騒々
友達と電話する。それが最近のストレス発散でもあった。
単身田舎から都会に夢を追いかけ出て来たはいいけど、生活に追われる日々が続くだけで夢どころではない現実。イラつく職場の上司、終わらない給料に見合わない仕事、寝るためだけの部屋、ままならない生活。果てがない。友達と遊びに出ることも、趣味に浪費する時間もなく、同じ毎日の繰り返し。夢を抱いていたあの頃、何でもできると思っていた。なのに今では何をやりたいのかもわからない。
そんな私のストレス発散は月数回の学生の頃からの付き合いである早紀とのなんてことない電話。
口をつく他愛もない話や仕事の愚痴。学生の頃とは変わってしまったお互いの価値観。早紀はもう定職も恋人もいて落ち着いていて、私はまだ定職に就かなくてバイトバイトの毎日の中ただあの頃抱いていた「夢」に縋りついているだけ。それでも、早紀と話すことであの頃に戻った気がして、それだけが今の私にとって大切な時間だった。
ただ1つだけ、不満をいうとしたら電話中にゲームをしたり、テレビを見られたりすることだ。1度の電話で数時間話してしまうこともある。そうなってくると切るタイミングを失ってダラダラと無言が続くこともある。そうなるとテレビやゲームをしてしまうのも仕方ないことかもしれない。それでも私は早紀とのこの時間を大切にしたいと思う。だから、相手がもしも聞いていなくても言葉を続ける。
「それでね、そういわれて私……ねぇ、もしかして今テレビつけてる?」
誰かの喋る声が遠くから聞こえてくる。
………が、そ……で……もしか……。
男の声だった。
はっきりと何を言っているのかわからないけど、ドラマでも見ているのだろうと思う。
「何見てるの?」
「え、何も見てないよ。テレビ消してるよ」
そういわれて 「あ、そう?」と私は気にするのをやめ、また一方的に話を続ける。
それでも暫くすると
……と…して、…あ…こ……。
男の声が聞こえてくる。
「もしかしてゲーム?」
早紀はゲームが好きで隙をみてはゲームをしていたから、そうか、ドラマじゃなくてゲームをしてたのか、そう思って声をかける。
「今日は何やってるの?」
「なにもしてないけど」
「え?」
さっきまで遠かった声が近づいた気がした。
……、…ね……あわ………う。
男の声に時折女の声が混ざる。2人で何か会話をしているように聞こえる。
「ならもしかして今日彼氏とか妹さん遊びに来てたりする?」
早紀の家族は皆仲良しで、しょっちゅう一緒に遊んでいるイメージがあった。ならば今日も誰かしらがほんとは遊びに来ていたのかもしれない。そんな中電話を掛け、長々と話をしてしまったのなら申し訳ないと思う。
「え、いないけど」
「いやいや、だってさっきから声が」
「ねぇ」
不安よりも不満よりも怒りに似たどすの効いたような太い音がした。
「私、アンタとの電話中、テレビとかみてたことないんだけど」
不機嫌に、早紀は続ける。
「さっきから何の話してるの?」
受話器越しには男が何か喋る声はまだ聞こえる。
「───そ、っか、ごめん。気のせいだった」
こっちの家の外で誰か話をしてるのを勘違いしちゃったみたい。
私はそういうと、何でもなかったかのように話を続けた。
そうしているとハタと思う。
そういえば、前もこんな〝雑音〟が聞こえていなかったっけ──と。
男はまだ何かを話している。男は今、何処にいるんだろう。
「こんな遅い時間まで付き合ってもらってごめんね」
そう捲くし立てるように告げ私は電話を切った。
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