028 場違いな品
村の門に、村長さんと商隊の人達が向かおうとした時、冒険者の一人が声を上げたんだ。それは青い髪をした女性で革鎧を身につけている。剣士だと思う。しかし、青髪かー。初めて見たよ。
『ねぇ、ロジャーさん。青い髪って初めて見たんだけど、良く見るの?』
『いえ、坊っちゃん。今の世の中には青髪は居ない筈ですぜ。それに、あの女冒険者、あっしには栗色の髪に見えますな』
『分かった。気をつけてみてくれる?』
『分かりやした』
圧縮された時間の中でやり取りを終えると、僕の魂倉からロジャーさんの気配が消える。女冒険者は、黒い石舞台の側で作業している村人の方を指しながら、雇い主である商隊の長、ロージーさんとシルビオさんに呼びかけている。
草刈りの術理具に注目してくれたみたい。助かった。村長さんそこの説明抜きで村に行こうとしてたから。緊張してたのかも。
ふと、背中に物理的な重圧。気がつくとハンナがいつの間にやら寄ってきて、僕の背中によじ登ろうとしてる!
「ハンナ止めてよ! 背丈も変わらないんだから、乗ったら、僕潰れちゃうよ!」
「レディに体重のことをいうのはマナー違反」
「いや、レディは肩車ねだらないと思うよ?」
「良いから乗せる。もしくは撫でろ」
「なんだろう、この理不尽感」
仕方ないので、ハンナの頭を撫でてやると、ハンナはにへーっとご満悦。神殿勢はなんか良い物見たような表情してるけど、なんか僕は納得いかない。
撫でていると、ハンナが、んっ、と顎を上げた。どういう事?
「ここも」
言われるがまま、ハンナのあごの下を掻いてやる。ハンナは目を細め、にんまりする余り歯も見えた。仕舞いには、何故か右腕が上がっていく。さすがに脇の下はかけないよ、レディ......。
石舞台に皆寄っていくので、僕とハンナも付いていく。
周囲の草木が綺麗に刈られているのが分かる。青臭い草の匂い。細木の切り株はまだ樹液が出ていて、切られて時間が経っていないのが分かる。草も木も切り口が普通の鎌や鉈、斧のものではないと直ぐ分かる。
草刈りの術理具はほとんど音も立てず、淡々と草を刈っている。低木は周囲の枝から刈り、後始末をし易くして切り倒す。ある程度の太さなら斧を使うまでも無い。棒の先には円盤が付いていて回転する。円盤は回転数に伴った切断の場を作り出す。回転数は使い手が流し込むエーテルの量で変わる。材質は明るい色の木。ただの木にしか見えない術理具が草木をなぎ倒す様子に商隊の人達は目を見張っている。
術理具がユニット式で低価格だと知ったら驚くだろうな。
ある程度目安が付いたら草かきの術理具で掘り起こし、根を絶つ。整地用の術理具が無いので、今は放置。人力でやるにはちょっと大変なので。近いうちに作る積もり。
エーテルを使いすぎてバテてしまった人は、お茶を飲み休憩したら、瞑想する。
周囲に響くのは、草木が倒れる際の些細な音と、村人達の話し声くらいだ。
石舞台の周辺はすっかり切り開かれていた。
この辺の広場が今朝からの数時間で出来たと説明された商隊の人達は、ポカーンとしてた。この人数で人力なら数日かかるよね。
一応、アラン様達からは僕の術理具が今まで無かったものだと聞かされているけど、コウタロウさんの知識には、もっとすごい物も有るんだよね。僕はそれを真似しただけだし、四大術と闘気法の組み合わせについては、きっと誰かやってたと思ってる。
表沙汰になってないのは何か理由が有るんだろうけど。
村長さんと商隊の人達、そして神殿勢が村の中に向かう。ほんとなら荷下ろしを先にすべき所なんだけど、人足の人も代表の二人も魅入られたように動いていく。
途中、青髪の冒険者のお姉さんがこっちを見た。こちらの奥底までのぞき込むような強い圧力の視線。次の瞬間、髪をいじりながらにこりと微笑む。んー、どこかで……。
「あのお姉さん、知り合い?」
ハンナが聞くけど、知らない人だと思う、と答える。同時にロジャーさんが戻ってきた。
『離れて見る分には、人では無いだろう、としか分かりやせんでした。すんません』
