第8話捨て子とスライムと女神様

 その日。アニスは、村の男たちと狩りをしていた。約、三週間前に子供が生まれ、その生活費を稼ぐため、あと単純に頑張って元気な赤ん坊を産んでくれた嫁さんに美味しい物を食べて貰おうと、自分達の住む森から原を挟んで反対側にある森まで狩りをしに行っていた。


 もともとは、冒険者をしていたので、狩りは上手く、昔を思い出して、獲物を追っているうちについつい遠くまで行ってしまい。日は傾き始めていた。


――これは、サラに怒られるな……。


 と、考えて、そろそろ、雪原が見えてくるか、と言う処まで差し掛かった時、先頭を行っていた男が声をあげた。


「赤ん坊がいるぞ!!」


 そんなバカなと思い声をあげた男の元に行くと雪の上に木でつくられた籠の中に入った赤ん坊がいた。男の子は白い上等な毛布にくるまれており、寒さのためか、顔色が悪く弱りきっていた。一瞬死んでいるのか?と、思った男たちだったが、胸の部分が上下しているのが見え、辛うじて生きているのがわかった。


――なぜ、こんなところに赤ん坊が?


 男たちは居るはずのない存在に戸惑いを感じていたが、アニスは今まで感じたことのない怒りを感じていた。


 つい先日父親になったばかりだが、自分の子供と同じくらいの赤ん坊が、この寒いなか雪原に捨てられている。そのことに酷く怒りを感じるとともに、悲しくなった。赤ん坊の親が何を考えて捨てたのかは、わからないが、赤ん坊を自分の子供と一緒に育てようと決め、赤ん坊の籠に近づこうとした。


 ――突如、籠の影が大きくなり、そこから、黒い触手が現れた。アニスたちは、自分たちの武器に手を掛け、何が出てきても対処出来るように、動き出す。狩に出掛けると、たまに大きな魔物が現れる時がある。連携を組んで魔物を討伐、撃退してきた。息のあった動きで持ち場に着き、突然現れた魔物に対処する。


――気づかなかった……!


 相手の強さは未知数、少なくとも気配を消してずっとそこにいた。男たちの警戒が上がる。


 触手が引っ込み、そこから、ゆっくりと本体が這い出てきた。そして、現れた正体は――――小さなスライムだった。


 だか、油断するものはいない。スライムにしてはおかしな所が多すぎる。スライムの体が突然、うごめき出した。そして、体が大きくなり、形を変えていく。男たちはその異常な光景を黙って見ているしかできなかった。そして――


「ド、ドラゴンだ!?」


 スライムはドラゴンに姿をかえた。ドラゴンの口からは蒸気のような息のが上がり、紅い雷を身に纏っていた。そのドラゴンはまるで赤ん坊を守るように立ちはだかっている。


 アニスはそのことに気づいた。そして、納得した。彼は赤ん坊が魔物がいる雪原で無事だったのが不思議だった。だか、目の前のドラゴンが原因なら、ドラゴンが魔物から守っていたのなら、魔物に襲われずに済んだ理由がわかった気がした。なぜ、ドラゴンが守っているのかはわからないが……。


「……おい、アニス、どうする?」


 仲間の一人が聞いてくるが、アニスはゆっくりとドラゴンに近づく、


「おい!?危ないぞ!!」

「バカ!!なにやってる!?死にたいのか!?」


 そう仲間たちが止めてくるが、


「大丈夫だ。見ていてくれ」


 そう言い、仲間の制止を無視してドラゴンに近づく。目と鼻の距離になった。ここで彼は確信する。このドラゴンは理性が有る、と物語に登場するようなドラゴンのように。


「グルルー」


 ドラゴンが低くうなる。ドラゴンは黒い鱗に覆われているが、所々溶けているし、不自然な揺らめきがある。恐らく、初めのスライムが本来の姿なのだろう。だが、その威圧は並の魔物ではない。


「な、なあ、お前がその子を守っていたのか?」

「……」


 男たちは固唾を飲んで見守る。何かあったら、直ぐにアニスを連れて逃げれるように……。


 スライムは何も答えないが真っ直ぐに、彼を見据えていた。


「ここは寒い。こうしている間にも、その子は弱っていく」


 スライムは、赤ん坊を振り返り、顔を舐める。たしかに、体はもう冷たくなっていた。魔力枯渇も合わさり危ない状態だ。


「俺には、その子と同じぐらいの娘がいる。だから、その子を放っておけないんだ。それに、この場を乗り切れたとして、お前にその子を人らしく育てられるのか?」


 たしかに、スライムにはこの場を乗り切る手段はいくつかある。だが、スライムは生まれたばかりだった。言われて初めて、自分の主が危ない状態だと気がついた。主の命令を忠実に守ることしか考えていなかった。それに、人の生活というものを知らない。主も人と育った方がいいだろう、とスライムはかんがえていた。


「俺はその子を、我が子のように育てると約束する。お前も……スライムの姿なら、一緒でいい」


 アニスがそう言うと、スライムは元の姿に戻り、赤ん坊の影に入っていく。アニスはそれを確認すると、


「ジェニス!!急いで帰るぞ!!」

「ああ、わかった。けどよ、その子もスライムもサラを説得するのは大変だな」


 ジェフは赤ん坊を自分のコートの中に入れ、暖めようとしているアニスに向かってそう言った。アニスはその場を想像して、赤ん坊は兎に角、スライムは難しいと思い、弱々しく、


「……赤ん坊は同じぐらいだから。一人も二人も変わらない……だろう?スライムは……、あれだ」

「どれだ?」


 ジェフが嫌味な笑みを浮かべる。アニスは殴り飛ばしたくなったが、


「……理性もあるし、話しも通じるみたいだし、……お前よりは賢いから大丈夫だろう」


 なんとか耐えた。なんだかんだ言っても、家事をしてくれるのはサラだ。彼女の負担が増えるだろう。そう思うと忍びない。


 だが、命がかかっている。なんとか説得して、スライムを家で飼えないかきこう。そう、ジェフの文句を聞き流しながら決意した。


◆◇◆◇◆


「なあ、アニス?結局このスライムは何だったんだ?」


 歩きながら、ジェフが聞いてくる。速足なので少し息が切れているが。


「わからない。だか、害はなさそうだ。この子の親が捨てる時に守るように命じたんじゃないか?」

「こんな強い従魔を?あれは多分変異種だろ?それも、Aランク、下手をすればSランクに届きかねない物をか?あれが襲ってきたら、俺たちは全滅してたぞ。そんな物を捨て子に渡すか?」

「わからない」


 魔物を従わせて従魔にする者もいる。だが、強い魔物や理性のある魔物ほど、従わせるのが難しい。


 強力な魔物を、それも変異種を捨てる赤ん坊にあげるかと言われれば、首をひねらざるを得ない。


 スライムの変異種は多いが、あれほどの威圧を放ち、魔法まで操るスライムなど聞いたことがない。それに――


――フロリアル教の女神の紋章……。


 赤ん坊を包んでいる毛布には、この世界の教会の主神の紋章が刻印されていた。アニスには、この刻印といい、スライムといい、この赤ん坊には何かあると考えた。


 だが、早く家に帰り、この子を暖めるのが先だと、アニスたちは足を早めた。

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