敵が現れた

 駅前のファミレスに須藤少年は、初対面の女の子と対面に座っていた。女の子の隣には少年の姉、綾乃が不機嫌そうに頬杖をついて窓の外を見ている。

 女の子は谷本亜理紗と紹介され、少年も名乗った。それから十五分くらいこの沈黙が続いている。

「あ、あの。……ご趣味は?」

「お見合いかよ」

 綾乃が吐き捨てるように言う。

 昨晩、仕事で女の子との対話を書かなければならないからと、「取材って事で誰か紹介してくれ」と不本意ながら姉である綾乃に土下座をして頼んだのだ。

 亜理紗は見た感じ大人しそうで、人の頼みを断れないタイプに見えた。だからここにいるのだろうと予想できる。

 綾乃とて自分の親しい友人にこの弟を見せるのは流石に抵抗があったために、この亜理紗を連れてきた。適当な所で帰っていいからと亜理紗を残して帰ろうとした所、袖を掴んで拒否されたのだ。

 確かに亜理紗を一人残して帰って週明けの学園生活に支障が出るのもまずい、と仕方なく同席している。

 亜理紗はおじさんから見れば「かわいい子」に分類されるのだろうが、まだ若くテレビでアイドルを日常的に見ていて、内面など総合的に人を判断できない少年にはお世辞にもかわいいとは言い難い。

 あわよくば、これをきっかけに女の子と親密になれるのではないか、という淡い期待を抱いていた少年はどうしたらいいのか分からなくなって固まっていた。



 そうだ。これはゲームだと思え。僕は今、ゲームをプレイしているんだ。


 ファミレスに行くと……、亜理紗が現れた。

 亜理紗はこちらの様子を窺っている。


 いや、それじゃRPGだ。

 アドベンチャーゲームでは選択肢が出てそれを選ぶんだ。前作のシナリオに書いてあった。

 ここで選択肢が出るとするなら……、


『いいお天気ですね』

『明日は晴れますかね?』

『雨はお嫌いですか?』


 いや、どれもあまり話が進みそうにない。また綾乃に突っ込まれるだけだ。

 こんな事ならもっとよく見ておくんだった。

 落ち付け落ち付け。ここは冷静に。


『姉とはどういう関係なんですか? 先輩、後輩とか?』

『いきなり迷惑だったですよね。こんな所に連れて来られて』

『普段休みって、何をされてるんですか?』


 沈黙の間に、何とかこれだけ捻り出した。この目の前の敵に通用するだろうか。


「姉とはどういう関係なんですか? 先輩、後輩とか?」

 ん? と綾乃の眉が動き、

「……そうよ。この子は後輩。同じ料理サークルのね」

 と亜理紗の代わりに答える。

 一つ目の攻撃は予め召喚してあった防御魔法で防がれた。


「いきなり迷惑だったですよね。こんな所に連れて来られて」

 続けて二発目を放つ。


「……そうよね。折角休みに出て来たのに。こんなつまんないんじゃ」

 また防がれた。攻撃を横から弾き返して本体を守るゴーレムのようだ。


「普段休みって、何をされてるんですか?」

「…………」

 これには綾乃も亜理紗の答えを待つしかない。


「…………」


「…………」


「料理……してるんじゃない? よく週明けに話してるし」

 ダメか! かなりのダメージを与えたと思うが、すんでの所で弾かれた。

 まずはこの鉄壁の防御を誇るゴーレムから倒さなければいけないようだ。

 しかしゴーレムを攻撃する事は出来ない。それはゲームのルールだから変えられない。効果範囲から逃れるんだ。


「このまま二人でどこかへ行きませんか」

「何言ってんの、あんた」


「わあっ、しまった!! そのまま言っちゃった! いや、違う! 今のは、選択肢! 一つ目の選択肢候補!」

「何言ってんの、あんた」


 アイスコーヒーを一気に飲む。

 咳き込みながら体勢を立て直す。まだゲームオーバーにはなっていない。かなりのダメージを受けてしまったが……。


 やはりまずは綾乃から排除するべきか?

 いや、ここで綾乃に対して話を振っては綾乃とのやりとりだけで終わりになる。少年にもそのくらいの予測はついた。これはデートではない。あくまで仕事のための取材なのだ。何か成果を持って帰らなくては。

 そうだ、ここは逆に綾乃を利用するんだ。


「姉ちゃん……、綾乃は学校ではどんな感じ? やっぱり性格キツイ?」

「なんで私の話するのよ」

「いやぁ、家にいる姉ちゃんしか知らないからさぁ」

「……」

 むむ? 無言である事は同じだが、少し反応があったような気がするぞ。


「彼氏は? 聞いた事ないけどいるの?」

「あ、あ、あ、あんたねぇ」


「なんだよ。僕は亜理紗さんと話してるんだよ」

「私の話をすんなってのよ」


「しょうがないだろ? 共通の話題は姉ちゃんだけなんだから。それにこれはデートじゃないぜ。取材なんだから、話が出来なきゃ意味ないだろ」

 むうと膨れっ面をしながらも引っ込む。


「ね。いっつもこんな感じ?」

 返答はないものの、ちらちらと綾乃を見ているところから本人の前では言いにくいのだろう。

「はい、しゅーりょー! インタビューはここまででーす」

 綾乃がアイドルを守るマネージャーのように割って入る。

「当人が困るような質問はご遠慮くださーい」

「困ってるのは姉ちゃんだろ」

「彼女も困ってるのでダメでーす。これ以上は事務所を通してくださーい」

 どこの事務所だよ。それに亜理紗が言い渋っているのは綾乃がいるからじゃないか、と不満顔でささやかな抵抗を試みるも、綾乃はさっさと亜理紗を攫うようにファミレスを出て行った。

 一人ポツンと残された少年は、伝票を見て勘定が自分持ちである事に気がつく。

 ため息をついて亜理紗の反応を思い起こす。

 もじもじしたように綾乃をチラ見するも少年の方はほとんど見なかった。

 本当は自分に気があるも、恥ずかしくて直視できなかったんだろう。

 話もしてみたかったが、綾乃がいたために気を使って話せなかったんだ……と妄想を膨らませてみるも、

「ないない」

 と頭を振って伝票を手に取る。

 やっぱり、女の子が何を考えているのかなんて分からない。

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