生きている炎

彩宮菜夏

第1話 オブラの話

 村には昔から、生きている炎が棲んでいる。


 いつの頃からかは誰も知らない。一番年寄りの婆さまが私より小さかったときには、すでに炎たちが村を自在に駆け巡っていたそうだ。


「昔は炎と遊んでやるのは、子どもらの仕事だった」

 糸繰り車を回しながら、婆さまは前にそんな話をしていた。


 今となっては、大人も子どもも思い出したときにしか、炎の相手をしてやらない。遊んでくれる人がいない間、炎は勝手にあちこちを走り回って跳ね、ときおり樹木や草花に焦げ跡を作っている。村に悪さはしないけれど、たまに悪餓鬼が小便を掛けようなどとしようものなら、たちまち飛びかかって火傷やけどを負わせる。村には、それがきっかけで顔に焼け焦げを持つおじさんが何人もいて、酒の席で自慢の種になっている。


 私はオブラ。この間十四になったところで、近々嫁に行かないといけない。村の西の隅のちっぽけな家に、母さんと婆さまと三人で暮らしている。


「オブラ。今日も炎は元気かね」

 すっかり眼もえて椅子に座ったままになった婆さまは、昼頃になると思い出して毎日そう言う。私は頷く。

「今日も元気だよ」

「今日は何匹いるね」

「六匹ぐらいだね」

「そうかい。なら今日の夕暮れ時には、雨が降り出すだろうね」

 婆さまはめしいたまなこで私を見据え、けたけたと笑った。


 こういうとき、本当に夕方になると大雨が降るのだ。婆さまには炎の様子を聴くだけで外で何が起きるか分かるらしい。どうやっているのかは何度訊いても分からなかった。いつか私にも、分かる日が来るのだろうか。


「オブラ! イリイロのところへお使いに行ってちょうだい」

 母さんが台所から言った。

「嫁入り後のあんたの仕事を聞いてくるんだよ。向こうの親父さんがおみやげをくれるはずだから、大切にもらっておいで。それと、イリイロといい加減仲良くしなさい。もうじき夫になる人だろ。いつまで文句垂れりゃ気が済むんだい」


 家の奥から出てくるなり私にそう怒鳴った母さんは、ふん、と鼻を鳴らすと、すぐにまた戻っていった。私は口を曲げ、窓から外を見る。軒先ではこの間生まれたばかりの仔犬が、一番小さな炎とじゃれあって遊んでいた。


 私はイリイロのことが、吐き気がするほど嫌いだ。

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