037 試技
「なるほど、そちらのお嬢さんはマサース教授のご息女でしたか」
「うん。養女」
「それで、そちらのお坊ちゃんは、マサース教授の教えを受けたと」
なんだろう。僕は坊っちゃん属性でもあるんだろうか? 良く言われるんだけど。育ちが良い、わけじゃないんだけど。だって、開拓村の農民の子で、預かり子だし。
「え、えぇ。その。多少エーテルの使い方などを」
「それは素晴らしい! 私など、王都の自宅前に何度も通ったのですが……」
ポケットだらけのジャケットの上にカーキグリーンのロングコートを身につけた若い男が、やや大げさに手を広げる。
彼、コンラッドさんは、四大術師としてアラン様を尊敬しているとのこと。
色々と話してて分かってきたのは、コンラッドさん自身もかなりの腕前の四大術師で有り、弓師であるということ。「伝説に歌われるエルフほどのことではありませんが」と謙遜するけど。
しかし、エルフって伝説なの? 泡倉管理人の部下ってエルフだった気がするんだよね。耳が長かったし。んーー。
『ロジャーさん? 泡倉の住人のことなんだけど』
『へい。彼らはエルフの中でも原種に近いハイエルフと呼ばれる者達でさ。あ、普通のエルフもいますぜ』
『コウタロウさんの記憶では、この世界には、人間、エルフ、ドワーフ、ミグ、プランツェル、ティターンがヒトとして居たはずだけど……』
『あー、それはまた大分古い話ですな。古代魔法文明の中期くらいまではそうでしたが。今、この近辺では人間とドワーフ、ミグだけです。後は不明です。滅んだとするのが通説でさー。泡倉のハイエルフは例外だと思ってくだせー』
『ミグ、か。小さい子供のような姿をし、精霊に近い種族。風のように動く彼らを誰も縛れない。彼らがそうと魂倉に刻まない限り。ただ、その筆はしばしば旅に出る、だったっけ。精霊術が苦手な僕としては一度会っておきたい、かな』
ロジャーさんとの会話は一瞬。周囲にはそうと知られない。
話は移り変わり、僕とハンナが主体になっていった。
確かに5才の元農民の預かり子が神官とやってきて、商会に用があると言えば何か有ると思うよね。神殿なら何か珍しい技能でもあったか、となるだろうし。それにアレン様と繋がってるし。神官様もコミエ村に隠遁する前は冒険者として有名だったみたいだね。
ハンナはハンナで、変わり者として有名なアレン・マサース教授の養女だし。
うん。知りたがるのも仕方ない。
「ええ、まぁその。ちょっとだけ。水を出したり火を出したりするくらいで。既存の術は使えないです」
オリジナルの四大術。そう、泡倉でアラン様達と開発した、あれ。あれは使えるけど、見せたら駄目な奴だよね。誰かに聞くまでも無い。そうなると、僕の手は大した物にならない。
ハンナが恨みがましく見て来るけど、ダメダメ。
「……ハンナは、ちょっとだけ四大術。後は闘気法。早さに自信あり」
「なるほど! ハンナちゃんとサウル君が組んだら良いパーティになるね!」
「うん。もう村で何度か組んだよ。ハンナとサウルは相性抜群なの」
「おお、それはすごい。未来の若きエースというわけだね。一度見て見たいものだ!」
コンラッドさんはお世辞見え見えの態度。まぁそりゃそうだ。僕が5才。ハンナに至っては4才だもの。幾ら子供も戦力に数える世界だとは言え、早すぎるよね。
「確かにそうだな」
と、フラム様が目の前のジョッキを見つめながら口を開いた。ちなみに中身は冷えていて、冷やし料は別。
「コンラッドもアマダも、ちょっと見て見たいよな? あのマサース教授の秘蔵っ子達の腕前」
「あら? いいのです? こんな子達を味見しちゃって」
神官のアマダさんが好戦的に舌なめずりする。怖い! 一方コンラッドさんは苦笑い。だけど、その後あれよあれよと言う間にフラム様がアマダさんとコンラッドさんを焚き付けて、ちょこっとだけ僕たちの様子を見ることになってしまった……。
一応、僕たちが余りに未熟なら、対戦は無しということで。
でも、それで何故かハンナが燃え出しちゃって。すっかり本気出す気になってるし、僕のこと手を抜いたら、許さない。噛む! って脅すし。うえええ。僕泣きそうだよ。
あ、5才だからこういうとき、泣いて謝れば済むのでは? え? だめ?
