第2話 家への帰還

 タカトの家は東京都内だが、23区外にある。


 そして、当然ながらタカトはお金を持っていない。


 よって、家には徒歩で帰ることになる。


 体力強化魔法を自分にかければ、歩けない距離ではない。


 だが。

 ものすごく目立っている。


 ちなみに、幻影魔法は使えなかった。

 あの世界で発動できた魔法だが、地球では発動できない魔法というものも存在するらしい。

 シアルによると、もしかするとあの世界とは全く別の術式で発動できるかもしれない、とのことだが。


 横を通り過ぎた人が思わず二度見した。


『なんかみなさんタカト様の方向を向いてませんか?

 もしかして異世界から来たのがバレたのではないでしょうか?』


『確かに、結構たくさんの人が僕の方見てるね。

 だけど、異世界から来たってことはバレてないはずだよ。』


 アルテイシアルちゃん。

 だいたい、地球では異世界というものの存在が空想上のものだと思われているんだよ。


『それでは、タカト様が異世界から来たことが街行く人には気づかれていないのに、なぜこれほどにも多くの人がこちらを向いているのでしょうか?』


 うん。

 シアルにはこの世界、そして日本の常識を教えなければいけなさそうだな。


『いいか、シアル。

 金髪翠眼の人はこの日本ではほとんどいないんだ。

 それに、シアルの顔立ちはこの国の人種のものとかけ離れている。

 ヨーロッパって言うこの国からは遠い遠いところに多い顔立ちだ。

 それに、こんな服を着る人なんてそういない。

 この国では仮装にしか見られないだろう。』


『仮装・・・にしか思われないのですか。

 これはテンジェン会の正式な聖女服なのですがね。』


 シアルが少ししょんぼりとした声で言った。

 いや、しょうがないと思うよ。

 聖女服とかコスプレにしか思われないだろう。


 しょんぼりするのは筋違いだと思う。


 余談だが、テンジェン会とは28万年前にいたと言われる伝説の聖女、ムバイ・テンジェンの名前に因んで作られた国境なき人民救済協会だ。

 また、聖女協会とも言われる。

 そして、シアルはテンジェン会会長の姪である。


「やあやあお嬢ちゃん、ちょっと俺とお茶しない?」


 そんなことを考えてたら絡まれた。

 最初から絡まれるだろうと予想してたけどね。


『なんですか、この人は。

 タカト様に勝手に話しかけて・・・!』


 シアルが心の中で怒ってる。

 僕はその態度に苦笑する。


『シアル、これはこの日本国でよく起きる現象の一つなんだ。

 非リアと呼ばれる人種のうち青年ぐらいの男性でリア充にレベルアップしたい人達と、シアルみたいに可愛い女の子が近づきあった時におきる化学反応なんだよ。』


 それに『タカト様に勝手に話しかけて』とか言ってるけど、このチャラ男が声をかけてるのはシアルだと思うよ。


 もし、今の僕の外見がタカトのままだったら声をかけて来てないと思う。


『そんな、可愛いだなんて・・・。』


 あ、照れてる。


「あれ?

