033 道行きとスカウト3
コミエ村を出発して4日目。今日の夕方に最後の村。次はアレハンドロに到着の予定。
今は、初日と二日目のヒドい天気が嘘のように晴れてるんだ。朝は肌寒いけど、10時くらいには温かくなってて眠い。僕がうとうとしてると必ずハンナが重なってくる。起きるとちょっと汗ばんでるんだよね。でもハンナに文句言えない。
ぼーっと馬車の荷台から外を見ながら考え事。空には何か大きな鳥が飛んでる。ぴーよぴーよと鳴いてて、猛禽類だと人足の人に教えて貰ったよ。春先によく鳴くんだそう。
「……あ!」
そしたら、ふと閃いちゃった。なんで今まで気づかなかったんだろう? あーもう恥ずかしい。
『ねぇロジャーさん』
『へい。お呼びで?』
何か作業中だったかな? 何か気もそぞろなロジャーさん。ロジャーさんもセニオさんも、持ち場で待ってるだけじゃなくてそれぞれの思惑でも動いてるところ有るよね。
『青髪のフラムさん、コミエ村辺りの土地神様だったり?』
『恐らく。お気づきだとばかり』
『恥ずかしながら……』
と、魂倉の中に居たらしいロジャーさんと話をしていると、そのフラムさんがこっちを見た。うん。さっき僕が声を上げて、そこから虚空を見つめてじっとしてたわけで。そりゃ気にするよね。
狭い馬車の荷台には他の人も居るから、おおっぴらに話をするわけにも行かない。さてどうしよう。
とりあえず、にこっと笑ってみた。フラムさん、なんか動揺してる。面白いのでニコニコしたまま近づいてみた。
「ねぇねぇフラムさん」
「なんだい、坊や?」
ハスキーな声。きつめの目に高い鼻筋。厚ぼったい唇に蓮っ葉な言動。同じ冒険者仲間にも人足の人達にも人気が有る。カッコイイ女性だ。ドレスより男性用の礼服のようなシャープな服、コウタロウライブラリー的には、スーツ? あれが似合いそう。
さて、フラムさんが僕をじっと見つめる。あ、この視線、知ってる。村の神殿で感じたことあるよ。そっか。なら……。
「フラムさんはこの辺の出身?」
「そうだ。長いこと離れてたけど、ついこないだ帰って来れたんだ。ある方のお陰でな」
そういうと、フラムさんは僕の目をのぞき込む。僕が5才の無垢な子供じゃなかったら顔が赤くなりそうな雰囲気。……じゃなくて、フラムさんが目覚めたのは、僕が関係しているみたいだね。
「そうなんですね。その方はどんな人なんです?」
「ふむ。そうだな。名前はここで言うことは出来ないけどよ」
と、荷台を見渡した。
「見た目は可愛らしいんだけど、中身はエグいな。後、あれだ。腹にもう一人くらい飼ってそうだったな」
「へ、へぇ。腹黒ですか? なんか怖いですね」
「いや、んなことないさ。あの方は、自分のことが良く分かってないみたいで色々抜けてるところもあるんだ。見てると面白いぜ?」
バチーンとセクシーなウィンク。なんか僕、口説かれてる気分。あれ? おかしいな。僕がからかうつもりだったのに……。
『……』
ロジャーさんが何か言いたそうにしてるけど……。あ、後で聞くね!
