034 月夜の対話

 月がまぶしい夜。

 僕にだけ見える時計は21時を回ったところ。泊まっている宿に併設された酒場から、ざわめきが聞こえる。遠く、聞こえる。


『……聞こえるかな?』


 脳裏に響く声。コミエ村からの道行きで聞いた声。そして。あの日、目覚めた日聞こえたのと同じ声。

 でも、明らかに違う声。

 あの時の声は、人ではなかった。心の無い魂の無い、ガラスのように透明な声だった。それが故に繊細な楽器のようにも聞こえたけど、今は何かを悩み、ためらい、恐れる声。


 僕は、自分が緊張するのを感じながら、を発する。


『……聞こえます。フラム、ですね?』

『そうさ。土地神が一柱、フラム、さ。……ふふ。坊やは緊張しないのかい? あたいは初心な小娘みたいになってるっていうのに』

『とんでもないです。僕もすごく緊張してます。だって、フラム様は本物の神様なんでしょ?』

『馬鹿にされてるわけじゃ無さそうだが、何か拍子抜けだよ。まぁいいさ。確かにあたいは本物さ。驚いたことにね』

『この今の暦。復活歴が始まって425年。全てのヒトが望みながらまだ叶わない望み。神の現身の復活。それがこの僕の目の前に御座す。有り難いことだと思います』


 窓から身を乗り出したままで居た僕の前。宿の庭にフラムが現れた。ロジャーさんが僕の中で身構える。


『……。あー、もういい。こういうややこしいやり取りはあたいは苦手だ。腹割って話そうじゃ無いか』

『はい』


 神秘的な雰囲気が崩れると共に、周囲の音がはっきりとしてくる。気の早い虫の声、夜の鳥の声も聞こえはじめた。


『だいたいよ。この道中見ていたが、お前、全然驚かないじゃないか。あの村から一度だって出たこと無いくせに。

 あたいが居るはずの無い神だと分かっても、凪いだ海のように飲み込みやがって。魔導具だって、そうだ。あたいが生きてた時代だって魔導具、いや今は術理具か。あれの開発は数年単位の仕事だった。

 それをまるで最初から知ってるように作りやがって』

『……そんな風に見えました? 僕は僕なりに一杯一杯なんですけど』

『見えん』


 フラム様にきっぱり言われてちょっと凹む。


『……で、どのようなご用件で? 子供は早く寝たいのです』


 フラム様が、じろりと見る。こわい。


『まぁ昼間も話したが、お前、神に成らないか? お前の潜在能力ならあたい以上の神にだってなれる』

『んーー。僕、まだ目覚めてから一月も経ってませんよ? さすがに早すぎるのでは?』

『勿論、今すぐって訳じゃ無いさ。唾付けとくだけの話。お前を神にするにしても、今、あたいは神界と連絡取れないから無理だしな』


 あはは、と、フラム様は無邪気に笑った。照れくさそうに笑う顔を月が照らして、中々綺麗で見とれてしまう。


『え? それ大丈夫なんですか?』

『全然駄目だな! どうも界の構造が変わっちまってるようでよ。半覚醒状態では上手く行ってたはずのやり取りが全然駄目だ。信仰の力を集めて、どこかの神殿の奥に入らないといけないみたいだ』

『神であると名乗るのです?』

『さっさとそうしたいのは山々なんだけどさ。もうちょっと何か力を表せるようにならないと、頭のおかしい奴として処分されちまう。今の時代のことも分からない。地図も変わってるし』

『地図、変わってるのですか?』

『あぁ、おおよそ一緒なんだけどな。都市遺跡の場所が転移でもしたみたいに吹っ飛んでる。鉱山なんかもだ。そうそう、アレハンドの近くの山。あれはずいぶん昔に枯れ果てた筈なんだ。それが復活してるし。大体、あたいが眠っちまった時代、鉱物資源の枯渇で色々厳しかったのに』

『……資源が復活している、と。面白いですね』

『全くだ。ただ、飯がまずくなっちまってる。肉は硬いし、調味料は少ないし、塩も砂糖もべらぼう高いし。まぁハーブが美味くなってるのは助かったけど……』


 今の時代の飯が如何にまずいか、昔の行きつけの居酒屋が如何に美味かったか延々と愚痴を垂れ流すフラム様。多分、僕が大人だったら酒を出してると思う。

 反射的に、コウタロウさんの記憶から幾つか料理を呼び出してみる。コウタロウさんも酒と料理が大好きだったみたいだねー。色々出てくる。焼き鳥? チキン南蛮? 酒盗? レアステーキとわさび? お酒の味も再現されちゃうけど、料理の味は濃すぎるし、お酒は苦かったり変な味。僕はちょっと苦手。


