006 切り取られた空

 目を覚ますと部屋の中はほぼ真っ暗。二つある月の明かりも無くて、星明かりだけ。

 僕はちょっと不安になる。朝までどれくらいだろう? と寝床にくるまりながら独り言。


『日の出まで、後2時間くらいでさ、坊っちゃん』


 ロジャーおじさんの声にも慣れちゃったな。


『いつ戻ったの?』

『2時間ほど前ですかね。あんまり見所が無いんで、村の周りも見てきやした。平和そのものでさぁ』


 身を起こしてみる。名付けの儀の服のままの僕には、今の気温はちょっと寒い。温かい白湯が欲しい所。

 体を起こして、まわりを見ると、ゆうべ気づかなかった事も見えてきた。

 木造の壁はかんなで削られただけで磨かれてもいない。辛うじて家具にはニスが塗られているけど。それに、室内だというのにちょっと空気が動いてる。どこか隙間があるんだろうね。

 窓に嵌まっているは、微妙に歪んでいる。手延べの板ガラスとも質感が違う。もっと軽いなー。生物由来かも?


『へぃ。その窓の材料は、大きな芋虫の目玉でさ。大きく育つと、家より大きくなるらしいですぜ。それを術で柔らかくして、叩いて伸ばして窓に嵌めるそうで』

『うわ……、想像したら鳥肌立ったよ……。ええと、ちょっと僕の状態について聞きたいんだけど。鑑定機の内容、ロジャーおじさんは把握してるよね?』

『そりゃまあ、管理人の名を頂いてやすから』

『僕の前世が、鑑定機の内容に違和感あるみたいなんだ。諸元だと、数字の桁や成長限界という項目。技能だと、取得制限。必要なエネルギー量も違うんじゃ無いかって思ってる。その辺り、どうなの?』

『坊っちゃんの前世の頃とは大分違うとは聞いてやす。数年ごとに技能の数も変わっているとか。闘気法なんてのも、今の暦が始まってから生まれた物だそうですぜ。諸元や技能を上げるための必要エネルギーなんかも、地上と神界の関わりが変化する中で何度か手が入ってるそうで』


 しばらくロジャーおじさんと話し合った。について話していると、唐突に前世の知識が入り込んでくるのが面白い。面白いけど、なんか慣れない。

 ロジャーおじさんに頼むと、鑑定機で出る情報を目玉に出せると分かった。過去のデータの移り変わりも分かるそうで、かなり便利だと思う。肖像画は赤ん坊の頃から載っていた。しかし、この肖像、誰が撮ったんだろう。多分念写だと思うけど。

 必要なエネルギー量の表を見て将来の計画を立てようと思ったんだけど、どうすればいいのか全然分からない。まだで、何をしたいか決めるための情報がまるで足りない。

 それに、計算するにしたって、紙とペンが無いと大変すぎる。


『とりあえず、まだ体もできてないし、肉体戦闘系は後回しにして、術系統から攻めてみるよ。とはいっても、誰にどうやって教わるか、だけどね』

『ここの神官と奥方ではいかんので?』

『多分それしか無いと思うけど、うちの両親がどう思うかなぁ』

『いい顔しそうにないのは確かですな。特に親父殿は面倒そうでさぁね』

『うーん。まぁいいや。それより、鑑定結果に管理人二名ってあったけど、あれは?』

『あっしも顔を合わせた事が無いんですがね。恐らく泡倉に管理人がいるはずでさぁ』

『……あぁ。縦横高さ500kmだもんね。管理人くらい居た方が良いよね』


 後は、からなんか見る物全てがはっきり見えたり、見慣れた物が色あせて見えたりする事や、名付けの儀の前と後の意識の変わり方。ロジャーおじさんが数ヶ月前から目を覚ましていたけど、僕が目覚めてなかったから声をかける事が出来なかったこと。そして外に出ることもできなかったこと、などなど話してた。


 夜明けまで後一時間。午前四時頃。(時間はロジャーおじさんに聞くと正確な時間を教えて貰える事が分かった)うっすら外が白みはじめて、僕がそれを眺めて居ると、控えめに扉が叩かれた。

 寝床から返事をすると、扉が開いて。法衣を着た神官様が立っていた。


「起きてたようだね。では早速おつとめをしようか、サウル君。朝食を摂ったら泡倉の調査にしようと思う」


 神官様が僕の名前を初めて呼んでくれた。

 昨日まで見えなかった神官様の顔もはっきり認識できる。神官様は身長160cm位。体格は普通。綺麗な金髪で、短めの髪を整髪料でなで付けている。ひげは無い。優しげな顔をしているけど、目元は渋い雰囲気がある。五十代だけど全身引き締まっていて、無駄な肉はどこにも無い、という感じ。多分、モテる。

 神官様は別に背が低いわけじゃ無い。この辺りの人と比べると、高い方だと思う。父は多分150cm前後。身長180cmの戦士様が大きすぎるだけだ。ちなみに僕は100cm切っている。

 しかしまぁ。目覚める前の僕は、何を見ていたんだろう。あんなぼんやりした世界には戻りたくないな。


 神官様に生活区から本殿に連れて行ってもらう。薄明かりの中だけど、これで中の様子は大体分かった。生活区も本殿も木造だった。余り凝った作りではないみたい。基礎もあまり上等じゃ無いから、長くは持たないと思う。

 開拓村の神殿だものね。村が大きくなったら、建て替えるんだと思う。

 水くみや掃除はすでに終わってたので、僕はお祈りをするだけ。

 お祈りの文句なんて知らないので、神像の前にひざまずいて目をつぶっただけなんだけどね。お祈りしている間、ずっと視線を感じてむずむずしてた。どこからか分かる?


