036 シティアドベンチャー

 アレハンドロの街中を、僕とハンナとフラム様の三人で歩く。考えようによっては両手に花。見方によっては保護者とガキ二人。

 ご飯とお小遣いに銅貨2枚貰ったんだけど、すごくドキドキするよ。だって、僕のご飯は5クレだよ? 銅貨2枚だと200クレ。沢山食べても絶対余るよ……。怖いのでフラム様に預けておいた。うん。安心。


 街の中心を外れていくと、急速に庶民の街に変わってきた。二階三階当たり前。隣の家の壁を自分の家の壁にして建ててる家も普通にあるし。すごく混沌としてるよ。火事起きたら大変だよね……。あ、四大術師が居れば大丈夫かな?

 通り沿いは、屋台が有ったり露店が有ったり。屋台は、道の上にテーブルを置いて具入りスープや串焼きなんかを食べさせている。露店は、付近の村の農民が売ってるようなものから、抜け目の無い目をした商人が田舎者に何かを売りつけていたり。あ、僕も田舎者だった。


「……肉とピラフの匂い」


 ハンナがつぶやきながら或る店に入ろうとしてた。店構えは気楽な飯屋といった風情。値段もそれほどでは無い、と思う。地域の住民や肉体労働系の労働者が楽しそうに席に着いている。

 まぁいいか。僕はフラム様と顔を見合わせると、飯屋に入ってみた。


 天井の高い飯屋は、肉とハーブを焼く匂い、パンの匂い、あと、あ、ピラフの匂い! 米を茹でる匂いがする。まだ色々と食材の匂いがする。わいわいと盛り上がる若者の声、昼間っから酒を飲んでいる労働者。

 さて、と。周りを見渡していると、テーブルの間を縫うようにして若いウェイトレスがやってきてまくし立てた。


「今できるのは、鳥と豚。後はベーコンスープに、酸っぱくないパンよ。変わった物が食べてみたいなら王都からレシピを仕入れたピラフってのもあるわ。持ち込みならなんか一品は頼んでね。冷えた水は2クレ、エールは5クレね。よく冷えてるわよ」


 え? 食べ物の値段言わないの?


「じゃぁさ」


 フラム様が手慣れた様子で、小銭を取り出し、ウェイトレスの手を握って渡す。あ、顔近い、近いよ! ウェイトレスさんも、困って……?


「水二つにエール一つ。後はピラフにスープ。後は君に任せるよ。出来るだろ?」


 フラム様がウェイトレスの手の甲にチュッとキスをする。そして、にやりと悪そうに笑うと、元気いっぱいだったウェイトレスさんが、しおらしく戻っていた。なんか、凄い物見ちゃった。


「あ、あの……」

「あぁ大丈夫、50クレしか渡してないから」

「え?! そ、そんなに?!」

「お酒とか頼むなら、安いくらいさ」

「そういう物なんです?」

「そういうのは昔も今も変わらない。サウルは覚えてないの?」


 しばらくすると、頼んだ物がやってきた。何故かウェイトレスさんがフラム様にお酌をしているんだけど。いいの?

 ハンナは我関せずと黙々と食べてる。ピラフは塩が強く、腸詰めも入ってて肉系。あぁ、普通の肉も欲しいな。と、気づけば3人前くらい食べてた。珍しい濃い味付けで、ついつい食が進んでしまった……。ハンナも満足の模様。

 一方フラム様はウェイトレスさんと仲良くしつつ、上品にご飯を食べていた。エールがいつの間にやらワインになってるけど、支払い大丈夫なんでしょうね?


 名残惜しそうなウェイトレスさんにを払って、お店を出た。え? うっそ! 合計90クレ?! 普通に食べたら5クレなのになんでそんな……。ていうか、貰ったお金、半分近く使ってるし!

 僕たち、というかフラム様を送って通りまで出てきたウェイトレスさんを振り返ると、片足が義足だった。とても動作がスムーズだったから、全然気づかなかったよ。

 歩き出してしばらくして、フラム様が話しかけてきた。ちなみに今は目的地が無い。食後の散歩という感じ。


「どうした?」


 微塵も酔いを見せず、フラム様が僕に尋ねる。


「義足でしたね。良く有るのです?」

「そうだな。良く有るようだ。冒険者には特にね。村人であっても魔物に襲われて、ということはある。彼女、ジーンは元冒険者。つい数ヶ月前まで現役だったそうだよ」


 ここでお金のことを聞いたら負けだ。そんな気がしたので意地でも聞かないことにした。


「そうそう。あの店の食事は一品10クレからだ。余りビクビクするなよ。お前は神に成る男だぞ?」


 と、フラム様がすごく楽しそうに笑うと、ハンナが対抗するように。


「うん。サウルはハンナの主になる男なので、頑張って欲しい。不労所得でうはうは」

「ハンナどこでそんな言葉覚えたのさ……」

「できる女には秘密があるの」


 ハンナ、こんなに喋るキャラだったっけ?