 日本語とかわからない系?」


 シアルと念話で会話してると、このチャラ男からは日本語が話せないのだと勘違いされてしまった。

 まあ、別にいいんだけどね。


 でも、早く諦めてくれ。

 こんな街中で魔法や剣を使うわけにはいけないし。


 正直、うざい。そう思った瞬間。


「ひっ!」


 と目の前のチャラ男が後ろにたじろいだ。


 その光景を周りの人が不思議そうに見ている。


 僕は数秒考え込み、気づいた。


 思わず殺気を出してしまっていたらしい。



 勇者として殺気を感じるのは日常茶飯事。

 特に魔王の殺気など平和ボケした日本人が受けたら失神するだろう。

 あるいはショック死するかもしれない。


 だが僕はその殺気に耐え、戦うことができるほどの精神耐性を持つ。


 そして、それほどの殺気に晒されている世界に何百日もいれば、勝手に殺気を放つことができるようになる。

 それも、無意識でチャラ男をこれほどに怯ませることができるほどに。



 それは置いといて。


『さっきよりも多くの視線が集まってませんか?』


 シアルの言うように、あの一事でさらに視線を集めてしまった。

 中には写真を撮るものまでいる。


 僕はそそくさとこの場を離れていった。


 世界を救う救世主になって異世界で名を馳せるのはいい。

 だが、晒し者は嫌だ。




 身体強化魔法をかけたおかげで、3時間ほどで家に着くことができた。


 途中で2桁はナンパされた。いや、100回ぐらいされたかもしれない。


『108回ですよ。』


 なんと、煩悩の数ですか。

 というかシアル、なんで数えてんねん。


 ともかく、108回も殺気を放つか精神魔法をかけるかしてナンパに対処しなければいけなく、実に面倒だった。


 中にはネイティブな英語で話しかけられたこともある。


 ちなみにタカトは英語をネイティブレベルで話せる。

 勇者スキルの中に【多言語理解】ってものがあってね。

 もともとは異世界で召喚されても普通に会話ができるようにするためのスキルだ。

 だが、このスキルのおかげで英語がネイティブレベルに読み書きできるようになった。

 多分、英語以外の外国語も同じだろう。

 勇者になったがための思わぬ恩恵だ。


 閑話休題。


 別にネイティブな英語でお断りしてもよかったんだが、面倒なので殺気を放ちながら素通りした。


 そして、今この目の前にあるものは、何年ぶりかに見た、一戸建てのタカトの家。

 大きくもなく小さくもない通りに面した、大きくもなく小さくもない家だ。

 幸い、引越しはしてなかったようだ。


 思わず、感動で泣きそうになった。

 なんか、僕が地球に帰ってきたのだという実感があった。

 地球に帰ってきたということはさっきからわかっていたのに。



 インターホンを押す。モニター付きだ。


 ほとんど変わらない家。

 感慨深いものがある。


『・・・どなたですか?』


 と返答が来た。


 ということで、ホッとする。


 家の中に誰もいなければここでずっと誰かが来るのを待つしかない。

 そうなると、誰かに通報されるかもしれない。

 そうなったら面倒だ。

 それはともかく。


 今、出たのは年の大きく離れたタカトの姉の夫の声だ。僕が異世界召喚された時は31歳だった。


「その声は東條和也さんですよね?

 ええと、ちょっと時間よろしいですか?」

『・・・誰ですか?』


 和也さんが怪訝そうに訊いた。

 当然だろう、相手は美少女とはいえコスプレをした変人、あるいはカルト宗教団体の関係者に思われかねない。


 しょうがない、思い出話しをしてやるか。

 それも、とびっきりの黒歴史を。


「2030年の6月23日、和也さんが成人した時のこと。

 和也さんはビールを大量に飲んで酔ってしまい自分の家とこの家を間違えて入ってしまい、そのままリビングのソファーで寝てしまった。

 その後、家の人である麗奈が帰って来た。

 幸いなことに、面倒見の良すぎる麗奈は警察に通報もせず、布団を和也さんにかけてあげたまま、和也さんが起きるまでそっとしておいた。

 そしてそれが和也さんの夫である麗奈との出会いです。」



 これは絶対に和也さんの黒歴史だ。


 こんなことが結婚につながる出会いだなんて、運命のかけらも感じない。


 僕の正体がタカトであると証明するにはうってつけだ。このことを知っているのは麗奈と崇人と和也しかいない。

 両親や真弓(タカトの妹)も知らないはずだ。



 ちなみに、当時2歳のタカトがなぜ知っているのか。

 その答えはなんとも笑える理由である。


 ある日、麗奈と和也さんがちょっとした夫婦喧嘩をした。

 その時、麗奈が最終手段として、僕にこの和也さんの黒歴史を教えたのだ。

 そして、この夫婦喧嘩は麗奈の勝ちとなり、それ以来和也さんは麗奈に楯突くことはほとんどなくなった。



 そして、和也さんはインターホンの先で驚きのあまり震えている・・・はず。


『・・・・・・・一体あなたは誰ですか?

 それと、誰から誰から聞いたのです?』


 数十秒ぐらい間を置いて、冷静な声で訊いた。


「その辺を詳しく知りたければ中に入れてください。

 してくれなければ、この黒歴史を流布させます。」


『はい!ちょっと待ってください!絶対他人に言わないでくださいね!』


 と和也さんは叫び、廊下を走って来た。


 現在は少女であるタカトの外見を見れば、それほど警戒心を抱かなかったのだろう。

 中に入れてくれた。


 ちゃんと靴は揃える。


『この人がタカト様の姉の夫ですか?』


 とシアルの声が聞こえて来る。

 タカトの家庭のことは歩いてる途中、だいたい説明した。


『そうだ。しかも、姉と和也さんとの間には僕と同じぐらいの歳の子供もいる。ちなみにおっちょこちょいだけどその点に目を瞑れば優秀なイケメンだよ。』


 僕はリビングに案内された。

 この家には客間がない。


「で、君は一体何者?」


 と座ったら単刀直入に訊かれた。


「それより、和也さんは私のことを誰だと思いますか?」


 一人称を私と言ったのは当たり前だがおかしく思われないためだ。

 こんな変なコスプレをしている上に一人称が僕だなんて確実におかしいだろう。


 そして、この質問に対する和也さんの反応は実に意外なものだった。


「ああ、そういうことだったのか。」


 と和也さんは納得した顔をして言った。


 刹那、『何が、“そういうことだったのか。”なの?』と訊く暇もなく、緊急事態が発生した。

 このリビングルームが結界で囲まれたのだ。


 なんだ?


 何が起こった?


 そして、和也さんを見た瞬間、驚愕した。


『魔王の剣・・・しかも、この魔力は魔王のものです!』


 シアルの言う通り、和也さんは魔王の魔力を身に纏い、右手には剣を持っていた。


 その光景を見た僕は即座に鑑定魔法をかけた。



 《東條和也(32)


 人間転生した元魔王


 詳細

 隠蔽魔法・看破無効によって鑑定不可。》


 僕は元魔王という一文を見た瞬間、無意識のうちに時空倉庫から神剣を取り出していた。


 こうして地球帰還後初の戦闘は始まった。

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