超能力




 明が「俺、超能力に目覚めたんだ」と突拍子もないことをいって俺の元に駆けてきたのは高校3年の夏休み明けのことだった。夏休み中肝試しに出掛けて能力が目覚めた、なんて事を嬉しそうに俺に告げる。

 明のこういうまるで奇をてらったような、しかし、ただの天然ぶりにはほとほと呆れ、突っ込むのにも飽きてしまうほどもう長い付き合いになる。小学校からの付き合いだっただろうか。

 こんな時期に高校デビューかよ。それとも遅れてきた中二病にでもかかったのか、などと考えていると俺の心中を察したのか苦笑しながら「まぁ、見てくれよ」と机にあった俺の筆箱に両手をかざし唸り始めた。するとそう時間を置かず、筆箱は、確かに明の手に触れることなく宙に浮いた。

「な、びっくりだろ?」

 そう問いかけてくる明の様子を見て、思わず口を吐いた俺の言葉は「……気持ち悪ぃ」だった。

 はっとして瞬時に訂正の言葉を発しようとしたが、明は動じることなく「まぁ、理解できないよな。俺が急にこんな超能力に目覚めるなんてさ。俺だってびっくりだよ」とケラケラ笑っていた。

 違う、違うんだよ。

 そう何度も言いかけて、俺は口を開くのを止めた。

 それからも、事あるごとに明は「こんなことも出来るようになったんだ」と俺のところへ来てはその超能力を見せた。初めのように、ただ物を浮かせるだけではなく、そのまま移動したり、明の手元を離れた状態で捻じったり潰したりという変形もできるようになっていった。

 しかし、これは決してマジックなどではない。それはわかっている。明がただ、俺に明の超能力を認めて、いや褒めて欲しいということも分かっていたが、俺にはどうしても引きつった笑顔で「凄いな」といってやるのが精一杯だった。そして、明が去ると、俺は気づかれないようにトイレに駆け込み、吐いた。

 明、それは違うんだよ。

 それはお前が思っているような超能力なんていう可愛いものじゃないんだ。

 言葉の代わりに、胃液しか出なくなるまで俺は吐き続けた。

 夏休み明けのあの日。超能力に目覚めたのだと、嬉しそうに明が俺の筆箱を浮かせたあの日。俺の眼には真っ黒な複数の手が、明の動きに合わせて補助しているようにしか見えなかった。それは明が俺の元に来て超能力を見せる度に、手だけではなく腕、肩、胸と、どんどん人の形を成していっていた。やがて頭を模した黒いそれに目を持ったものや大きく裂けた口を持ったものが現れたと気づいたのは明が「これが最後だから」とどこか泣きそうな顔で超能力を見せたときだった。

 ───ソレと、目が合った。

 目が、離せなかった。そこに潜んでいたのは肌がじりじりと焼かれるような殺意だった。

「明、もうそれ辞めろよ」

 そう発しようとした口の中はカラカラに乾き、掠れた音だけが漏れる。

 大きく裂けた口がケタケタと笑う。機械音のようなどこか作られた高い声で。明にも聞こえる距離で。耳元で。

 明は泣きそうな顔のまま「ごめんな」と自分の席へ帰っていった。俺は何も言えないまま、明の去っていく背中を目で追うことしかできなかった。

 そのまま明と話す機会も減っていき、学校を卒業して、結局疎遠になってしまった。それでも明のことを忘れた日はない。

 俺は、今でも考える。

 なぁ、俺はあの時、どうするのが正解だったんだろうか。



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