第2話プロローグ2

クレアシオンは逡巡し――


「……わかった、やろう」

「いいんですか!?」


 アリアはあまりにも厳しい条件のため、断られてもおかしくない、と思っていたため驚きの声をあげるが、 


「行くな‼行かないでくれ」


 イザベラが行くな、と言う。その顔には悲痛が浮かんでいた。


「イザベラ、大丈夫だ、アリアが俺を無闇に特攻させるはずがないだろ?」

「しかし……クレアが壊れてしまうのではないか?もうあんな思いはいやだぞ。クレアが一番辛いときにそばにることもできず、壊れていく姿を、ただ見ていることしかできないのは……」

 

 イザベラはもう泣きそうになりながらも、クレアシオンをどうにか留めようとする。

 

 自分が殺されたあと、クレアシオンが運命を怨み、神を怨み、己の無力さを怨み、ただ、貪欲に力を欲し、心が壊れていく様子をイザベラとアリアは指をくわえて見ていることしかできなかった。


 神界の神々も創造神さえも、邪神と悪神の妨害のせいで、干渉することが出来なかったのだ。


 あまりにも似ている。あの時と状況が似すぎていた。あの悪夢の様な出来事が脳裏に蘇る。


「でもな、邪神たちが力を蓄えてしまったら、神界に攻めてくるだろ?」

「それなら、こちらも力を蓄え、ここで迎え撃ったら良いだろ!!」


 どうしても行くなと言うイザベラに対してクレアシオンは首を横にふる。

 

「それじゃ間に合わない。アリアもそれは思い付いただろうけど、それじゃあ最後に残った女神は助からない」


 そこで言葉を切り、クレアシオンはアリアに微笑みかけた。少しでも不安を取り除けるようにと、


「多分、その女神はアリアにとって大切な人なんだろう。今にも大切な人が死にかけているから、そんなに必死なんだろ?」


 そうクレアシオンに聞かれアリアは目に涙をうかべた。


 それは、自分の姉のようであり、親友がたすかるという希望か、自分の望みのために、騙すような事をしてしまったことへの罪悪感か、自分の想い人が自分のことをそこまで理解し、それでもなお、力になると言ってくれたこと故か、


 アリアの心の中では表現し難い感情が渦を巻いていた。


「クレア、ありが…とう……」


もう、泣きすぎて何を言っているか解らない。ずっと不安――断られるかもしれない――親友がこの瞬間にも殺されるかもしれない――たが、彼にこんな事を頼んで良いのか解らない――もう、彼が、クレアが苦しむ様子を見たくない――親友を失いたくない――クレアがもう二度と戻って来ないかもしれない――が頭の中を支配している中、クレアシオンの笑顔で、優しい声色で救われるような気がして、押し留めていた感情が溢れだしてしまったのだ。

 

 イザベラは事情は理解出来ても、感情では行って欲しくないという想いだけはどうにも出来なかった。


 しかし、彼女はアリアとは親友と言っても過言ではない。アリアのクレアシオンへの想いも知っている。二人でクレアシオンが壊れていく姿を見ていることしか出来なかった悔しさも悲しみも乗り越えてきた。アリアがどんな思いで彼を送り出すのか、全ては解らずとも、泣きじゃくるアリアの姿から想像は出来る。


 イザベラにはもう、クレアシオンが無事に帰ってくる事を信じることしかもう出来なかった。


 自分には力になるどころか、足手纏いにしかならないと理解しているから――

 

クレアシオンは優しく二人が落ち着くまで抱き締めていた―― 


◆◇◆◇◆


「――で、死んで転生ってだけじゃないんだろ?」


 アリアが話せるようになってからどうするのかを聞いた。


「はい。このままでは世界はすぐに終わってしまいます。なので、クレアが成長するまでの時間を稼ぐために結界を張らなくてはいけません。その結界をクレアのレベル、スキル、肉体で作ります。結界を張ることによって邪神たちを隔離し、障壁を弱めることによって、神界からの干渉もある程度出来るようになります。力の強い邪神達は出て来れないので時間は稼げるはずです」


 全て有効活用、まるでアンコウのように扱われるクレアシオンの身体。

 

