逆走する女
職場でちょっと気になるやつがいる。といっても、同僚でも何でもない、ただ良く見かけるだけの名前も何も知らない女。
俺の職場は駅改札出てすぐのコンビニで、電車の到着のタイミングになると小さな店舗なだけあって店内もレジも大混乱の大忙しになる。
だからそのタイミングに被らないよう隙をぬって品出しやら清掃やらをやらなきゃいけないんだけど、一番困るのがゴミ捨て。俺の店舗からゴミ捨て場までは決して遠くはないんだけど、駅構内を通過していかなきゃいけない。つまり、電車の到着のタイミングに被るとどこかで身動きが取れなくなるか、流れにできるだけ邪魔にならないよう逆走しなきゃいけないわけ。
そして何故かそのいいタイミングでゴミ捨てに行く羽目になることの多いのがこの俺。スタッフの皆もオレのタイミングが悪いの分かってるからいつも半笑いで見送ってくれる。燃えるゴミや燃えないゴミ、段ボール、両手に持てるだけ持って「すみません、通ります」なんて声を出して小走りにぶつからない様に、邪魔にならないように駆けて行く。
ちゃんと人が少ないタイミングを狙って店を出発する。それでも大抵本数の多いこの駅は戻るタイミングで遭遇することもよくあること。
もう慣れたもので壁際に寄り、流れの一瞬の隙をついて少しずつ前進していく。
人の流れに逆らうのは罪悪感を感じないわけではないけど、一応は勤務中なわけで、少人数でてんてこ舞いになっている店舗のことを思うと気が逸る。
すみません、恐れ入ります。
軽く会釈しながら流れに逆らって進んでいると、ふと何メートルか後ろに自分と同じ様に逆走している女の姿が見えた。どこかの店舗のスタッフである証の腕章やネックホルダーを所有していないことから乗客だろうと窺える。
ご愁傷さまだな。
俺は少しだけ同士を得たような心強さを感じながら少しだけ昂然たる態度で人込みを突き進んでいく。何メートルか進んで傾げる程度に振り返ってみたが女の姿はもうなくなっていた。この流れに乗ったのか、もしくは途中の店舗にでも入ったんだろう。
俺は特に気にすることもなく、ただ、何となく少しの間だけ出来た同士の存在に浮かれながら店舗へと戻った。
次の出勤日、俺はまたゴミ捨てに駆り出されていた。例に漏れず戻り道電車の到着時刻と重なって中々戻れない。壁際によって、すみませんって声かけて、たまにすれ違う子どもに手を振られたりなんかして。そうしてまた少し進んだ先で後ろを窺えばやっぱりその女がいた。白いワンピースに胸までの長さがある黒髪の女だった。同士の登場にやっぱり俺は少しだけ心が浮かれて、今日は少しだけいつもより歩く速度を落としてみることにした。そうしてそっと傾げる程度に振り返った。
───彼女の姿はなかった。
また、この流れに乗ったのか、もしくは途中の店舗にでも入ったんだろう。
俺は少し残念に思いながら店舗に戻った。
それからもゴミ捨てに行くタイミングでいつもいつも俺は彼女に遇った。同じ様に先を歩く俺の数メートル後ろを窺えば彼女はいた。でも、いつもどこか違和感があった。
何だろうと考える。で、気づいた。彼女の傍を通り過ぎる人は皆、少しだけ彼女と距離があった。俺には平気でぶつかって来て、舌打ちなんてしたりするのにさ。
そして、そういえばと思う。彼女はいつだって白いワンピースを着ていなかったか、と。
そりゃ、俺だって毎日出勤なわけじゃない。ゴミ捨てにだって出勤の度絶対いってるわけでもない。だから遇う度に白いワンピースを着ていたっておかしいわけじゃない。それにもしかしたら、白のワンピースのイメージが強すぎて他の日は気づかなかっただけかもしれない。
それでも気になって、同じ様に到着時につかまっちゃう先輩に聞いてみたんだ。
「逆走する白いワンピースの女は見たことありますか?」って。
先輩はそんなことを聞く俺に不思議そうな顔をして首を横にしか振ることはなかった。
そしてまた、俺のゴミ捨ての時間だ。電車の到着と重なるタイミング。後ろを窺えば、やっぱり、数メートル後に白いワンピースの女いた。自分の手をふと見ると小刻みに震えているのが見えた。俺はその汗ばんだ手をギュッと握りしめると、いつものように傾げる程度なんかじゃなく、いつもより気持ちだけ大きく振り返った。
女と、目が合った。
目が合った瞬間俺は、素知らぬふりをして前に向き直っていつものように、いや強いて言えばいつもよりも足早に店舗へ戻った。
店舗に戻ると同僚に「顔色が白いよ」なんて口々に言われたが大丈夫ですと適当に返して仕事に戻った。それ以降、俺はその女を見てはいない。
でも、少しだけ気になるんだ。なんであの女は逆走していたのかって。だから、もしアンタそいつに遭えたらさ、聞いてみてくんない? なんで逆走してんの?ってさ。
え、俺? もし遭ったとしても聞くわけねぇじゃん。遇いたくもない。……たしかに俺を真っすぐ見て、笑ったんだあの女。あんなどこを見ているかわからない真っ黒な空洞の眼をしてたのにさ。
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