『いや、大丈夫だよ。ありがとうロジャーさん。エルフ、精霊、ハイエルフ、とか?』
『はっきりとは。後で接触を図りやす。ご許可を』
『分かったよ。でも身の安全を最優先にね』
僕は探索術を使えない。特別な眼力も眼鏡も無い。ロジャーさんが分からないなら手は無いなー。
材木を建てただけの門から、一行が村に入る。代わり映えしない村の中を見て安心したような様子を見せる商隊の代表二人。
そこに村の井戸が見えた。水をくみ上げる線の細い女性。水の入った桶は相当に重いんだよね。でも女性は軽々と水をくみ上げて、自分の桶に水を移す。多分、20~30kgは入ると思う桶。女性はひょいと僕たちに挨拶すると、桶を抱え、恥ずかしそうに駆け足で去って行った。
「ね、シルビオ。この村こんな力持ちいた?」
「お嬢様、私が以前来た時には普通の村でしたが……」
ロージーさんは驚きっぱなしだ。先ほどまで渋い顔をしていたシルビオさんも、目を見開いている。良い感じだ。
「おや、シルビオさんじゃないかね。ロージーお嬢ちゃんも! 久しぶりだねぇ、長生きするもんだ」
声をかけて近づいてきたのは、小柄なお婆さん。ただし、その肩には穀物のたっぷり詰まった袋が載ってる。多分、お婆さん自身より大きいと思う。なかなかのインパクトだねー。それを見た二人は大慌て。
「お婆さん、こないだ来た時には腰を痛めて歩けなくなってたじゃないか、そんな重い物持って!」
「なんのこれしき、マリ様のお弟子さんが良いもの作ってくれたからね。腰も痛くないし、スキップだって出来るようになったんだ。めでたいことだよ」
お婆さんが袋を地面に置いて、体に付けてる物をロージーさんとシルビオさんに見せてくれた。体の要所要所に革と木で出来た輪がはまり、それを革紐が繋いでいる。
「ほれ、この倍力の術理具って奴でな。エーテルがあれば足腰を支えて、暮らしを助けてくれるって術理具さ。力も底上げしてくれる。まぁあたしも薬師の端くれだからね、多少の無理も利くってもんさ」
お婆さんは、腰を痛めて寝込む前はマリ様と一緒に村を支える薬師だったんだってさ。僕は名付けの儀より前のことは余り思い出せないのだけど、お婆さんが調合する様子をじっと見てたのは覚えている。
薬師はエーテルを使った錬金薬も使うから、当然エーテルの扱いにも慣れているよね。
「倍力の術理具……? 古代文明の秘宝の中に似た物があると聞いたことがあるけど。それを術理具で再現した、と言う話は王都でも聞いた事は……。でも確かに眼鏡はその術理具が最近作られた術理具だって言ってるし。どうなってるの……? 世に埋もれてた天才が突然世に出てきたの? ここに有るはずが無い品がここにある。まるでオーパーツのような……」
ロージーさんがちょっと呆然としている。横でベテランのシルビオさんが声をかけているけど、シルビオさんも村の意図を掴みかねているみたい。村長さんとマリ様をしきりに伺っている。
見ているとロージーさんはまだ10代半ば。術理具に興味津々で商人と言うよりは術者みたいだと思った。一方シルビオさんは40代。落ち着いた様子でロージーさんを諫め、こちらの意図を伺おうとしている。ただの自慢とは考えてないみたい。当たり前か。
その後、荷下ろしに商隊と村人の多くで取り掛かっていた。買い物をする人も居る。布地や塩、干物。コミエ村では手に入らないものばかり。こちらから提供出来るものは余り無いみたい。動物や魔物の皮、山菜、薬草。手元に残った穀物を差し出す人もいた。
実家の父が、少量のチーズを出したようだったけど、交渉は失敗だったみたい。売らずに戻ってた。声を荒げる様子に、周りの人はびっくりしてた。
その様子を見て、僕は商隊を離れ、人が見えなくなると泡倉に移った。ハンナが付いてきてくれた。ちょっと嬉しかった。撫でろって五月蠅かったけど。
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