シスター不憫キャラ天才外科医

七八一億

第1話

 ここは神殿。丘陵の上に座し、天にまします神を仰ぐ聖なる祈りの家。

 だが時折、祈りを目的としない人間が訪れる。

 いや、運び込まれてくる。

 

 バンと勢い良く入口の扉が開く音がして、私は慌てて部屋を駆け出していった。

「急患! 急患です!」

 そう叫ぶ村の若い男の持つ担架に乗せられていたのは、顔を真っ白にして苦しみに顔を歪める中年の女性だった。麓の村から助けを求めてやってきたのだ。

「ああ、シスター様! お慈悲を!」

 私を見て、若者は言った。

「こちらへ」

 私は担架を担ぐ二人の若者を、神殿の一室へと案内する。

 そこには一人の若いシスターが控えていた。シスター・エーリカ。秀才にして天才と名高いシスターである。

「お任せなさい、子羊よ」

 彼女は寝台に移された中年女性の額に手を当てて、神への祈りを唱え始める。

「主よ、我らが絶対の主人よ、最も尊き奇跡の力をもって、哀れな子羊に救いの手を差し伸べたまえ」

 シスター・エーリカの右手に緑の光が灯り、中年女性の顔に深く刻まれていた苦悶の表情が、少しずつ和らいでいく。

 何分か経ち、彼女は大きく息をついた。光がゆっくりと消えていく。

「もう大丈夫でしょう。動けるかしら」

 患者は目を開け、気だるそうながらも、自ら寝台から立ち上がってみせた。顔色はすっかり良くなっていた。

「すごい、さっきまで身体が重かったのが嘘のようですよ……ありがとうございます」

「神に仕える者の義務を果たしたまでです」

 シスター・エーリカは、にこりと微笑んだ。

「さあ、お行きなさい。貴方にもまた、この世に生きる命としての義務が、自分の仕事があるはずです」

 そう言うと、ちらりと私に目配せする。私は部屋の扉を開けた。

「ありがとうございました、シスター様」

 二人の若者と、中年女性が、口々に礼を言った。

「神の愛が貴方にあらんことを」

 シスター・エーリカは答える。中年女性は、村の若者の肩を借りながら、神殿を後にした。

————そう。この神殿は祈りの家にして、病める者や傷ついた者に癒しを与える場でもある。この神殿に住まうシスターは、傷ついた者を癒す白魔術の使い手なのだ。

 たった一人、私を除いて。

「まだいたの? シスター・カトレア。早く仕事に戻りなさい、木偶の坊」

 シスター・エーリカに言われるがまま、私は俯きながら個室へと戻っていく。

 木偶の坊。不具者。役立たず。無能。恥晒し。それが私の評価だった。

 私には白魔術が使えない。出来るのは見習いシスターの仕事だけ。掃除に洗濯、料理に裁縫。そういう雑用だ。

 私より後に神職に就いた子が、私より先に雑用係を卒業するのを、何度も見てきた。ここに置いてもらっているのは、神父様のご厚意に過ぎない。私はシスターとして望まれる活躍を何一つ出来ていない。

 コツ、コツと、下を向いたまま廊下を歩いていく。私に注意を払う者は誰もいない。

 この世に生きる命としての義務。私にそれが、果たせているのだろうか。私の仕事は誰でも出来る事ばかり。奴隷でも買ってくれば、私の存在価値は完全になくなってしまう。

 いてもいなくても、同じようなもの。それが私だ。

 それでいいわけはない。でも、私はもう二十歳だ。これから白魔術に目覚めるなんて可能性はゼロに等しい。希望はない。

 自室に戻ってきた。寝返りも打てないほど小さな寝台がひとつに、作業机がひとつ。殺風景で窮屈な部屋を、たった一本の蝋燭が薄暗く照らしている。

 机の前に座り、布の小袋をひとつ拾い上げ、針を通す。これは儀式で燃やされる護符の一種で、シスターが祈りを込めながら刺繍をし、神木の欠片を入れて口を閉じることで完成する。

