ジャパリばたけの大神さん

みうらゆう

第1話

 私が前の仕事をやめてここに棲み始めてから、もう数え切れないほどの夜と朝が過ぎた。今では、ジャパリパークのシンリンチホーとヘイゲンチホーとの境にある山の中腹で、日当たりのいい斜面に段々畑を作り野菜を育てている。

 ジャパリパークにはこのような野菜畑があちこちにあり、収穫した作物は工場へ送られフレンズの食べものへと加工される。加工前の野菜が苦手な私には自分で作った野菜の味がどれほどのものか分からないが、近所のジャパリとしょかんに棲むグルメのハカセ・アフリカオオコノハズクが頻繁に来ては育った野菜を盗んでいくので、味がまずいわけでもなさそうだ。

 今日も今日とて、ハカセがワシミミズクのジョシュを連れて畑の野菜を物色し始め、私はうなり声を上げて警告した。今回は珍しくジョシュが土産袋を差し出したので許してやった。

 私はニホンオオカミである。ハカセが住みかと畑を用意してくれたおかげでこんな退屈のない生活を送っている。


 土産袋を手に麓まで下りて帰宅すると、テーブルの上に今日の分のジャパリまんが置かれていた。留守中にボスが配達してくれたのだろう。

 我が家には、訳あってジャパリまんが2人分届けられる。これから半分持ってまた山へ向かう。

「やァ、待ちくたびれたよ。ハラペコだァ」

 山のヤシロへ行くと、白いキツネのフレンズが駆け寄ってきた。彼女はジャパリパークに点在するヤシロを行き来してオイナリネットワーク(詳細は知らないが)を担うオイナリサマだ。ジャパリパークきっての事情通である。

 ジャパリまんを渡すと、彼女はその場で食べ始めた。よほど飢えていたと見える。その気になれば私の畑に侵入して何か食べることもできたろうに、こうして私がジャパリまんを持って来るのを黙って待っていたところなどは、かのハカセやジョシュより行儀がよろしい。

 オイナリサマは本来、数日だけヤシロに泊まって他の土地へ移動するのだが、こやつは偶然出会った私の出自に興味を持ってもう半月も山に居座っている。毎日ジャパリとしょかんに通い、ハカセらから昔話を聞き出しているらしい。最近などは私の家に来たがり、一晩語り合いたいとまで抜かしている。冗談じゃない。


 ある日、ヤシロからオイナリサマの姿が消えた。次の土地へ出発したのか単に外出したのか分からなかったので畑に立ち寄り、ハカセとジョシュがまた野菜を掘っていたのを狩って最近オイナリサマと会わなかったか尋問した。

 ハカセの話では、前日、私がかつて棲んでいた場所を教えたという。オイナリサマのことだ、喜び勇んでそこを見に行ったに違いない。しかしあそこは大きなセルリアンの巣が近くにある。

 オイナリサマを心配するわけではないが、その場所へと向かった。そういえば最後にあそこを訪れたのは、私がセルリアンハンターとして仲間らと行動を共にし始めた頃か。オイナリサマを探すのにセルリアンの縄張りに入るため、ハンターだった当時使っていた弓矢を探し出して携行した。

 ハカセがハクブツカンと呼ぶ、大きな箱へと辿り着いた。「巡回展」「幻のニホンオオカミ」「きちょうなはくせいがジャパリパークにやってくる!」と、どんなフレンズにもない複雑な模様が付いている。以前、一緒に来たハカセはこれを眺めて何やら意味ありげな表情をして頷いていたが、私には意地悪して何も教えてくれなかった。「セルリアンと戦うのはもうやめた方がいいのです」とだけは言っていたか。とは言われても、私としては、フレンズ化した後の一番古い記憶がここの風景だという以外の思い入れはない。