『そういや、お前にずっとくっついてるあの子供、あれ機人じゃないか? 何故居る?』

『ん? ハンナです? あー、そういえば自己紹介の時にそんな話が有ったような……』

『お前、機人だぞ? 騎士と術師からなる一個小隊を一機で相手できる最高級の自動人形だぞ? 流して良い話じゃないだろう。少なくともあたいなら問い詰める』

『ん、んーーー。でもまー。ハンナはハンナですし。保護者ちゃんと居ますし、込み入った事情ありそうですし……。僕が踏み入って良いかどうか……』

『……お前がそう言うなら良いけどよ。機会があれば聞いとけ』

『はぁ』

『やる気ねぇな、まぁいいけどさ。お前の人生だし』


 その後は、腹の内の全てを晒すほどでは無いけど、味方だね、ということで意見の一致を見、互いの今後の予定などをすり合わせていった。

 なんだろう、神様とお話ししてると言うより、提携先とお仕事の話をしてる気分。

 フラム様は僕があまりに成り行き任せなので呆れてたけど、フラム様だってどっこいどっこいだと思う。だって、結局冒険者で頑張って、そのうち神術で目立って神殿に入り込む、以上! だもの。

 後、古代文明時の料理を広めるとか。特に出汁については強く主張してた。僕もそれには強く賛成したよ。だって、コウタロウさんの記憶のお吸い物美味しすぎた物。


 連絡方法を決めて、そろそろ解散しようかという緩んだ空気の中。

 フラム様がポロリと。


『そうそう。コミエ村、まだ加護要る?』

『どういうことです?』


 ヤバそうな気配! 僕、眠かったけどシャキッとしてきた!


『あぁ、お前が生まれてからこっち、お前から漏れるエーテルで権能が発現してな。農作物がよく育ったり、井戸の水の質が良くなったりしてるんだ。もうお前がいるから、あたいがやらなくてもいいかな、と思ったんだけど』

『え、いや。しれっと僕を神様にしないで下さいよ。さっき神界と連絡取れないから無理だって言ってたじゃないですか』

『ちっ。ひさびさに守護地を離れて遊びに行けるかと思ったんだがな。なんとかアレハンドロまで守護地を伸ばすか』


 しかし、それでも来年の税金大変なんだよね……。


『フラム様、もっと加護を増やすことってできますか?』

『ん? できるけど、どうした?』

『村に事情があるみたいで……』


 村の事情を簡単に話してみる。まぁ僕も詳しいことは知らないんだけど。


『んーー。来年いきなり3倍は無理だ。倍には出来る。お前から幾らか貰えば、だが。しかし、お前の体にも負担が掛かるかも知れないな』

『んーーー。こ、これとか役立ちます?』


 その時、僕の頭の中に浮かんだのは、アラン様のことだった。泡倉の物品なら高濃度のエーテルが有るから、きっと? 手持ちの物品を一つ、泡倉から取り出し差し出す。


『こりゃ大した物だが。神の権能には、これじゃ駄目なんだ。一度ヒトの思いを通さないとな』

『そうですか……』

『そうしょんぼりするな。あたいが虐めてるみたいじゃないか。そうだな。一日一回以上、あたいか、村のことを考えて祈りを捧げな。捧げる場所は神殿で無くても構わないから。ただ……』


 フラム様は、懐から布製の護符を取り出した。古代文字で『豊作祈願』と刺繍されている。


『これを身につけておきなさい。これと祈りがパスを繋げるから。そしたら同じ守護地に居る限り、あたいに力が来るし、あたいもお前と直に話が出来る。冒険者組合を通じた伝言で無しにね』

『ありがとうございます。しかし、これ、貴重な物では?』

『構わんよ。じゃぁ、またな』


 フラム様が、現れた時と同じように姿を消し、ついで気配も消える。なんだかとても長い間話してたみたいだけど、念話だからか、それほど経ってない。

 でも、とても疲れたよ。僕疲れた。


 おやすみ。

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