008 人別帳

 雨が降っていた。

 家の中も雨に濡れた土と草の匂いがする。

 コミエ村は割と暖かい場所なのだとロジャーおじさんが言っていた。

 

 暖かく、雨が多い。

 6月に入ればしばらく雨が続く。

 その前触れのようにしとしとと雨が降っていた。


 両親と僕は、あれから一言も話していない。

 父は目も合わせないし、母はこちらを見て悲しそうな顔をするだけ。

 僕も何と言って良いか分からない。

 上手くやっていたつもりだった。

 お利口さんにしていれば大丈夫だと思ってた。


 昼食の場は、真夜中のように静かだった。

 ブラス兄は、場の雰囲気に耐えられず僕に事情を聞こうとするけど、僕から言えるはずが無い。

 雨が降っていれば外に逃げることもできない。ブラス兄も引きつった顔をしていた。

 沈黙が窓を閉めた暗い家の中を支配する。

 母が食器を片付けようと立ち上がったとき、父が沈黙を破った。


「おい、イネス。神殿に行くぞ。準備しろ」

「え? 神殿?」

「二度言わせるな。ブラスも、……サウルもだ」


 滅多に使わない革マントを両親が被り、僕とブラス兄は防水された厚めの布を被る。

 雨なので誰も外に出ていない。

 僕たちが神殿に向かうのを、不思議そうに家の中から見る人も居た。

 ぬかるんだ地面を避けながら、神殿に着くと、見張りの方と父が話をした。

 すぐに通されて、両親と僕たち兄弟は別の部屋に別れた。


「……どうなってんだよ。サウル、何かわかんない? お前最近頭良いし」


 ブラス兄は日頃のふてぶてしさも無く、不安そうだ。僕だって不安だ。おまけにブラス兄も僕の変化に気づいてた。

 ……上手くやってるつもりだったんだけどなぁ。


「おい、サウル起きろ」


 気がついたら寝ていたみたい。からこっち、眠くなることが増えているんだよね。

 昆虫の目でできた窓の向こうは雨が止んでいた。


「村長さんの家に行くんだとさ。ちょっとは俺らにも説明しろよな。まったく」


 ブラス兄は機嫌が悪そうだ。さっさと準備しなきゃ。


 神殿の隣が村長の家。隣と言っても、家は20m程離れて建っている。

 神殿ほどじゃないけど、割と大きな家。エミルは自分の部屋を持っているって言ってたっけ。家族皆で一緒に寝るうちとは大違い。

 神官様と戦士様を加えた6名で向かうと、村長のヘクターさんが出てきた。エミルの父親なんだから、うちの父と似たような年かと思ったら、三十代半ばだった。エミルと同じ黒髪に、整った顔立ち。だけど、その表情は怒ってるみたいだった。

 その矛先はうちの父。


「ドミンゴ! だから新しい野菜は止めとけって言ったろうが! もう少し蓄えを増やしてからにしろって!」


 いきなり怒鳴りつけられた。これで黙ってるような父じゃ無い。すぐ怒鳴り返すか、手を出すか、と思いきや。


「……すまんかった」

「お、おう。分かりゃ良いんだ、分かりゃ」


 村長さん、父の意外な反応にびっくり。僕もびっくりしたよ。でも良かった。いきなり乱闘が始まらなくて。

 そういえば、畑に一つ、休耕地でも無いのに何も育ってない畑があったっけ。あれが?

 とかなんとか思っていると、僕だけ客間に入れられて、みんなはどこかへ。

 ……これ、僕来なくて良かったんじゃ無い? 暇すぎる。部屋の中のものを一つ一つ確認して暇つぶし。

 家の作りはちょっと古い。だけど、ひょっとすると神殿より良い作りかも。窓も神殿より作りが良い気がするし。天井も高い。床板も綺麗に磨かれていて、僕の家とは大違い。椅子もしっかりできててグラグラしないし。

 10分ほどそうしてたけど、どうしようもないので、ロジャーおじさんに話しかけてみた。最近おじさんは僕が話しかけないと、話しかけてこないんだ。情操教育がどうのとか言ってた。


『ロジャーおじさん』


 最近は、心で思うだけと呼びかけが区別できるようになってきた。だからロジャーおじさんにダダ漏れになってないみたい。でもまぁ僕が見てる物聞いてる音なんかは共有しているみたいなので、暇じゃないそうだけど。


『へぃ。何か御用で?』

『ちょっとお話聞かせて』


 この辺の地形と、魔物の分布などを聞く。

 ロジャーおじさんは毎晩2時間ほど周囲を偵察している。どういう方法かは教えてくれないけど、道が無い所も見て来ている。

 この辺には動物は多いけど、魔物は少ないらしい。魔人と呼ばれるような強い個体はいないみたい。

 動物は魂倉を持ってない生き物。牛や兎なんかも動物。

 魔物は魂倉を持ってるけど、中にを貯めてしまってる生き物。魔素は昔襲来した「大魔」「幻魔」と呼ばれる存在が、そのと共にまき散らした

 今も魔素溜まりはぽこぽこ生まれる。魔素溜まりの魔素の影響を受けると魔物になる。影響を受けるのは生物もそうだけど、石ころだって影響受ける事があるのだそうだ。おまけに魔素溜まりからは、不思議な魔物が湧くこともある。

 それだけだと良いけど、魔素溜まりが力を貯めると、ダンジョンになったり魔界になったりするのだそうだ。


 ほんとは秘密基地を作る場所を知りたくて周辺のことを聞いたんだけど、ちょっと言い出せないな。


 などと思っていると、扉がいきなり開いてブラス兄が立っていた。そして僕の手を取って部屋から連れ出す。横顔を見ると、ブラス兄は硬い表情で泣きそうになってた。

 ちょっとした廊下の向こうにある応接間には、大人達が待ち受けていた。

 一番の末席に用意された椅子に僕が腰掛けると、村長さんが、硬い表情で口を開いた。


「残念ではあるが、ドミンゴの息子サウルは、人別帳から外れる事になった。今後は神殿預かりとなる」


 父、ドミンゴに視線を向けると下を向いて歯を食いしばってた。

 母は服の裾で目を覆ってた。泣いてるのだろう。

 人別帳と言えば、戸籍みたいなものだったかな? それを外れると言うことは捨て子ってこと?

