尽くすタイプ

まよりば

第1話

「ねえ、聞いてくださいよ」


 ここは火星の小さな居酒屋。五杯目の芋焼酎を片手に、飲みすぎて焦点の定っていない目をした男がくだを巻いている。


「僕ぁね、雨が降れば彼女を迎えに行き、テレビの配線が分からないと言われれば繋ぎ、大工仕事をしてくれと言われたら靴箱でも犬小屋でも作って、僕なりに尽くしてきたんですよ。それが……」


 そこまで言うと、男は声をつまらせる。中年のマスターは、カウンター越しにティッシュを差し出し、男は「ありがとう」と受け取った。

 そして、思い切り鼻をかむと、少し落ち着いたのか軽く微笑んで見せる。


「それがですね、彼女ときたら仕事もまともにしてないような男と駆け落ちですよ。仲人の取り消しを上司に頼んだ時の情けなさといったら……」


 男はもう一度微笑んで見せようとしたのだが、その試みは失敗に終わったようで、彼の双眸には、みるみるうちに涙がたまっていく。彼も冷静でいようとするのを諦めたのだろう、カウンターに突っ伏して大泣きを始めた。


「分かるわぁ」


 店内に男の鳴き声が反響する中、そう言ったのは、男の後ろのテーブルで一人飲んでいた若い女性だ。


「あたしも彼にいっぱい尽くしたの。同棲つっても家賃は全部あたし持ちで、欲しいものは全部買ってあげて、お小遣いまであげたのにさ。お前は一人で生きていけるだろって新しい女のところに行っちゃった」


 グスグスと鼻をすすりながら顔を上げた男は、充血した目で女に「そうなんですよね」と同意する。


「しかも聞いたところによると、彼女そのまま結婚して子供までいるんですって。もう、相手も仕事見つけて幸せらしいし」 

「あー、元カレもそのまま結婚してたわ……」


 そのまま二人はお互いに言葉をつづけることなく、暗い表情のままマスターにグラスのおかわりを告げる。



 からん、ころん。


 ドア上のベルが鳴る。どうやら新しい客らしい。


「マスター、いつもの」


 白髪の男が二人の間を縫うように歩いてきて、どっかりとカウンターに座った。アンドロイドだろうか、シミひとつない肌は滑らかすぎて不自然さを思わせる。


「どうしたの?この二人」


 男は陽気な調子でマスターに尋ねる。


「えーと、二人とも尽くしてた相手にフラれたらしくって」

「成る程ぉ」


アンドロイドの男はマスターからグラスを受け取ると、一気に飲み干してニッコリと笑った。そして、マスターは知ってるけど、と前置きをして話し始めた。


「俺さあ、今でこそこんな自由な感じで歩いてるけど、昔は研究所のAIだったの。研究者の指示に合うような資料探したり、計算したり、一日中そんなのばっかり」


 でさあ、と彼は続ける。


「病気を治せと言われたら、根管治療法を探したり、治療薬のための計算したり。自然を守りたいと言われれば、新燃料の開発手伝ったり、新しい浄化の方法を考えてみたり」 


 本当に色々したんだよ、と男は空いたグラスを掲げ、マスターにおかわりを注文した。


「でさあ、そうやって問題を一つ一つなくしていくだろ?するとどうなると思う?」


急に問いかけられ、涙目だった男はえーと、と考え込んだ。


「皆幸せになっていくんじゃないですか?」

「いーや、違うね」


 アンドロイドの男が答える。


「今度はもっともっと小さい問題や、深刻な問題をもってくるんだよ。遺伝病や戦争、貧困問題みたいな」


でも俺優秀だからさ、とアンドロイドは続ける。


「そのうち問題もなくなっちまうわけよ。んで、最後に来たのが移住問題ね。星ごとよろしくって」


ふふ、とアンドロイドの男は微笑う。


「星間移住とか、ほんと問題山積みっていうか、問題しかないわけ。でもね、人間の顔は問題があればあるほどイキイキしてくるように見えるの。あれ不気味だったわー」 


 アンドロイドの男はまだまだ喋る。


「人間ってさあ、仲間の死とか悲しいことも糧にして芸術に昇華しちゃったり、困難があればあるほど、どんどんスキルアップしていっちゃうでしょ?甘えさせてばっかりじゃダメで、ある程度ストレスが無いと生きていけないんじゃない?」


そこまで言うと、アンドロイドの男は肩をすくめた。


「仲間の死骸食ったり、窮状でIQ上げてみたり。人間があの茶色い虫嫌いなの、俺からしたら同族嫌悪に思えちゃうよね」


 何て虫だったっけ……と、男があの忌まわしい虫の名前を思い出すより先に、沈んでいた男女は勢いよく立ち上がるとマスターに勘定を告げて、カサコソと逃げるように店から出ていった。

 そんな二人を見送って、アンドロイドの男は、八つ当たりしちゃった、と頬杖をついた。


「ま、これだけやった俺も、後継機が出て捨てられたクチなんだけどね」

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尽くすタイプ まよりば @mayoliver

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