061 コミエ村にて

「なるほど、事情は分かりました。それでしたらアラン達をコミエ村で匿うことは出来ませんね。サウルの泡倉が無かったらどうなっていたことやら」


 外ではまだ宴会の騒ぎ声がする。松明まで掲げて賑やかにやっている。主役の僕たちがいないのに盛り上がってるのは、なんだかんだと口実を付けて騒ぎたいのだと思う。

 それだけ鬱憤がたまってるのかな? そのはけ口になったのなら良いのだけれど。


「ええ、あのままですと、どこか別の都市へと放浪するしか無かったと思います」

「そうなったら、次の手の者がやってきて今度こそ死んでたかも知れませんね」


 神官様がカップを手に持ち、ゆっくりとお茶を飲んだ。


 あの宴席の中に父は居ない。ブラス兄さんと母さんは居るのに。やっぱり父は僕のことを嫌ってるのかな。

 ブラス兄さんはとても驚いてた。こないだまでやせっぽちのちびっ子だった僕が、あっという間に自分より大きくなって、ホバリングというすごい術でアレハンドロからあっという間にやってくるようになってるんだから。

 でも、兄さんは僕のことを気味悪がらずに受け入れてくれた。「だって、サウルはやっぱり泣き虫だから。俺がいないと駄目だからな」って。実際には、ゴブリンも倒せない兄さんが僕の手助けになるとは思えない。でも、そう言って貰って僕はすごく嬉しくて。泣いた。

 母さんは何も言わず僕を抱きしめてくれた。ほんの二ヶ月しか経ってないのに大きくなってしまった僕をちゃんと受け止めてくれた。

 やっぱり嬉しい。

 この人達を守りたい。

 だから父が来なかったのがすごく悲しかった。つい涙が出てしまう。


「これからどうします?」

「魂倉の管理人が、良さそうな場所を教えてくれました。そこに隠れ里を作ろうと思います。移動にはホバリングがありますし、資材は泡倉から調達できるでしょう。食料はバスカヴィル商会から」

「んー、そうですね。ただ私はその負荷が君にだけ掛かってくるのが心配です。君に何か有ったら直ぐ破綻しかねない、そんな危うさがありますね」

「それは確かにそうですね。泡倉の出入り口は僕の周辺にしか出せませんから、僕が倒れたら荷物の運送ができません。もし僕が死んでしまったら泡倉は消えてしまうかも知れません。でも今はこれしか無いと思っています」


 と、そこでフラム様から念話。


『おーい、神殿に着いたら声かけるようにって言ってただろう? 今何してる?』

『あ、すいません。直ぐ行きます』


 わずかに硬直した僕を見て神官様が苦笑いしながら


「何かお告げでもあったのかい?」

「えぇ。すいません。すぐに神殿でお祈りするようにと。すいませんが、ちょっと席を外します」


 そこから神殿の広間に行く。そのいちばん前、神官様の説教をするところまで進み、跪いた。そのままでは真っ暗なので、広間に仕掛けられている灯りの術理具を使って明るくしている。

 そして跪き、祈りをする体勢になると、呼吸を整え、エーテルを練る。呼吸に合わせ魂倉を通しながら全身を循環させる。

 エーテルが僕の体の隅々を通りながら純度を高めていく。

 各属性の霊的センターを通し、練ったエーテルを溜めて、それを更に純度高め、ある程度自分の中に高純度のエーテルが溜まったところで、頭頂部から神に捧げる。

 特定の効果を願うわけではない、純粋にエーテルを捧げる行為。

 この高純度のエーテルが神の糧になる。

 さて、捧げ物をしたところで、念話をしようか、と思った途端。

 僕の肩に手を置かれた。今まで人の気配なんてしなかったのに!

 僕は頭を上げる事が出来なかった。

 非常に高純度のエーテルを感じたから。


「ふふ。驚いたかい?」


 その声は! 慌てて頭を上げると、そこに居たのは緩やかなローブを身につけたフラム様だった。いつもの冒険者スタイルとは違い神気に溢れていた。


「フラム様はアレハンドロにいたのでは? それにそのお姿は?」

「これはあたいのアヴァターさ。もう一人のあたいと言ってもいいかもな。坊やが隠れ里に神殿を建てたら、こいつを派遣してやるよ。まぁこれだと目立つから、もうちょっと姿をいじるがね」

「ありがとうございます」

「そうそう、移動のことなんだけどね。あたいは自分を信奉する者が居るエリアにはある程度自由に転移出来るんだよ。何か有ったら頼ってくれて良い。ただ、それ相応の代償が必要となるから、頻繁にと言うわけにも行かないがね」