 身ぐるみ剥ぐどころか、レベル、スキル、肉体を置いていけという盗賊も真っ青な追い剥ぎにクレアシオンもイザベラも顔をひきつらせていたが、クレアシオンは聞き捨てならない事を聞いた。

 

「――なあ、アリア、レベルや肉体はともかく、スキルは困るだろ?特にユニークスキルは……」


 死ぬのだからレベルや肉体がなくなるのは仕方がないが、しかし、神殺しには特殊なスキルや武器が必要だった。ユニークスキルが無くなると言うことは、神殺しが出来なくなるということだ。「すわっ、まさか、私の身体が目当てだったのね!?」と、クレアシオンがふざけたことを考えていると、


「ああ、ユニークスキルは魂に直接結びついているので、なくなるのはスキルとエクストラスキルだけです。それに、クレアはスキルレベルに関係なく鍛えていたので、スキルが無くなっても技術があるから、スキルを習得し直すのも早いでしょう」


 と、いうことだ。これで心配ごとが一つ無くなった。


 結界張るだけ張って何もできなかったら、笑えない。


 クレアシオンが一番心配していたことが無くなって、安心していると、


「それと、クレアにはその世界の勇者を鍛えて欲しいのです」

「へぇー、神殺しの魔王に勇者を鍛えろと……」


 魔王が勇者を鍛えると聞き、つい笑ってしまう。


「クレアの場合は、邪神や悪神を殺しまくっていたのと偶然が重なって付いてしまった称号ですから、それに、神殺しじゃなくて邪神殺しの魔王ですよ」

「それで、その勇者っていうのは?」

 

 鍛えるのはいいが、どこにいてどんなやつか解らなくては話しにならない。


「勇者の一人はクレアの近くに生まれるそうです。後の3人はクレアが目立った活躍をすれば、向こうから接触してくるはずです」


  一人の勇者とは確実に出会えるが、後の三人とは出会えるかも解らないということだ。それを聞いたクレアシオンは何を思ったか、おもむろに立ち上がり、右手を天井に突きだすと、地面に深紅の魔法陣が浮かび上がり紅い雷が迸る。魔法陣の紅い光がクレアシオンを包み込んだ。


 余りの眩しさにアリアとイザベラは目を背ける。光が収まり二人が文句を言おうとクレアシオンを見るとそこには――


 漆黒のコート――真紅の刺繍がしてあり、コートの黒地と合わさり、その刺繍は暗雲を駆ける雷光の様である――に身を包み、その背中には二メートルほどの抜き身の大剣――《神器》ヴェーグ――を背負っている。その大きな剣身の鈍い銀の輝きは、漆黒のコートによく映え、夜空に輝く月の様だ。


 突然のクレアシオンの奇行に呆然としていると。


「つまり、邪神や各国の王を差し置いて、その世界を我が手中に納めれば良いんだな!!」


 フハハハハハッ、と絵に描いた魔王のような事を言い出すクレアシオン。頭には大きな角が生え、黒かった髪は白く染まり、金色だった目は血のように赤く猛禽類のように鋭く光っている。お尻からは愉しそうにゆらゆらと槍のような尻尾が揺れていた。


 しかし、脚が生まれたての小鹿の様に成っているのはご愛嬌。正座をさせられてからずっとそのままだったから……。話しが長く、脚を崩そうとするたび、イザベラの視線が怖かったのだ。


 最近、正座を我慢できる時間がだんだん増えてますよ。……あは、アハハハ……。はぁ……。   クレアシオン談。


「やめろバカ者!!確かに目立つし、勇者も向かってくると思うが、絶対に敵対してるからなそれ!?」

「やめてください。クレアなら本当に出来てしまうかもしれません。それに、クレアがそんな事を言うと彼らが嬉々として参加してしまいます!」


 先程までの暗い雰囲気は無くなり、二人は必死に止めている。必死に止めている二人を見てクレアシオンは自然に笑みが溢れた。そんなクレアシオンの様子を見て二人はクレアシオンの意図が解ったのか恥ずかしそうに少し目をそむける。


 ――ああ、一番恐いはずなのに私達を不安にさせないように振る舞おうとする。そこが堪らなく愛しい。だからこそ、あなたが壊れてしまわないか心配になってしまう。

 

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