出て攪乱するから、サウルは後ろから四大術でとどめを刺して」
「分かった」
多少見晴らしの良いところに移動してゴブリンを待ち構える。ハンナとロジャーの気配察知には待ち伏せは見あたらないけど、念のためだ。
馬鹿正直にまっすぐやってきた4体のゴブリン達が100m程先に見える。見た目には普通のゴブリンみたい。手にはそれぞれさびた剣や木製の槍をもっている。四大術や神術使いは居ないようだ。
「よし、行こう」
先手必勝。ハンナが膝まである草に隠れるように姿勢を低くして走って行った。地味な色の外套も相まってあっという間に姿が見えなくなる。
僕も追いかけるように走るけど、ハンナほどのスピードは出ない。
ゴブリン達は一人姿を見せている僕に向かって走ってくる。4体のゴブリンが走り込んでくる様子は、ちょっと怖い。
距離が20mを割り込んだときに、一番先頭を走っていたゴブリンが悲鳴を上げて倒れた。その場にハンナが立ち上がる。手には短剣。ハンナが不意打ちをしたようだ。残りのゴブリンが急停止してハンナに群がる。
「ファイアブレッド!」
素早く火の弾丸を3発作って、倒れたゴブリンに打ち込む。ファイアボルトの派生形の術だ。貫通力も高いから、これでとどめを刺したはずだ。頭と腹に火の弾丸を受けたゴブリンは一度ビクンとはねた後ピクリとも動かない。
ハンナは短剣と素早い動きでゴブリンの攻撃をかすらせもしない。そして的確に反撃し、動きを鈍らせる。そうなったら僕の仕事だ。風で撃ち込む鉄の弾丸はまっすぐにしか飛ばないけど、四大術の火の弾丸は味方を避け、敵を追いかける。乱戦にはもってこいだ。
2分もしないうちにゴブリン達は地に伏して動かなくなった。
ハンナが念入りにとどめを刺し、短剣で魂倉を取り出した。組合に提出してお金に換えても良いし、加工してエーテルバッテリーとして術理具に使っても良い。
ゴブリンの魂倉は余り質が良くないけど、ないよりマシだろう。
魂倉は、僕が預かった。泡倉に送り部下のハイエルフに頼んで保存してもらう。
僕とハンナで初めて一緒に戦った割には、良いコンビネーションだったんじゃ無いかと思う。
え? こないだの襲撃の時? あれは全くバラバラでパーティとしては機能してなかったからね。数に入れないよ。
「上手く行ったねハンナ」
「うん。多分これが私たちの定番になると思う」
「ハンナが回避型の盾で、僕が固定砲台と回復役だね。ただ僕はあまり近接戦闘が得意じゃないから、囲まれたらかなりまずいね」
組合の勉強会では、様々なパーティの在り方も学んだ。僕たちみたいなパターンも有るにはある。ただ、オールマイティとは言えない形だ。
「二人だから仕方ない。不利な状況にならないように探索術を磨くしかない」
「確かにそうだね。いつも真っ正直に戦わなきゃ行けないわけじゃない」
「いざとなればサウルの泡倉に立てこもる」
「その手も有るけど、ギフトのことが広まるのは困るから、最終手段だね」
「うん」
「ハイエルフ達に手伝ってもらうのも一つの手」
「そうだね。今回みたいに人の目がないときには手伝ってもらうのもいいね」
「人に見られても、エルフとハイエルフを区別付けられる人は少ない」
「とはいえ、ある程度の術者なら分かってしまうし。滅んだはずのハイエルフが何故?! となったら面倒な気がする。もっと情勢を整えてから、かな」
「実は隠れ里で生き延びてました、じゃ駄目?」
「その手はありだね」
ほんとはセニオから預かったイェニ、アーダ、マルックは連れて歩いても構わないのかもしれない。戦闘が苦手なアーダ以外は特に。
でも今彼らは泡倉の中での仕事を中心に任せている。
まだ僕の中に彼らを「借り物」という気がしていて気が進まない。
泡倉も魂倉もロジャーもセニオもハンナも、コウタロウさん有っての話で、なんか遠慮してしまう。もっと慣れたら感覚が変わるのかな?
そんな事をハンナに素直に言う訳にもいかない。どうしたらいいんだろうな。
ゴブリン達の死体はそのままにした。魂倉を取り出せば数時間で消え去ってしまうからだ。使える素材があるなら剥いで処理し、消えないようにするけど、ゴブリンにはそんなものは無い。だからそのまま放っておく。道沿いなら汚いし動物が集まってくるから埋めたりするけど、ここはそんなじゃないし。
ちょっと休憩を取る。四大術で冷たい水を作り出し、これまた作り出したコップに注ぐ。勿論二人分ね。美味しい。これに果汁でも搾って入れたら更に美味しいんだろうけど、そんな持ち合わせはない。
ふと、思い付いたことがあったので念話して見る。
『イェニ、今いいかい?』
『なんでしょう、サウル様』
呼びかけたのはセニオに借り受けた部下達のリーダー、イェニだ。優秀な術者だと聞いてる。
『酸味のある果実って無いかな。飲み物に絞って入れたいんだ』
『ありますよ。ちょっと屋敷の方に行って取ってきます』
しばらく待つ。風はまだ涼しいけど日が強い。日に当たった場所が焼けてしまいそう。気温も25度を超えている。この調子だとすぐに30度を超えそうだよ。どこか日陰に入りたいところだね。
「ハンナ、あの木陰に入ろう。ここは暑いよ」
「ん」
日陰に入ったところでイェニから念話がきた。
ちなみに、この念話、普通の人とは出来ないみたい。僕の前世に関係してる人だけみたいだね。土地神であるフラム様は例外のようだけど。
『幾つか果物を確保しました。いつもの倉庫の前に門を開けてください』
『分かった』
僕や部下達の荷物やらが仕舞ってある倉庫の前に、門を開けるとイェニが現れた。3つほど黄色い果実をもっている。あと、何か小さい壺。
「レモンと蜂蜜を持って参りました」
「おお、気が利くね。蜂蜜があれば良いものが出来そう」
四大術の土を使い、大きめのピッチャーと新たにコップを三つ作る。
ピッチャーは以前コミエ村でも作ったからお手の物。そこにこれまた四大術で作った冷たい水にレモンを搾り、蜂蜜を入れる。
おっと、マドラーを作ってなかった。これも土から作る。
材料はそこらの土だけど、ちゃんと神術で殺菌してるから汚くないよ。
あっという間にキンキンに冷えたレモネードが出来た。
ピッチャーから僕とハンナのコップに入れると、残ったレモネードの入ったピッチャーとコップ三つをイェニに渡す。
「イェニ、これ三人で分けて飲んでよ」
「よろしいので?」
「もちろんさ」
「しかしサウル様は、このような術を簡単になさるのですね。エーテル濃度の高い泡倉ならともかく、この地上でこの術。感服致しました」
「ありがとう。ハイエルフのイェニに褒められると嬉しいよ」
「世辞などではありませんよ」
僕の表情が微妙だったんだろうね。イェニはそう付け加えた。
「うん。じゃぁ予定地に着いたら、土木作業なんかで人手を借りるかも知れない。気に掛けておいて」
「わかりました。では」
再び泡倉への門を開け、イェニを送る。
さぁ、候補地までもう少し。油断せずに行こう。
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