 この大箱はもう一つの大箱と中で繋がっており、そちらがカイチョーの巣だ。何人ものフレンズが掠われ、食われてしまったとの噂がシンリンチホーで流れている。


「おや、こんなところで何を?」

 オイナリサマはハクブツカンであっさり見つかった。けろっとした表情をしていて、他人に心配をかけたとは露ほどにも考えていないかのようだ。しかも、ジャパリまんを持ってきましたかもうお腹が空いちゃって、などとすっとぼけたことを言うものだから、念のため懐に入れておいたジャパリまんを半分食わせて黙らせた。

 そのとき頭上から甲高い鳴き声が聞こえ、黒く大きな影が空を素早く通り過ぎた。カイチョーだ。我々が見つかったわけではないようなので慌てて動くよりも草木に身を潜めていた方が安全だが、上を見ていたオイナリサマが「フレンズが摑まれていた」と言いだした。オイナリサマは目が良いので見間違いではなかろう。

「助けましょう」

「無謀だ。武器になるようなものは、私の弓矢しかない。これでは‥‥」

「倒さなくていいんです。フレンズを落とすよう仕向けられれば」

 私たちはしばらく言い合いになったが、結局は、ここで見かけてしまった以上は見殺しにすると夢見が悪いというオイナリサマの訴えで私が折れた。


 必要最小限の打合せをしたあと、箱の天井を突き破って伸びた木を私は登り始めた。屋根の辺りまで上り「▼▼山の大怪鳥伝説展」と模様の入った板をも足場に利用しながら木のてっぺんまで到達する。

 私は一声吠えて、周りを飛んでいるはずのカイチョーを呼び戻そうとした。来い来い、おまえの好物のフレンズがここにもいるぞ。

 弓を構え、矢をつがえる。ところが思いがけずカイチョーは森の中から、目の前でゆっくりと飛び立った。しまった、もう巣に戻っていたのか。脚を見れば、もうフレンズを放した後だ。これでは、オイナリサマは巣に潜入しなければ先のフレンズを助けられまい。

 飛び立った直後なのでスピードに乗れずフラフラとカイチョーが飛んでくる。巣に帰さないためにどう時間稼ぎをするか‥‥素早く矢を放つと、矢筒の中からまた新しい矢を取り出す。カイチョーがこちらを掠めて通り過ぎるときには、木を滑り降りて身を潜める。

 矢を放っては身を潜め、また放っては潜む。手持ちの矢が無くなるまで何とか繰り返して、半分ほどはカイチョーに命中させられた。しかしオイナリサマは無事だろうか。最後はカイチョーが巣のあたりに戻っていったため不安が一瞬よぎったが、私は木から降りてハクブツカンを出た。


 オイナリサマが駆け寄ってきた。彼女のすばしっこさは伊達ではなかったようだ。カイチョーの巣からフレンズを抱きかかえてきたのだ。

「これ何のフレンズでしょ?」

「今まで見たことのない形のけものだな‥‥」

 フレンズにはたいてい頭の上に「けもの耳」「羽根」「フード」のいずれかが付いてるものなのだが、青と緑の中間のような色のふさふさした毛が頭を覆っているだけで、そのうちのどれも持たない。よく見ると尻尾もない。

 フレンズを抱えたオイナリサマは、またジャパリパークに謎が生まれたと目を輝かせて喜んでいる。こちらとしては、さっきのカイチョーがそいつをいつ奪い返しに来るか気が気ではない。

 この見慣れぬフレンズは呼吸が荒くなっていた。怪我をしているのかも知れない。ハカセに何のフレンズか見てもらうより前に、治療をしてやらねば。

「へへ‥‥これで念願の大神さんの家に行けます」

 オイナリサマは緊張感のない声で言った。まったく、こやつは‥‥。

「私はニホンオオカミだ。勝手に別の名前で呼ぶんじゃない」

「チェッ、大神さんはカタブツだなァ」

 厄介ごとはいつも外からやってくる。彼女のおかげで退屈しない。現に山を下りて私の家に着くまで、そう長くはかからなかった。


(了)

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