逃走中――INジャパリパーク――

落着

第1話



――どうしてだ、どうしてこんなことになった!?


 視界を遮る枝葉を振り払い、私は自問自答した。

 けれど、答えなんて分かってる。これは誰かが悪いとか、そんな話ではない。

 ただ向き不向き、それだけの話なのだ。ただそれだけ。

 しかし、だからと言って私はそれを安穏と享受できる性格をしていない。


「あぁくそぅ……かばん、早く帰ってきてくれ……」


 思わず縋るような気弱な声が出てしまった。

 海の向こうへと旅立ったかばんの帰還を願ってしまう。

 初めて会った時はいかにも弱々しくて、頼りなかったアイツ。

 けれど、誰よりも賢く、友達のために勇気を振り絞れるアイツ。

 そして、なによりも――


「――誰だ!?」


 森の中を走る私の耳が、ガサリという物音をとらえた。


「ヒグマさん」

「こんばんわ、ヒグマさん」

「キンシコウ……それにリカオンまで……」


 姿を現したのは今は別行動中なはずのキンシコウとリカオン。

 大型はしばらく現れないと、ラッキービーストから聞いたかばんが言っていた。

 そのため、久しぶりにハンターを休業して別行動をしたのだ。

 しかし、そのキンシコウは武器を構え、私をまっすぐ見つめていた。

 

「お前達まで……どうしてだ?」

「我々も所詮獣、そういうことなのでしょうね」

「オーダー通り貴女を捕らえます、ヒグマさん」

「あぁ……お前達……」


 それだけで私は全てを理解してしまった。

 私も武器を構える。私たち三人の瞳が、闇夜の森の中で煌めく。






「すまない、キンシコウ、リカオンッ」


 二人を何とか退けた私は振り返ることなく森を走る。

 目的地などない。ただただ遠くへ。見つからない所を探して私は走る。

 ずっと走り続けているせいか、息が切れてきた。

 一度立ち止まり、呼吸を整えているとまた音がした。


「ん? 奇遇だね、こんな夜更けの森で」

「オオカミ、こんなところで何してるんだ?」


 茂みの奥から現れたのはタイリクオオカミ。

 色合いの違う双眸が、私を不思議そうに捉えていた。

 その様子に一応の用心をして聞きはする。

 しかし、警戒の必要がなさそうなことにホッとした。


「漫画の続きが思い浮かばなくてね。一人散歩をしていたのさ。一匹狼気質だからかな? 一人で歩くと構想がはかどるんだ」

「そうか……ん? 私以外には誰とも会わなかったのか?」

「誰ともって? 誰か探していたのかい? それなら悪いね。私の来た方向では誰とも会わなかったよ」


 オオカミは勘違いしてそう答えるが、それは朗報だ。

 キンシコウ達との闘いで距離を詰められたか、囲い込まれるているのではないかと思っていた。

 そんな私にとって、オオカミの言葉は救いだった。


「ありがとう、オオカミ! この礼はいつか必ずっ!」

「あ、ヒグマ、ちょっと――」

「悪い、急いでいるんだっ!!」


 オオカミが何かを言いかけるも、私はそれさえ振り切って走り抜けた。

 オオカミの言う通り、誰とも会うことなく私は進んだ。

 しばらく進むと、木々のない開けた場所に出た。


「次はどっちに――っ!」


 寒気を感じて、とっさにその場へと伏せる。

 野生の勘が冴えわたっていたのか、私の頭のあった位置を二つの影が通り過ぎた。


「我々は飛翔音を出していないはず?」

「野生の勘、といったところでしょうか」

「博士っ、助手っ!? 先廻りか、いや、それにしたって――」

「うん、いい顔いただき」


 前方で空にとどまる博士達の下、その奥の茂みからオオカミが姿を現した。


「オオカミ……そうか……」

「理解したようですね、ヒグマ」

「お前は誘い込まれたのです」

「く、くそぅ、ここまで来て、ここまで来たのに諦めら……おいおい、嘘だろ……」


 前方がダメならと周囲を見渡し――絶望した。

 光が、いくつもの光が茂みの奥に存在していた。

 これはまるであの時と同じ。巨大セルリアンからかばんを助けた時と――


「我々、ラスボスなのでこれくらいは朝飯前なのです」

「我々、この島のラスボスなので」


 博士達の声に合わせ、茂みからみんなが姿を現した。

 そこには先ほど降した、キンシコウとリカオンもいた。

 いないのはライオンくらいだ。


「ラスボスってなんなんだよ」

「キタキツネがこういう時は、そう言うのが様式美と言っていたのです」

「それに我々も、ゲームは少したしなむので」


 温泉にある良く分からない道具の事が脳裏によぎった。


「キタキツネ、またあなたは……」

「違うよ、ギンギツネ。ボクが勧めたわけじゃないよぅ……」


 茂みの何処かから、キタキツネとギンギツネの会話が聞こえてきた。

 それと並行して博士と助手が、私との距離を詰める。


「さぁ、ヒグマ。観念するのですよ」

「私は……ここまで来て……」


 敗北を悟り、身体から力が抜けた。

 どさりと膝をついて地面へとへたり込んでしまう。


「さぁ、ヒグマ。料理をするのです」

「朝飯を作るのです」


 博士と助手が勝利宣言を私へと告げる。


「すみません、ヒグマさん。食欲には勝てなくて……」

「申し訳ないです、ヒグマさん。博士さんと助手さん、それにキンシコウさんからオーダーを受けたので……」

「くっ、二人とも……」


 キンシコウとリカオンの言葉に何故か瞳が熱くなってきた。

 ヘラジカが、ジャガーが、アルパカが、他にもみんな、みんな顔を揃えていた。

 私の逃亡劇は、今ここで終わった。


「ふむ、観念したようなのです」

「カバ、シロサイ。コックを連行するのです」


 助手の言葉を受けたカバとシロサイが私の両腕をつかむ。

 ずるずると引きずられる。かまどのある場所まで連れて行かれるのだ。

 ならばせめて、せめてと最後に一言だけ叫ぶ。


「私は、私はコックじゃなくてハンターだぁぁぁぁっ!!」


 私の叫びが虚しく森へと溶けていった。


――あぁ、かばん。早く帰ってきてくれ

――私は料理のできるお前が恋しいよ


「あなたは今、かばんが恋しいわね。名探偵のわた――」

「うるせーよっ、バーカバーカ!!」

「うーん、泣きながら怒る顔もいいね」

「先生、新作の足しになりそうですか!?」


 盛り上がるアミメキリンとオオカミが憎らしい。

 けれど、アミメキリンの言う通りだ。

 今この島で一番かばんに会いたいのは、間違いなくこの私だろう。

 ずるり、ずるりと私はおとなしく連行されるのだった。






「ヒグマは興味を持っている間はいいのですが、飽きてしまうとダメですね」

「博士、考えがあります」

「聞きましょう」

「同じ料理を作るから飽きるのです」

「なるほど、つまり……」

「我々が色々なれしぴを教えればいいのです、じゅるり」

「そうですね。我々の賢さを活かすのです、じゅるり」


 眼下で連行されるヒグマを見ながら、博士と助手が言葉をかわした。

 この後、様々な料理をヒグマは作らされる事となった。

 二人の工夫は多少、ヒグマの興味を惹き、料理を続けさせる。

 しかし、それは所詮、多少でしかなかった。

 ヒグマが再び逃走を開始するまで、三日とかからなかった。

 どったんばったん大騒ぎの狩りごっこは続く。



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逃走中――INジャパリパーク―― 落着 @hanashi_oti

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