 卓上には未完成の護符が山のように積まれていた。他のシスターの分まで、私に押し付けられていた。

「普段役立たずなんですもの。このぐらいは働いて頂戴」

 仕事を押し付けられた時にシスター・エーリカが言った言葉だ。

 悔しかった。惨めだった。それでも、何も言い返せなかった。

 ちくちくと同じ模様を何度も刻み込んだ。神様の紋章を、何度も何度も。

「神様、何故私に魔術の才能を与えてくださらなかったの……?」

 恨み言のように呟くああ、信じるべき神に私はなんてことを。恥ずべき行為だ。

 それでも、呪わずにはいられない。己の無才と今までの人生を。私は神殿付属の孤児院で育ち、シスターになるべく必死に研鑽を積んだ。なのにその努力は、神の気まぐれ一つで無に帰してしまった。

「…………」

 手が止まっていた。私は再び、神の紋章を布に刻んでいく。

 祈りを込めて。

 

 儀式の日。神殿の中庭で、轟々と大きな火が焚かれている。神殿を背に、神父様が火に向かっている。シスター達は、火を囲むように円を描いて並んでいる。神父様の祝詞に合わせて、私の縫い上げた護符を、シスター達が一枚一枚火の中へと投じていく。

 私はそこに参加することを許されず、見習いシスター達と一緒に、輪の外で儀式の進むさまを見つめていた。

 ふと、後ろの方で何か揉めているような声が聞こえた。その声は少しずつこちらに近づいてくる。

「怪我人が大勢いるんだ! 今すぐ助けがいるんだ! 頼むよ!」

 しわがれた男性の声だった。

「しかし、今は神事の最中で……」

 門番役の見習いシスターが答える。

 その問答を聞いて、神父様が祝詞を止めた。

「事情をお伺いしましょう。神は寛大にして慈悲深い存在です。救える命を、祈りの言葉で見殺しにすることなどあってはなりません」

 神事は中断された。

 男に事情を聞くと、こういうことらしい。この近辺を通過しようとしたキャラバンが、魔獣に襲われたらしい。護衛の戦士の奮戦でなんとか撃退に成功したが、彼らは例外なく負傷し、差し当たり最寄りの集落である麓の村に運ばれたという。