 僕が黙ってるのを確認した村長さんが、言葉を続ける。


「コミエ村は、100名を超えた、まぁまぁ大きな開拓村だ。色々と運が良かったことも有るが、疫病も大きな飢饉も無くやってきた。ドミンゴの所にも色々有ったようだが、このままでは税が納められないというのであれば仕方が無い。だが、村で神殿預かりが出るのは随分久しぶりのことになる。残念だ」

「何か聞きたいことは有るかい?」


 神官様が僕に尋ねたので、思ったことを聞いてみる。


「僕の今後の扱いはどうなるのでしょう?」

「住まいは神殿だね。すぐに移ってもらうよ。後、身分については、ちょっと私に考えがある。それが落ち着くまでは小間使いかな。大丈夫、悪いようにはしないよ」


 神官様が簡単に答えると、僕にはもう聞くことが無い。村長さんにもう聞くことは無いかと聞かれたので、無いと答える。

 皆がなんか変な顔をしてるのが納得いかない。

 ちょっと間を置いて村長さんが手を叩いた。


「ではだいぶ時間が経ってしまった。皆も疲れただろう。これで解散にする。あ、ドミンゴは残れ。もう少し話しを聞きたい。今日は飲むぞ」


 と、村長が散会を伝えた。

 父はずっと下を見たままだった。

 母とブラス兄と僕で家に戻り、早速移動の準備。母は泣いてしまって駄目だったし、ブラス兄も心ここにあらず。仕方ないので一人でさっさと荷造りをする。

 とはいえ、五歳児には大した荷物なんて無い。数点の服、サンダル、食器、スプーンとナイフ。スプーンとナイフは名付けの儀で貰ったので、まだ新しい。それを僕用のシーツで包んで、端を結んで持ち手を作る。

 体が小さいから手も小さい。おまけにシーツは大きいし。誰も手伝ってくれないし。


 さて、ではお暇しようかなと荷物を両手に抱えると、ブラス兄が目の前に立った。


「おい、サウル。どこに行く気だ」

「ええと。お母さんと兄ちゃんにさようならを言ったら、神殿に行くよ? お父さんが居ないのが残念だけど、同じ村だし、また会うことも有るよね」

「何平気そうな顔してやがんだ!」


 理不尽に怒鳴られて頭を叩かれた。

 僕はカッと頭が熱くなって、荷物を投げ捨て、ブラス兄につかみかかった。


「だってしょうが無いじゃ無いか! 税を払えなかったら村から出て行くしか無い。そうなったらどうやって生きていくのさ! 頭のおかしい僕が出て行けば収まるならそれが一番じゃ無いか!」

「最初からそう言え!!」


 僕とブラス兄は取っ組み合いの喧嘩になった。いつも僕が一方的に叩かれるだけだったので初めての喧嘩かも。

 でも五歳と八歳では話にならない。あっという間に組み伏せられた。

 ブラス兄が僕を上から殴ろうとすると母が叫んだ。


「もう止めて! 兄弟の最期なんだから! もう止めて……」


 ブラス兄が拳を振り上げたまま泣いてた。気がついたら三人でワンワン泣いてた。

 でもなんだか、久しぶりにスッキリした気がした。

 しばらくして、ブラス兄が僕の上から降りると、涙と鼻水でぐずぐずの顔をした母が、皮の小袋を持ってきた。


「何かの時に役立てなさい」


 渡された皮の小袋を開けてみると、銅貨が3枚入っていた。家族4人で一食20Cだからおおよそ15食分だ。うちにとっては大金。


「母さん、これは?」

「いざって時のために、父さんにも内緒で貯めてたお金よ」

「でも……」

「いいから」


 結局受け取ったよ。これは断れない。そろそろ行くかと荷物をとると、ブラス兄がふくれっ面でやってきて、僕の肩に手を置いた。どうでもいいけど、ブラス兄、鼻水垂れてるよ。


「俺は何も上げられない。だから、何か有ったら俺を頼れ。兄としての命令だぞ」

「……分かったよ」


 いつもの腕組みポーズで威張ってたが、その顔じゃしまらないね。と僕が言うと、お前の顔も酷い。と言い返された。

 見かねた母が布を水で濡らして持ってきて、僕の顔をゴシゴシと拭いてくれる。


「じゃぁ……。そろそろ行くね」

「またな、サウル」

「サウル、良い子にしてるんですよ」


 二人の視線を振り払うように、僕は家を出た。

 丁度夜の鐘が鳴る頃で、空は綺麗な夕日。

 大きな荷物を持った僕は村の中を通る。村の人達が僕を見るけど、声をかけてこない。

 この村では皆知り合いだ。だから何となく皆何が起こったか分かってるんだろう。


 神殿に着くと、見張りの人が僕を迎えてくれた。まるでお客様を迎えるように敬礼してくれたんだ。


「ようこそサウル君。神殿と戦士団は君を歓迎する」


 そうして僕は、新しい生活を送ることになったんだ。

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