「その方、今はどうされてるのです?」
「さぁてね。どこにいるのやら。案外近くに居るのかも。もしゆっくり話す事があるなら、あたいが居た場所にお連れしたいところさ。あそこじゃあたいは下っ端だったけど、あの方なら……」
土地神、というのは神のヒエラルキーの中では下位にあたる。自分の領域を持たず、守護を任された土地から余り離れることも出来ない。かつて、復活歴の前、神と人の世界が断絶していなかった時代には、年に一度神々の集会が神界で開かれていたと言う。
フラムさんが土地神なのだとしたら、この話には裏の意味が出てくる。
いつか神界に僕を連れて行く。そして神にしたい、ということ。
神官様が近くで聞いてるなら何か感じたかも知れないけど。今はこの荷台に居ない。だから大丈夫。
「その方、そこまでの方なのです?」
「あたいはそう思ってるよ。ところであの魔導具、じゃかなった術理具ってのは全部坊やの創作なのかい?」
「そうですね。ですけど、前世の記憶に似たモノがあったりしたのでそれは真似しました」
「へぇ。あたいは初めて見たよ」
さすがにコウタロウさんの話を深く突っ込まれるのはまずいと思う。全部話してフラムさんの考えも聞いてみたい気がするけど。あの夜、コウタロウさんは『この世界の神と知り合いで』と言ってた。多分特殊な例なんだと思う。ただの古代文明人とは思えない。
少なくとも、今、誤魔化しながら出来る話じゃない、と思う。
ちなみにその後、ロジャーさんにかなりの嫌みを言われたよ。急にあんな話に持っていくなんて聞いてないとか色々。ロジャーさんって、ワルっぽい雰囲気の大人なのに、どこか心配性というかお母さんぽいところある。
夕方、というのは早い時間。大小様々な集落を通った先に大きめの集落、いや町かな? それが見えてきた。アレハンドロに近づくにつれ、集落の密度が上がってきて、人の往来も増えてくる。
コミエ村から出たことの無い僕にとっては大変な人の数。
色んな人が人酔いしてないか、と心配してくれるけど、僕は全然平気だったんだ。何せコウタロウさんの記憶には、たった一つの広場で、十万を軽く超える人々が本を売り買いする催しが有ったんだよ。たった3日の祝祭に数十万の人が集まる様子は圧巻。まるで畑の砂がうごめくようだった。
それに比べればアレハンドロ市街の人口は公称五千。この辺りに広がる衛星集落全てを合わせても数万。今ここに見える人は千人を上回らない。
あれに比べちゃうとね。きっと王都を見ても驚けないと思う。
建物もほとんど平屋で道は土。道に直接敷物を敷いての露店が多い。店を構えてるのは小数。
確かに、コミエ村には商店と言えば宿屋兼雑貨屋しかなかったけど。驚きにはならないんだよね……。
しかし、横に立っているハンナは、何故か大興奮。いや、君、王都から渡ってきたんだし、こんな所沢山見たよね?
馬車は軽やかに進む。沢山の荷物に人を載せているのに、馬は疲れた様子もない。あ、馬に注目する人が居れば気がつくかも。馬には馬用の倍力の術理具が付いてる。だから何か革紐と輪っかがくっついてる。足元には保護具を付けてるし。
馬車全てに重量軽減がされてるし、足回りも改造してる。そうそう。途中でブレーキも付けたんだよ。馬丁さんが操作すると、車輪と地面の間の抵抗がぐっと増して速度を落とすという物。ちなみに車輪の抵抗は個別に操作できるから、カーブも楽々。
馬丁さんが言うには、路面が凍ってる時にちょこっとだけ抵抗を付ければ、滑らずに勧めるんじゃ無いかって言ってた。確かにねー。
そんなわけで、今日の宿の前に、割と速い速度で数台の馬車がやってきた。ブレーキで馬に負荷も掛けずピタッと止まってみせる。馬車のスピードに事故を予想してた野次馬達が、びっくりする。
そりゃそうだよね。馬車は、多少のつっかえ棒は有ってもこういうブレーキは無かったんだから、馬が速度を緩めても、こんな急速に停止できないのが常識。
そこをロージーさんが宣伝を兼ねてやって見せた。注目されるよね。
宿に馬車を預け、部屋を取る間にもロージーさんとシルビオさんが代わる代わる野次馬に馬車の話をしていた。もちろんロージーさん達の「バスカヴィル商会」の宣伝もばっちり。
僕? 僕はその間、大人のお話をニコニコと聞いてたよ。
ん? サボりじゃないよ? 市場調査、うん。いや、ほんとだよ?
お金の感覚とか、全然分かってなかったし。そりゃそうだよね。僕自分で買い物したことも無いんだもの。以前銀貨5枚で術理具作れるって言ったけど、あれ僕の手間賃とかかなり安く見てたみたい。
その夜、僕はちょっと窓から外を見てた。同じ部屋にはセリオ様。見上げる星の海に月が綺麗。あの月のどこかに神界への入り口が有るとか、月こそ神界そのものだとかそんな話が有ったっけ。昔は月は緑色だったそう。でも幻魔との戦いの中でいつの間にか、今の黄色になったとか。
ふと窓の側にフラムさんの気配。でも、本人の姿は見えない。んー? 探索術苦手だから見えないのかな?
『……聞こえるかな?』
恐る恐る、という感じでフラムさんの声なき声が頭の中に直接聞こえてきた。
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