メキドの神殿

 メキドの神殿はこの国で最も大きい。

 貧しい人達を救済するための施設や世界中の文書を集めたのではないかと思うほどの大きな書院。そういった実益を伴う施設の為、訪れる人は多い。

「これからどうするの?」

「ここには大きな書院がある。妖精の事を調べてみよう。俺達は妖精の事を何も知らない」

 書院はいくつかの部屋に分かれている。

 フォックス達が向かったのは魔法書や童話等を集めた人の多い部屋ではなく、歴史書や伝承等を集めた部屋だ。

 案の定、人は奥に一人いただけだ。だがその人物にフォックスは緊張する。

 華奢な体つき、細面の割には大きな切れ長の目、蜘蛛の糸を束ねたような髪とその中から伸びた細長い耳。男の妖精だ。

 身を硬くするフォックスをホーリーが小突く。

 そうだ。自分達が目論みを知っている事を妖精達は知らない。

 ここで警戒心を露にしては返って危険だ、と何事もないように部屋へ入る。

 妖精は会釈してきたので二人も返す。来訪者ではなく、ここに勤めている妖精だろう。

 病弱なほどに細い、妖精の中でも華奢と言えるだろう。薄地の服に、甲虫を象ったような大きな首飾りが不釣合いだ。

「何か、お探しですか?」

「いや、自分で探すよ」

 妖精の横を通り過ぎ、本棚の前に立つ。壁一面に並べられた本。元々読書に無縁のフォックスは見ているだけでその重圧に押し潰されるような気がした。

「こんな若い人が、ここに来るなんて珍しいですね」

 上からの声に驚いて見上げる。移動式の梯子の付いた高椅子に男が座り本を開いている。こんな若い人が、と言いつつこの男も若い。十代だろう。白髪なので一瞬妖精かと身構えたがよく見ると耳は人間の物だ。

 人が多くなったので邪魔しないように気を使ったのか妖精の男が言う。

「では、私はこれで。何かありましたらインフォメーションカウンターへ」

「受付所ね」

 窓の外から髭面の男が口を挟む。

「受付所へお越しください」

 と言って妖精は退室する。部屋にはフォックス達と白髪の少年が残された。

「すみません。この本を降ろすのを手伝ってもらえませんか」

「え? ああ」

 と上から本を受け取る。勤め人がいただろうに、という表情を読み取ったのか、

「いやあ、あの人じゃ受け取れないと思って」

 と苦笑いした。

 確かにそうか、とずっしりと重い本を机の上に置く。

 フォックス達も本を出して開く。調べるのは妖精族の歴史だ。妖精は人間と比べると数が少なく、人と共存している者もほとんどいない。

 見かける事は珍しくもないが、妖精の生活や性質について詳しい人間などいるのかどうか。

 妖精の長は? 集落があるのか? どういう所に居を構え、どういう生活をしているのか? そもそも祖先はいるのか? など、知りたい事は山ほどあった。

 だが本での調べ物など慣れていないのですぐに疲れが出る。ここは魔法を学んできたホーリーに任せよう。と少し本から目を離す。

 正面にいる白髪の少年は重い本を熱心に調べている。フォックスには何が書いてあるのかも分からない。

「なんだい? それは。絵なのか? 文字なのか?」

「ああ。私は術師なんですよ。先日、師匠が亡くなられましてね。まだ修行の途中だったんですけど。呪法は伝える者が少ないので、これからは自分で精進しなくてはなりません」

「なんか分からないけど大変そうだな」

「あなた達は、妖精に興味があるのですか?」

「ん? ああ、まあな。妖精に対抗する方法とか……いてて」

 ホーリーが横からつねる。

「お腹がすきましたね。手伝ってくれたお礼に御馳走しましょうか」

「ホント? それは助かる」

 荒野の街からここまで来るのに金目の物は全て売り払い。一文無しだったのだ。

 また後で戻って来るから、と本はそのままに退室する。


 誰も居なくなったはずの書院の壁際の空気が歪むと、人の形をしたものが姿を現わす。

 束ねた栗色の髪に大きな目、細長い耳を持った女性は鞘もなく腰に下げただけの剣を確認する。

 一瞬刀身がないのかと思うようなその剣の刃はクリスタル製だ。

 手にとって透明度を確認するようにかざした先に髭面の顔が見え、見苦しいものを見たように顔をしかめる。


「この後、最初の戦闘か」

「そうですね。この時はまだ計画がばれたという確信はないので、様子見で姿を隠して襲ってきます。それに術師が巻き込まれて、済し崩しに同行するようになります」

「ちゃんとリハーサルで使った設定を活かしてるな」

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