組合の演習場の一部を借りることになり、対戦用の神術を組合の人にかけてもらい、逃げられない状況に。
とりあえず、体術からということで闘気法混じりで準備運動。でもほら、僕は自警団の訓練くらいしかやってない。前世の記憶はあるけど、今の体に合った物じゃ無いからどーもぎこちない。
一方ハンナは、ひゅんひゅんと動きまくって調子が良いみたい。前、僕と対戦した時より早い?
僕の動きにガッカリしてたキメラの咆吼の面々(結局全員来た)とフラム様だったけど、ハンナには興味津々。ほんとはミグで成人してるのでは? とか聞かれてた。でも、ハンナは精霊術は使えずに四大術なので違うの。ほんとは機人だしね。
次、四大術。これをどこまで見せるかか、だよね。あまり下手を打つとアラン様の顔を潰しかねないし、ハンナに噛まれる。でも余り圧倒的なのは、早すぎる。気がする。
いつもより、ちょっと力を抜くくらいが良いのかな?
流れ的にハンナから。
最初、ハンナはその場から小石を打ち出した。神術の壁から結構な音がする。アザじゃ済まない音。続いて、ハンナは壁に向かってゆっくり歩く。歩きながら四大術を練る。口がぶつぶつと動き、呪文を作ってる。そして火の玉を飛ばした。結構なスピード。これも壁にぶつかって大きな音がした。
僕の場合だと、気合いが入ると、魂倉と自分の世界に入り込んでしまい、動くどころか周囲の風景も目に入らなくなる。歩きながらはすごいと思う。
「ハンナちゃん。歩きながら術が使えるとは! 子供とは思えない。下手な私塾ではトップクラスかもしれません。さすがマサース教授が養女にされただけのことはある!」
ハンナが得意げにこっちを見た。ちゃんと周囲が分かってるんだなぁ。やるなぁ。ほんとはここから、闘気法による立体殺法プラス四大術の組み合わせがあるのだけど。それは無しにしたみたい。
じゃぁ、僕だ。ハンナくらいの感じで……。
『サウル。お前、あまりあたいをガッカリさせるなよ?』
と、フラム様から釘を刺される。ていうか、念話では一人称あたいなんですね。あーもーどうしろと……。
ええい。ちょっとだけ。
「火の矢!」
呪文書から一つ、火の矢を取り出して打ち出す。呪文名も叫ぶ。ホントはこれくらいなら言わなくても良いのだけど。
「え? 早い! いや、予め準備しておいた? エーテル見えたか? アマダ」
「んー、私は見えなかったわ。ちょっと油断してたかも」
よしよし。しかし、フラム様は……?
『おい、今のはなんだ? 瞬間的に術が形成されたぞ』
『秘匿事項です』
ご興味を引いたみたい。さて、もうちょっとだけ。
一応持った木刀で、えいやーと型をやって見せて5秒。
魂倉の呪文書から呪文を喚起、引数を与え現出させる。
すると僕の目の前には「弱め」の「火の玉」が「3つ」出てきた。大きさは僕の頭と同じくらい。一般的な火の玉の大きさの筈。それを別方向に同時射出。
ほんとはもっと出せるし、時間差の発射も可能だけど、そこまでやる事は無い。
多分……
「え! 凄い! 数日しか習ってないなんて嘘だ! あれだけ動きながら術を準備して、しかも火の玉は3つじゃないか! 並みの制御力じゃ無いぞ!」
「サウルずるい! 自分で目立つなっていっといて!」
『サウル、あれも瞬間的に形成したな? しかも3つ!』
うん。十分だったね。
まぁ実際には動きながら術を準備したんじゃ無くて、最期の放つ瞬間に魂倉の呪文書から出しただけなんだけど。
皆驚いてくれてうれしいなー!
って、あ、みんな、そんな一度に来ないで! こらハンナ、頭に載らない! 鼻をつまむな! コンラッドさん、真剣勝負とか無理ですから!
その後、興奮したキメラの咆吼の面々というかコンラッドさんを宥め、コツは秘密と言うことで我慢して貰ったよ。あぁ、もうほんと。ついつい調子に乗ってしまう僕が憎い。ほんと。
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