029 村と商人1

 泡倉に入った僕は、そのまま魂倉の中に入っていく。セニオさん達にも会いたくなかったから。

 僕の体の中、おへその下に魂倉はある。色は黒く柔らかい。魔物や動物達から回収した魂倉を加工すると、周囲から自然のエーテルを取り込んで人や術理具が使えるエーテルを放出する「エーテル一次バッテリー」になる。

 魂倉を持つ生物は、周囲から生のエーテルを取り込み魂倉で変換して蓄える。そして、術や固有の異能などを使う源泉とする。

 魂倉の状態は、気配などに敏感な人だと何となく雰囲気で分かるとか。

 でも、魂倉にお話の出来る管理人は居ないらしい。それに魂倉の中に入る事も無いらしい。王都の大学の先生であるアラン様が言ってた。多分本当だと思う。


 でも、僕は魂倉の中に入っていく。さっきまでは目を開けて、泡倉の森の中から空を見上げていたはずなのに。今、に映るのは暗黒の宇宙だ。大きく口を開けたそれの中に僕は飛び込んで行く。

 中に入ると、大きな部屋に居た。神殿の礼拝堂より大きな部屋。多分、一辺が50m以上。壁と床は綺麗な木目の板。天井は高くて見えない。

 部屋の四分の一を占めるほどの沢山の書棚に、立派な応接セット。それと一辺が1m以上もある大きなディスプレイ。

 別の壁には何か透明なガラスの機材と炉。他にもごちゃごちゃと色んな物がある。

 管理人のロジャーさんは、ここを余り整理していなかったみたいだね。

 そう、ここは魂倉の中。先日コウタロウさんと会った後、ロジャーさんに魂倉の変化について聞いていたんだ。なので驚かないつもりだったんだけど。


「思ったより変わったね」


 広さも、物も。

 とりあえず、書棚とディスプレイを見てみよう。本は貴重なんだ。セリオ様とマリ様併せても200冊も持ってない。

 それがあの一角には、書棚だけでも100はある。書棚は横は1m、縦は2m程。縦横60cmと神殿の聖書程もある大型本もあれば、今の僕の手のひらほどの小さな本も乱雑に突っ込まれている。溢れた本は床に積み重ねられていて、これも整理整頓されてるよう巣は無い。

 知識神の神官であるセリオ様がこの様を見たら怒りの余り叫ぶかも知れないなー。だって、本は凄く高い。セリオ様やマリ様が書いた小さな簡易綴じの薄い本でも高く売れるって仰ってた。それこそ金貨数枚に。

 ここには、そんな本が軽く1000冊以上おいてある。勿論ここは魂倉の中で、物理的な世界じゃない。だから多生乱暴に積み重ねられて居ても、湿度や温度、光に気をつけて無くても大丈夫。でも、何となく落ち着かない。


 ここにある本は、コウタロウさんの知識と経験なんだって、ロジャーさんが言ってた。それを上手に使うために用意されたのが、応接セットとディスプレイ。

 僕は応接セットのソファに座りつぶやく。


「スタートアップ」


 途端、「ブォン」とと共にディスプレイに光が灯る。

 これを使うのは初めてなんだけど、全く戸惑うこともなく使うことが出来る。これもコウタロウさんのお陰、かな?


「……検索。キーワードは重量操作。四大術の属性は非限定。実行」


 書棚や床に積まれた本が淡い光を放ち、次の瞬間には僕の目の前に本と書類が置かれていた。事典のような大きな革装丁の本が一冊。表紙のない簡易閉じのメモのようなものが幾つか。

 事典にはしおりが付いている。この辺りを見ろと言うことだと思う。


 しばらくメモと事典を見て考えをまとめると、僕は応接セットの引き出しから紙と筆記用具を取り出し、メモを取る。

 メモは持ち出せないけど、ここに来ればいつでも見直せるし、一度書いた物は記憶に定着しやすい、らしい。


 魂倉の部屋から浮かび上がり、泡倉に帰った。魂倉と他は時間の流れが違うみたいなんだよね。魂倉の中では相当長い時間を過ごしたつもりなんだけど、泡倉の森は変わった様子無かったし。確認しようと思って視界の右下に情報を呼び出すけど、分からなかった。

 だって、こっちに来た時間覚えてなかったし。


 そう思ったらなんか力が抜けてきた。でも、折角思いついた企み、実行しないと面白くないよね。


 魂倉の中で思いついた術理具を作り始める。材料は木と土と石。後若干の金属。エーテルバッテリーも幾つか。

 二種類、いや、三種類かな。

 大きいから皆びっくりすると思う。牛より大きいし。コウタロウさんの知識使いまくったし。多分皆見たこと無いはず。


「おい、クソガキ。ちょっといいか?」

「わわっ!」


 僕は思わず声を上げて飛び上がってしまった。そういう反応があるというのは前世知識にあったけど、僕がそうなるとは思わなかった。

 声はアラン様。朝から泡倉に入り込んで何やら調べ物とのこと。何か見つけたのかな?