「……という訳なのです。出血の酷い者も多く、このままでは……一刻も早く、どうか、戦友たちの治療を、お願いします」

 男は頭を下げた。腰に下げた剣がかちゃりの鳴った。この男も護衛の一人のようだ。よく見れば、全身細かい傷だらけである。下げた頭の白髪混じりの頭が哀愁を誘う。

「わかりました。では、まず貴方の傷を」

 神父様はそう言って一人のシスターに目配せする。シスター・エーリカだ。

 彼女は、男の心臓あたりに手を当てた。

「主よ、我らが絶対の主人よ、最も尊き奇跡の力をもって……」

 祈りの言葉の途中で、突然、パチリ、と火花が散る。

「キャッ!」

 シスター・エーリカは思わず手を離した。神父様が神妙な面持ちで言う。

「貴方……異教徒ですね」

「……はい」

 男は決まりが悪そうに言った。

「貴方の戦友達も、みなそうなのですか」

 神父様が問う。

「はい。ですが、命あっての物種です。あなた方の宗教に改宗しても構わないと思っています」

 神父様は、それを聞いて、尚更苦々しく顔を歪めた。

「駄目なのですよ。本当に、申し訳ないのですが、こればかりはどうしようもありません。洗礼の儀式は、満月の夜、魔力満ちたる時にしか行えないのです」

「そんな……」

 男は膝から崩れ落ちる。神父様はそれを、バツの悪そうな顔で見ていた。

 シスター・エーリカが言う。

「残念ながら、我々が貴方がたに出来ることはありません。大主教の命により、異教徒に奉仕することは禁じられていますので」

 冷たく言い放たれたその言葉で、男は完全に希望を失った。俯いたまま立ち上がり、神殿を出ていった。

 開きっぱなしの扉から、夕日が差し込んでくる。逆光で真っ暗になった男の遣る瀬無さそうな背中が、少しずつ小さくなり、そして見えなくなった。

 その様子は、まるで私のようで、見ていられなかった。誰からも手を差し伸べられず、ただ絶望の中に放り込まれ、破滅を待つだけの日々を送る、私のようで————

「神父様」

 気付けば、口が動いていた。

「どうしました、シスター・カトレア」

「私は、彼とその仲間が苦しむのを、放っておけません」

 それを聞いて、シスター・エーリカが私を睨みつけた。

「待ちなさい。貴方、自分の言葉の意味が分かっているの? 言ったでしょう。異教徒に奉仕することは禁じられているのよ」

「分かっています、シスター・エーリカ。私は神の名を穢すつもりは微塵もありませんし、大主教の命に背くこともありません」

 私は神の紋章が刻まれたシスター帽をひっ掴んだ。

「私は今から————」

 そして、それを思い切り、轟々と燃える焚き火の中へと叩き込んだ。

 愕然とするシスター達に、私は言い放つ。

「————彼らと同じ、異教徒です」

 元より、ここに居たって何の役にも立てっこない。ならば、そんな立場はかなぐり捨ててしまったっていい。

「神父様は仰いました。救える命を、祈りの言葉で見殺しにすることなどあってはならない、と。今この場でそれが出来るのは、私だけです」

「あ、貴方に何が出来るというの!?」

 シスター・エーリカが食ってかかる。

「分かりません。それでも、きっと何かは出来ます。何もしないよりはずっといい」

 私は神父様の目を見た。神父様は、嬉しそうな顔をしていた。

「お行き、シスター・カトレア。いや、カトレア。貴方の義務を為すのです」

「はい、神父様」

 私は駆け出した。

 