 神像。

 この辺りを管轄する地の女神様の像から視線をはっきり感じてた。

 神様に見てもらえるなんて光栄な筈なんだけど。すごく居心地悪かったな。


 朝食は、家で食べる物と比べると良いものだった。汁は具だくさんだし、肉も入ってた。家だとパンはたまのご馳走。家はかまどのお金が滞ってるから割り当てがこないんだってさ。牛が五頭も居るのになんでなんだろう。


 朝食を終え、片付けを手伝い。いよいよ泡倉の調査。本殿か、中庭でするのかなと思ったら、昨夜鑑定した書斎に移動した。人に見られるのを防ぐためだそうだ。

 泡倉は馬鹿げた大きさなので、どう調べて良いか分からない。とりあえず何があっても良いように、神官様も奥様も戦士様も冒険に向かう格好で、背嚢も背負っている。

 準備が整った神官様が僕に呼びかける。


「では、サウル君開けてみて。泡倉に開いて欲しいと願いながら、手を突き出すと開くはずだよ」

「は、はい」


『泡倉、開いて』


 念じながら、手を伸ばすと、手首から先が不意に消えた! びっくりして手を引くと、そこに何か白いぼやっとしたものが浮かんでた。大きさは直径30cm程。

 しばらく神官様達は、色々話してた。大きいとか、入り口がはっきりしている、とか。僕は初めて見るので、じっくり観察。でも全然わからない。何か懐かしい感じがするけど。

 それから、色々確認した。大きさを変えること、出したり消したりすること。物を突っ込んでも大丈夫か、などなど。

 結局入り口は、本殿の大きな扉くらい広げる事が出来たんだけど、どこまで広がるか沸かないので、一回止める事になった。そのうち再調査すると思う。んで、物を突っ込んでも問題なかった。

 30分以上調査が続いて、僕はすっかり面倒になってきて。


 扉ほどに広げた入り口に飛び込んだ。


 明るい。

 息もできる。

 外は七時前。中も同じような明るさだ。

 森林の香りがする。腐葉土の匂い。

 ざっと見渡す。

 ここは広場だ。直径100mほどの円形で、土が硬く踏みしめられている。周りには背の高いがっしりした大木がうっそうと茂っていて、遠くは見えない。

 あ、後ろの方に、高い塀に囲まれた大きな館があった。村の神殿が幾つか入りそう。僕の背だと塀と館のてっぺんしか見えないな。

 なんとなく危険はない気がする。

 よし! 館の探索でもして見よう! 管理人がいるかも知れないし。


「こらっ!!」


 唐突に頭にガツンと衝撃がしてびっくりした。

 あ、戦士様だ。後を追ってきたんだ? ひょっとして、入り口って開きっぱなしなんだ?

 だんだん痛くなってきた! すんごく痛い!


「中の様子も分からないのに、何を考えてる!」

「だって、僕の泡倉だし! 安全に決まってる! うー、痛い」

「まったく……。呼吸も問題ないからいいが。しかし、泡倉の中に森とはな。昔話にも聞いたことが無い。このマルコ、生きているうちにこんな面妖な経験ができるとは、思いもせんかった」


 戦士様が、手に持っていたロープを引っ張ると、それを辿るように神官様と奥様もやってきた。


「二人とも生きてるようで何より」


 神官様がとぼけた顔でやってきた。奥様もおっかなびっくり入ってくる。


『坊っちゃん。残念なお知らせでさ』

『なんだい?』

『泡倉の管理人が、坊っちゃん以外の人間にはしばらく顔を見せたくないと』

『んーー、事情があるのかな?』

『そのようで。それと併せて、館には立ち入りできないそうで』

『仕方ないね』


 その後僕を放っておいたまま、神官様達は調査を開始した。

 土も木も、凄くエーテルが濃いのだそうだ。

 エーテルは、様々な生き物が利用するエネルギーの元。人間はそれを魂倉に貯めて生体エーテルとして用いている。エーテルの使い方を変えることで、四大術、神術、精霊術、闘気法の元となる、のだそうだ。僕はまだ使えないから感覚が分からないけど。それに、エーテルの濃い場に居る事で、体の弱い人間が復調することも多いんだそうだ。

 なんか聞いた話ばかりだなぁ。


 どんな生き物が居るのか、生態調査をするべきだ! って神官様がだだをこねてた。神官様は、初めての事例なんだから是非調べるべきだと強調したけど、戦士様も奥様も絶対反対で、結局また今度、となったみたい。


 僕は暇だったので、ぼーっと空を見ていた。

 調査の役には立たないし、泡倉の管理人と会えないし、館にも入れないんだから。

 この空はなのかな、とか考えながら、ぼーっとしてみた。

 空は何故か普通に青かった。

 どんな仕組みか分からないけど、雲も流れてる。

 小鳥が鳴く声が聞こえる。

 広場から見える空は、広場の形に合わせて丸く切り取られている。

 切り取られた空の外にも空がある。

 500km四方の空。四角い空が。

 空の外、泡倉の外には何があるんだろう。


 結構長く調査してたと思う。

 僕は凄く退屈して、地面に絵を描いて遊んでた。亀の上に世界が載っている図を描いたら奥様が爆笑していた。そんなに笑わなくても良いと思うんだけど。

 最期まで神官様は調査を続けるとだだをこねてたけど、奥様に怒られて諦めてた。やっと神殿に戻ったときには八時を過ぎてて、僕は父が怒らないか不安になってきた。

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