@メール



 ねぇ。

 その声に、振り向いた視線の先には知らない少女がいた。もしかして俺ではない奴に声をかけたのかと辺りを見渡したが人はいない。少女に視線を戻す。少女の視線は明らかに俺に向いており、目が合うと柔らかく笑った。

 そして少女は言葉を続ける。

「ねぇ。君はこんな噂……いや、都市伝説かな。聞いたことある? 〝誰でも殺せる男〟の話……」

 何とも物騒な内容だが、初めて聞く話だった。素直に知らないと答えると少女は嬉しそうにその内容を話し始めた。

 誰かが相手に嫌悪や殺意を向けるときは色んな原因、要因がある。例えば、ただそいつの眼が気に入らなかったとか、男を取られたとか、生意気だとか。理由やきっかけなんてピンからキリまである。まぁ、大体がくだらないものだけど。

 彼はね、とても平凡な、どこにでもいる高校生だった。クラスの中心になって何かするってことはなかったから目立つような子ではなかったけども、勉強も運動もそこそこできるし、友達だってそこそこいたわ。

 ある日、そんな彼のもとにメールが届いたの。それは友達が彼に誤送信したもので内容は

【隣のクラスの松下、マジむかつく。死ねばいいのに】

 そんなものだった。

 彼はその松下って子のことをよく知らなかった。その時は酷いメールを送ってるな、なんて思いながら友達に「メール送信相手間違ってないか」って送り返したの。

 その次の日、隣のクラスの松下が死んだ。松下の席には誰かが持ってきたらしい百合とカスミ草が生けられた花瓶が置かれた。

 いざ、その子が死ぬとそれまで悪くいっていた奴らもなんだかもの寂しい気持ちになって、暫くはどんよりとした雰囲気が学校中に満ちていた。でも、時間が経つにつれ、そんなことは皆忘れていった。

 そしてまたある日、彼のもとに誤送信されたメールが届いたの。

【担任の福田、キモすぎ。死ねばいいのに】

 次の日、担任の福田が死んだ。

 彼のもとに届いたメールの名前の人が、また死んだ。

 その事実に気付いた彼の友達は偶然だと思いつつ、自分の嫌いな奴の名前を書いて面白がって彼にメールを送ったわ。すると、本当にその人が死んだ。

 やがて噂が噂を呼び、知らないうちに彼のアドレスは広まり、彼の知らない人からもメールが届くようになった。アドレスを何度変えても、知らないうちに情報は洩れ、何通も何通も何通も何通も何通も。毎日のように死ねばいいのに、って誰かを傷つける言葉のメールの数々。その度に彼の知らない誰かがどこかで死んでいった。何人も何人も何人も何人も。

 いつしか彼は〝誰でも殺せる男〟って呼ばれ、称えられるようになっていった。でも、その反面、皆が彼を怖がった。だって、彼にメールすれば誰だって死んじゃうもの。彼は何にもしてないのにね。

「あいつに逆らうと殺されてしまう」

 周りの皆は怯えて彼に関わらなくなっていった。そして、誰かが囁き始めた。あいつは〝誰にも殺せない男〟だ、って。

 でもこの話、矛盾があると思わない? 〝誰でも殺せる男〟と〝誰にも殺せない男〟。まるであの話みたい。最強の矛と最強の盾、なんでも貫ける矛とどんな攻撃をも防げる盾。二つが戦うとどうなるのかな。君は気にならない? だからね、私、送ってみたの。彼のアドレスへ、彼の名前に死んじゃえばいいのに、って添えて。

 さぁ、君はどう思う、この結末。……でも、答えは教えてあげない。これは私だけの秘密だから。

 そういって、少女は人差し指を口先に当てた。そして、囁くように言葉を紡いだ。

「彼の携帯は今尚メールを受信し続けている」

 ―――……ふと、俺は違和感を抱いた。何かがおかしい。この少女は何故見ず知らずの俺に声をかけてきたのだろう。何故こんな話をしたのだろうか。

 少女がふわりと笑う。

「秘密は誰も知らないから秘密なの。でも秘密って、誰かに喋りたくならない?」

 まるで俺の心を見透かしているかのように、ふわりと笑う。

「だけど、結局秘密は、誰にも知られちゃいけない秘密でしかないの」

 少女が携帯のディスプレイを俺に向けた。

 そこには教えた覚えのない俺の名前と死ねばいいのにという内容のメールが作成されていた。アドレスはきっと――――。

 なんで早く気付かなかったんだろう。

 待ってくれ。

 そんな言葉を待つわけもなく少女の指が送信ボタンに触れた。にやりと年相応ではない歪んだ笑みを浮かべた少女の顔が目に焼きつく。

 そして少女は小さく手を振った。


 ―――――――バイバイ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る