 麓の村の、とある廃屋。

 隙間風の吹き込むその部屋は地獄と化していた。

 むせ返るような血の匂い。溢れかえる程のうめき声。傷だらけの男達が、ほとんど積み重なるようにして、その廃屋の床を埋め尽くしていた。

 開けた戸の中へ、私は叫ぶ。

「まだ動ける方はいますか。神殿より貴方がたの助けになろうと参りました。カトレアです。誰か、まだ動ける方は」

「おお、神様……シスター・カトレア、貴方に感謝を……」

 そう答えながら部屋から這い出して来たのは、先ほど教会に来た壮年の男だった。

「シスター・カトレア。みな、出血が酷いのです。いくら布で縛り上げても、傷口が開いてしまって……」

「見せて下さい」

 私は膝をついて寝そべる患者の側に屈み込んだ。床についていた血がシスター服に染み込んでいく。

 患者の腕から包帯を取ってみると、巨大な爪で切り裂かれたような、酷い切り傷が何箇所もあり、そこから血が溢れていた。

「酷い……」

 見渡してみると、みな似たような状態だった。

 ただ、

「誰も、腕や脚を持っていかれた者は居ないのですね。なら、傷口さえ塞がれば、血さえ止まれば、当座は凌げるはず……」

「ですがシスター・カトレア……我々にはその、治癒の魔術が……」

「分かって居ます。何か他に、方法を考えないと……」

 立ち上がった拍子に、ポトリと床に何かが落ちた。それは昨日までずっと酷使していた、裁縫道具だった。

「…………」

 そう、私はつい先日まで、ずっと護符を縫っていた。布に刺繍をし、神木の欠片をそれで包み、口を閉じて……

「…………いけるかも」

「シスター・カトレア?」

「縫います。皆さんの傷口を、針と糸で縫い付けます」

「な、なんと……しかしシスター・カトレア。そんなことをして、大丈夫なのですか」

「分かりません。ですが、今ここで血を失って死ぬより、遥かにマシでしょう。やりますよ。貴方も手伝って下さい」

「は、はい!」

「一番傷の深い者は誰ですか」

「……最前列で盾役をしていたナックという男です」

「よろしい。ではナックさんの傷から縫い止めます」

「はっ、シスター・カトレア」

 男に案内されて、ナックの下へ。

 確かに、彼の傷は深かった。もう少し深ければ、骨が見えそうなぐらいだ。出血もひどく、このままでは数分で命を落としかねない。

「……いきますよ。腕を持ち上げていて下さい」

「はい、シスター・カトレア」

 小袋の中から針山を取り出して、裁縫針を一本抜く。太めの糸を通し、そして、傷口の横に、突き刺した。

「うっ……」

 ナックさんが呻く。弱った身体、痛む腕を、更に痛めつけているようで、罪悪感があった。

 それでも、必要なことだ。何もしないより、きっとずっと良い。

「少しの我慢です。きっと良くなりますから」

 皮膚の中へと、針を潜らせてゆく。

「どうするのが良いだろう……かがり縫いかな」

 布の端を縫って止める時のやり方。護符の口を閉じる時と同じだ。断裂した皮膚と皮膚をぐっと近づけて、両端に針を通してぐるぐると糸を巻くようにし、止める。

 ぐっと、針を押し込み、そして止めた。

「……駄目だ」

 布と違い、向こう側にあるのは肉だ。この真っ直ぐな針では、もし皮膚を貫通した先で、肉に潜り込んでしまうと上手く取り出せない。

 傷口の浅い箇所なら兎も角、深い場所を裁縫針で縫うのは、かなり難しいだろう。

 一旦針を抜き、傍の男に話しかける。

「すみません。この針を曲げることは出来ませんか? こう、ぐっと」

 指をくっと曲げ、イメージする形を伝える。

「えっ……それってつまり、釣り針みたいな形に、という事でしょうか」

「釣り針……!」

 確かに釣り針であれば、形は申し分ない。それに、糸だって通せる。

「今すぐ釣り針を調達出来ませんか?」

「きっとキャラバンの荷物にありますよ。道すがら食料を調達しますからね」

 男は立ち上がった。

「お願いします。ありったけ持ってきて下さい。糸もです」

「わかりました、シスター・カトレア」


 男はすぐに戻ってきた。一生分はあろうかという釣り針に、山ほどある上等なテグスを持って。

「すごい、浅い傷が全部塞がってる……」

「いいから早く針と糸を。一刻を争います」

 唖然とする男を急かし、私は釣り針とテグスを受け取って患者ナックへと再び向き合った。

 男が外している間に、概ね皮膚の「重さ」は理解した。釣り針という慣れない道具でも、かける力を間違えたりはしないだろう。

 テグスを通し、大きく開いた裂傷を縫合していく。釣り針には返しが付いているため、誤って手前に引っ張ったりすると肉の中に引っかかり、裂傷を更に広げてしまう。ミスは出来ない。

 慎重に、しかしできるだけ迅速に、そして後で解けないように丁寧かつ頑丈に、縫い目を作っていく。

「なんて手際……き、奇跡だ……」

「奇跡などではありません。人の技です」

 今までずっと護符を縫い続けてきた。毎年のようにだ。私の手には、針と糸を通す技術が、嫌という程蓄積されているのだ。だから今、こういう事が出来ている。

 そう。私は奇跡になど頼らない。神の加護など知ったことか。神が才覚を与えなかったから何なのだ。私は私にできることを探す。それを為す。無才でも木偶の坊でも誰でもできる泥臭いやり方で、人を救ってみせる————