「くはは! クソガキがそういう反応するとホントのガキみたいで笑えるな! ギャハハハ!」


 アラン様がひとしきり笑った後、僕は続ける。


「何言ってるんですか、僕は本当に5才ですよ。タブレットにも書いてあるじゃないですか」

「あぁ、その必死な様子が笑えるけど、ちょっと頼みがあってな」


 アラン様が僕に頼み? 


「なんでしょう? 術理具かなにかですか?」

「いや、この泡倉の岩や土、水や木、色んな物のサンプルが欲しい」

「何に使うのです?」


 聞かないといけない気がして、聞いてみた。

 アラン様はちょっとひるんだような顔をした。アラン様のこういう表情を見るのは初めてかも。いつも笑うか馬鹿なことしてると思ってたんだけど。


「……俺はアラン様だぞ? クソガキに言う必要があるのか?」

「はい。アラン様にはこの短い間に色々学ばせていただきましたが。でも、僕はこの泡倉の、小世界の主です。皆さんには会わせることが出来ませんが住人もいます。きちんと聞かないといけません」


 アラン様がすごく怖い顔をした。実家の父が怒鳴った時より怖い顔。

 しばらく前に野良犬と出会ったときは、びびって尻餅付いてしまった僕だけど、今はアラン様の顔を、目をきちんと見ている。

 今のアラン様の顔の方がよっぽど怖いのだけど。


「ちっ。これだからクソガキなんだよテメーは。可愛くねぇな。ここはこのアラン様の鋭い眼光にびびって、『わー、なんでも言うこと聞くからゆるしてくださーい』とか言うところじゃねぇか?」

「わー、なんでも言うこと聞くからゆるしてくださーい」

「じゃ! そういうことでな!」

「……そういえば、最近咳き込まれませんね」

「……」

「セレッサ様とマリ様はこの泡倉から持ち出された品で、何やら作られているようですが、思った様な成果が出ていない様子」


 一応ね。僕もロジャーさん達からある程度のことは聞いてるから。どういうことか推測くらいはできるけど。やっぱり本人から聞きたいよね。

 神殿のマリ様は有名な薬師で四大術士。アラン様お付きのセレッサ様もマリ様と薬品の話で盛り上がっていた様子だから、かなりお詳しいんだろう。

 そしてアラン様の咳。最初は風邪か何かかと思ってたけど……。

 アラン様は、赤地に黄色のローブをバサッとさせて、ため息をついた。


「……分かった分かった。正直に言う。経緯は省くが、俺様はエーテルがダダ漏れになってる。呼吸器にも異常がある。術の行使などは問題が無いんだが。徐々に体力も無くなりつつあってな。恐らくこのままじゃ半年持たんだろうと見ている。

 勿論色々試してみたんだが、はかばかしくなくてな。俺自身は内心諦めていた。実際もうハンナとセレッサの引取先は内々に決めてたくらいでな……。

 セレッサがあんなに一生懸命じゃ無かったら、どこかで野垂れ死んでたかも知れねぇ」


 いつもの強気で陽気なアラン様は影を潜め、影のある表情をしていた。

 僕は、軽い気持ちで触れては成らないところに触れてしまった気がして何も言えない。なんだか泣きたくなってしまったけど、ここで泣くといけないと思って我慢する。


「……おいおい、何涙目になってんだよ、クソガキ。てめーで振っといて。所が、この泡倉に来てから急に調子が良くなって来やがった。こないだ、海で魚や貝を取って食ったろ? あれがまたクソたけー回復薬並みに効きやがる。しかもエーテルの抜けも弱くなった。今まで頑張って薬開発したのは何だったんだ、ってセレッサが嘆いてたな。

 しかし、そうなると現金なもんだが、俺様ももうちーっとだけ生きてみたくなってな。そう言ってみたらセレッサがすげー喜んでな。その夜はもう……。っといけね。子供に話すこっちゃねぇな。

 そういう訳でここの素材を色々譲って欲しいと頼むことにした訳よ。わりーが、色々分けてくんねーか?

 っておい、クソガキ、おめーヒデー面だぞ! ギャハハハハ!」


 最期にアラン様はいつものように馬鹿笑いしてしんみりした空気を壊してくれた。

 あ、あれ? なんか鼻水が。今の話そんな泣ける要素有った? でもなんか嬉しいような悲しいような。


「……わ、ばがりまじだ(わかりました)。ゐるだげもっでっでぐだざい(要るだけもってってください)。っぐ。えっぐ」


 あーもー! なんで涙も鼻水も止まらないの?! うわー恥ずかしい! でも停まらない!


「……あ、あー。ありがとな? ところで、お前、これ何してたんだ?」


 アラン様は僕の周りにあるオブジェ群を指さした。

 直径150cm、幅200cmの金属と石材の円柱が10個、黒光りしながら転がっている。円の中央には貫通する穴が開いていて、穴の周辺には術式が刻める様になっている。結構な重量のため、若干地面にめり込んでいた。

 他にも前世知識が無いと意味が分からないパーツが転がっている。


「……っぐ。え、えっと、目玉商品作ってみようと思って」

「……ほほう。よーし、クソガキ。このアラン様にちょっと説明してみろ」


 アラン様の目が輝いた。

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