「すると、隠れ里からアレハンドロまでも転移出来ると言うことですか?」

「あぁ、今のあたいの力では週に一回一往復がやっとだがね。もっとも、坊やが沢山のエーテルを捧げてくれるならもう少し頻度も高められるかも知れないが……」

「……あはは。ご期待に添えるよう努めます……。ちなみにその時にはどれくらい同伴出来るんですか?」

「今はあたいとその装備だけだな」

「なら」

「そう、残念ながらサウルを連れてアレハンドロに潜入する事はできない」

「でも、通信をお願いしたり出来そうです。それだけでも随分楽になると思います。しかし、『今は』ということは」

「将来的には人を連れて行けるようになる」

「夢が広がりますね」

「良質のエーテルを大量に頼むよ、坊や」

「頑張ります」


 そうだ。もし、人工的にエーテルを高純度にする方法が出来たら神殿にお供えしよう。自動功徳器とか名前を付けて。うん。面白そう。出来るかどうかは分からないけど。


「じゃぁ、このアヴァターは適当に言い訳付けて同行させてくれよ」


 そういうと、フラム様のアヴァターは容姿も服装も変わっていった。

 特徴的な青髪が普通のくすんだ栗色に。表情も柔らかく慈悲溢れる優しいまなざしに。とてもじゃないけど、高位の剣士だとは思えない。

 服装も純白のローブから生成りの質素な神官服に。


「それではサウル様。よろしくお願い致します。私のことはロベルタとお呼びください」


 と、頭を下げてきた。


「ロベルタ様。アヴァターと言えば神も同然。そんな畏まられても困ります」

「いえ、これからは私は一介の神官です。ですからサウル様には相応の礼を取らせていただきます」


「サウル、祈りは終わりましたか?」


 そこに神官様がきた。話がややこしくなるかも、というかまだどういう風に誤魔化すか考えてない!


「おや、そちらの方は……。ただの人では無さそうですね」

「はい。知識神の神官様、私はロベルタ。土地神フラムのアヴァターです。私はサウル様を見守るためにやって参りました。この事は内密に」

「ははっ」


 神官様は跪いて言葉を続ける。


「普段の私は放浪の神官です。その様に扱ってください」

「わかりました。ではそのように」


 幸い、コミエ村に来てから、用心のため誰も泡倉から出してなかった。なので「放浪の神官がサウルに神気と運命を感じ、同行することになった」という単純なカバーで押し通すことになったんだ。


 それからロベルタ様を泡倉に案内し、僕とハンナはコミエ村に泊まることになった。

 神官様も奥様も、実家で寝てきたらと勧められたんだけど断ったんだ。だって、父が僕を避けてるのに、すごく空気が悪くなりそうだし。そんな事になったら泣いちゃうよ。

 だから僕は、神殿の僕の部屋で寝たんだ。ハンナは奥さんの部屋に行ったよ。さすがに寝室が別に出来るんだから、一緒に寝るのは良くないよね。

 ハンナはご主人様のところに居るのは私の務めだ! って抵抗してたけど、僕がお願いしたら聞いてくれたよ。助かった。


 明日は早い。

 外の宴会の声と虫の音を聞きながら床に就く。結局宴会に参加したのは最初の挨拶から10分だけだったね。

 ふと、ロジャーに声をかけてみた。声は聞こえなかったけど、魂倉にピクリと反応があった。

 何か助けにならないかな、そう思って、その反応があった箇所に向かってエーテルを注ぎ込む。もちろん、純度を高めたものを。ただし、そっとゆっくりと。フラム様に捧げたときより、半分以下の流速で。だって、傷ついてるはずのロジャーに高圧のエーテルをぶつけたらより酷いことになりそうだもの。


 ロジャーの姿を思い浮かべ、早く元気な姿を見せてください、と祈りを込めながら。


 気がつけば朝になっていた。

 どうやらロジャーにエーテルを送りながら寝てしまってたみたい。


『おはようございます。昨夜は有り難うございました』

『あ、ロジャー! 治ったんだね。よかったよ』

『いやまぁやっと声が出せるくらいでして。もうしばらくはお役目を果たせないようで。申し訳ありやせん』

『良いよ、元はと言えば僕がしっかりしなかったから、そうなったんだし。ゆっくり治して。僕もエーテルを送るから』

『……ありがとうございます』


 そこから慌ただしく朝食を摂り僕とハンナは出発した。

 ロベルタ様は泡倉の中。ロジャーは僕の中から外の様子を見てくれている。

 ロジャーが目を覚ましたお陰で、場所を間違うことは無さそうだね。ほんと助かったよ。

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