「————縫合終了。次に傷の重い者を教えなさい」

 そうして、私は一晩かけて、23名の護衛全員の傷を、残らず縫合し尽くした。


「もう貴方は信徒では無いはずよ、カトレア。今更何の用?」

 丘陵の神殿で私を出迎えたのは、子供の面影がすっかり消え、眩しいくらいの美女になったシスター・エーリカだった。

 ああ、あれから十年も経った。少女も美女になって然るべきか。

「風の噂で、神父様が倒れたとお聞きしたもので」

 やや逡巡した後、シスター・エーリカはこの礼拝堂から去ろうとする。そして廊下に続く扉に手をかけ、振り向かずに立ち止まった。

「神父様は自室にいらっしゃいます」

 シスター・エーリカは扉の向こうに去った。私はその背中と鉢合わせないよう少し間を置いて、同じ扉をくぐり、神父様の自室へと向かった。

 そこに居たのは、皺だらけの弱々しい老人となった神父様だった。しかし顔にたたえる穏やかな微笑みだけは、昔のままだった。

「神父様。ご無礼を承知でお見舞いに参りました。カトレアです」

「おお、カトレア……そこにお座りなさい。貴方の話は、是非聞きたいと思っていたのです」

 私は神父様が寝台の中から指差した質素な木の椅子に腰かけた。

「カトレア。あの後……つまり、あの護衛の方々は、どうなったのです」

「結論から言いましょう。全員は、助かりませんでした」

 あまりに傷が酷かった者や、元々体力の少ない人たちは、あの後すぐ、力尽きてしまった。元気な人も、傷口が膿んで来てしまい、そのまま熱を出して倒れ、息を引き取った。

「全員は。つまり、何人かは……」

「ええ、6人、助かりました」

 あの一番酷い怪我をしていたナックさんまでもが、なんと一命をとりとめたのだ。彼の死はほぼ不可避だった。勿論、私が何もしなければ、だ。

「そうですか、それは何よりです……為すべきことを為しましたね、カトレア」

「はい」

 私は、意味のあることをしたと胸を張って言える。神殿の者達に救えなかった命を、救ったのだ。

 あの時の方法は乱暴で、洗練されていなくて、まだまだ向上の余地があったけれど。

「カトレア。今、貴方は、どのような暮らしをしているのですか」

「医術を学んでおります」

「……医術、ですか」

「ええ、魔術に頼らず、人を死から救う術です」

 ありとあらゆる知恵を尽くし、鍛えに鍛えた技術を活かし、奇跡に頼らず、死の淵から人を叩き戻す。

「その術を、生涯高め続け、そして他の人に広めていく。それが私の今の暮らしです」

「……そうしたら私達は廃業かもしれないですねえ」

 冗談めかして神父様は言った。

「ええ、期待していて下さい。この世の神殿は、すべて真の意味で祈りの家になります」

 私も、ニコリと笑いながら言った。

「それは、素晴らしい……」

 神父様はそう言うと、ゆっくりと目を閉じた。

「カトレア、そろそろお行き。貴方の力が必要な者が、きっと貴方を待っています」

「はい、神父様。それでは失礼します。ご健勝で」

 ゆっくりと立ち上がり、部屋の扉に手をかける。

「貴方は耐え続けました。だからこそ神は……いえ、貴方は、貴方自身の力で、未来を作り出すことが出来た。どうか、私たち神職の者が取り零した方々を、救って差し上げて下さい」

 背中に受けた激励に強く頷きながら、私は部屋を後にした。

「ドクター・カトレア」

 神父様の部屋を出てすぐ横に、シスター・エーリカが立っていた。

「はい」

「貴方の名声はこの神殿まで届いています。世界各地で、私たちには想像も出来ないぐらいの人を救ってきたと。だから貴方に謝罪します。貴方に向けた全ての悪意を、罪と認めます。あの時は、貴方に何が出来るの、なんて言って、本当にごめんなさい」

 それは心の底からの謝罪だった。なら死ねと私が命じれば、シスター・エーリカはきっと首を吊るだろう。

「全てを許します、シスター・エーリカ。貴方や他のシスターに仕事を押し付けられていなければ、今の私はありませんから。いや、その、皮肉ではなく」

 私の医師としての始点は、確実に日々の雑務にある。護符を縫い続けるのが嫌で神殿を飛び出していれば、私は医師になどなれなかっただろう。

「シスター・エーリカ。人生何が役に立つか分かったものではありません。貴方が私を蔑ろにしたのは事実で、それを苦痛に思っていたのもまた事実です。ですが、今の私は、それを力に変える事が出来たのです。だから許します」

 私には、好機が訪れた。そして、私はそれに手を伸ばした。それだけのことで、私の世界は一変した。不思議なものだ。これもまた奇跡だと言うのなら、昔唾を吐いた神様を、少しは見直してやってもいいと思う。

「私は行きます。世界には、まだまだ医師を必要とする患者が山ほどいますから」

 シスター・エーリカは、結局私に何も言わず、ただ私を見送った。

 私は奇跡になど頼らない。生まれ持った才能などない。でも、私は私にできることを探す。それを為す。無才でも木偶の坊でも誰でもできる泥臭いやり方で、人を救ってみせる———

 

(完)

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