 武器防具を身につけてる人が増えてきた。兵士では無い。冒険者、だね。周辺の建物は、鍛冶屋だったり武器防具の店だったり。鍛冶屋は石造りの家が多くて、周囲が開けてるし、皮の店は臭い。なめしなんかの処理は街の外でやってるそうだけど、やっぱり独特の匂い。


 つらつらっと店員と冒険者の会話を聞きながら歩く。安いスタッフなんかは銀貨数枚でも買えるけど、金属の物になれば銀貨数十枚は当たり前。金貨がお目見えだって珍しくないみたい。

 術理の仕込まれたのもあるらしかったけど見なかった。店の奥に仕舞われてたのかなぁ。僕たちは冷やかしだし、それに幼い子供だし。中に入って価格交渉とはいかないもんね。


 後はちょっと離れた所に、中古屋もあったよ。命を預ける武器に中古というのもなんだけど、背に腹はかえられない、のかな?


 四大術師の書店兼アトリエや、闘気法の町道場、術理具と飾り職人の合同の店なんかもあって面白かった。まぁ全部冷やかし。だって、財布には銅貨1枚もないんだもん。何も買えないよ?


 うろうろと歩き回ってると、冒険者組合の建物が見えてきた。大きい。村の神殿より大きいなー。バスカヴィル商会と同じかもっと大きい。しかも三階建て。しっかりした石造りで、石造りの地下へのスロープもある。

 周辺には、ボロボロの荷車を引いた薄汚いポーターや、黒光りする美しい肌をした戦士、眼帯を両目に付けた小柄な男性? 十名くらいの人がたむろしてた。

 ちょっと中を見て見たい。あの冒険者ギルドに! と、コウタロウさんの記憶が騒ぐが僕も同意。やっぱり見て見たい。ちょっと怖いけどフラム様もいるし?


「ねぇフラム様、さん? 中を見てみたいんだけど……」


 僕がおずおずと言うと、フラムさんはウィンクをしながら


「ハハッ! なりは小さくてもやっぱり男の子なんだな。良いよ。中に入るくらい問題ないさ」

「ありがとうございます!」

「なに、お金は貰ってるしね」


 と、眼帯の男性と遊んでいたハンナを引き剥がし、組合の中に入ってみる。

 しかしあの眼帯男、すごく不気味な見た目してるのに、子供好きなのかぁ……。僕にも愛想良かったし。良い人なのかも。乾燥果物を袋一つくれたし。


 今は、ええと、午後3時10分。室温は22度。外より涼しい。大きめのホールにはカウンターがあって、数人の男女が冒険者とやり取りしてる。なんか露店でやり取りしてるみたいな。砕けた雰囲気だ。カウンターの上には札が下がってる。字と絵で内容が分かるんだ。

 奥の方には、机と椅子が幾つかあって、壁際には売店? 喫茶店? もある。商談にも使うのかな? 商人風の人と、ヒゲ面のおじさんがキスしそうな程顔を寄せて話してる。


 鋼の匂い、触媒に使うだろう薬の匂い。酒とタバコの煙。いいね、すごく良い。雰囲気ある! 僕が興奮気味にキョロキョロしてると、奥のテーブルから神官服を身につけた女性がフラム様に飛びついてきた。


「あ! フラムさまぁ! お久しぶりですぅーーーーん」

「おっと、アマダじゃないか。もう帰ってきたのかい?」

「ええ、フラム様に会いたくて、急いじゃいましたの。でも遺産を幾つか見つけたので収支は黒ですわよ?」

「遺産か! そりゃすごいね」

「ええ、幾つもお話ししたいことがありますわ。もし良かったらこれから、お姉様と二人で……」


 おいおい、ちょっと待って。


「あ、あのぉ」


 無害な子供を装って、いちゃつきはじめた二人に声をかける。護衛なんだからしっかりしてよ。


「あ、あぁ。こちらはアレハンドロ冒険者組合、新進気鋭の中堅パーティ『キマイラの咆吼』の神官、アマダだ。で、こっちの二人が、コミエ村のサウルと、王都から来たハンナ・マサース」

「コミエ村のサウルです。よろしくお願いします」

「アラン・マサースの娘、ハンナ。よろしく」


 なんか凄い目を向けてくるアマダ。そして一転にっこりと微笑み


「んふふぅ。『キマイラの咆吼』のアマダよ。神官戦士してるわ。よろしくねぇん?」


 見た目はそこらの町娘のような体つき、だけど、さっきフラム様に抱きついた時の体裁きは半端じゃなかった。これに闘気法が加われば、十分に戦える筈。神官戦士は嘘じゃ無いと思う。


「サウルは、ちょっと用事があってバスカヴィル商会とお話ししに来たのさ。ハンナはマサース教授と同行してる」

「え? あのマサース教授?!」


 声がしたのは、アマダの後ろ。前世の釣り野郎みたいに沢山ポケットの付いたベストを着た若い男性が大きな声を上げていた。

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