ノアの人生に大いなる幸せを!
夏平涼
残念な王女
「今日のディナーはチキンにしましょう。絶対に」
寝起き早々、まだ寝台に横たわったままノアは決意した。
まさか、ぎゅるるるとうるさく鳴る腹の音を目覚ましに起きる日がくるなんて。
花も恥じらう十六の乙女としてどうなのかしら。
「あら? 違うわね。 今日で十七歳でした。お誕生日おめでとう、ノア」
自分で自分の誕生日を祝う。
おそらく今日ノアが誕生日であることを覚えている人間なんて誰一人としていないだろうから。
「虚しくなんてないですよ? もう慣れているもの。この古びた小屋も軋む寝台も時代遅れの服も。話し相手が誰もいなくたって、独り言でまかなえますし。自問自答も慣れたものです」
ぶつぶつ言いながら、指折り数えてみる。
独居生活も今日を境に四年目に突入したらしい。
せっかくの誕生日だから、早く起きて着替えて、部屋を飾りつけて、夜のディナーに備えたいところだ。
「起きる時間が少し早かったでしょうか?」
窓の外はまだ薄暗い。
起床ラッパの音よりも腹が早く鳴ってしまったノアは例外として。まだ皆は寝ている時刻だろう。
困った。暦上では今日は月初めの一日。
つまり、王宮から使用人がやってくる日だ。
「静かにしていなければ怖がらせてしまいますね」
得意の独り言も封印し、そっと息を殺して待つ。
数分後、ざくざくと雪を踏みしめる足音が聞こえたかと思うと、ドアの外でドサリと重たげな荷物を置く音がした。
足音が遠ざかるのを確認し、ノアはそっと息を吐く。
「では今日も一日元気に頑張りますか。えいえいおー!」
寒さにも負けず、鼻歌を歌いながら部屋の隅に置いてある衣装箱の蓋をあける。
せっかくの誕生日だ。
今日は手持ちの服の中でも一番綺麗なものにしよう。
「これは袖がぼろぼろ。こっちはスカートの裾が擦り切れてしまっていますね。……じゃあこれを!」
底に眠っていた、普段は使わないお気に入りの桃色ワンピースを引っ張り出したノアは目を丸くした。
虫に喰われている。最悪だ。
「もう。せっかくの気分が台無しです」
結局、袖がぼろぼろの服を身につけて、苦しまぎれに手編みのショールを肩にかける。
よし。見栄えはなんとかなった。
あちこちにできている毛玉は見ないふりだ。
「あとは髪を結ってみますか」
割れて曇った鏡の前に座り、とりあえず寝癖がないか確認する。
思えば、久しぶりに自分の顔を見た気がした。
「……ますます似てきているような? いないような?」
背中を流れる長い銀髪に、翡翠を思わせる瞳。肌は白く、首は細く、肢体は華奢で。
食い意地が張っているせいか育つところはわりと育っている。
ガーランド王国、現国王の妻にして王妃のリリアーヌにそっくりだと幼少時は褒めそやされたこの美貌も、今は侮蔑の対象にしかならない。
「まあ、似ているのは当たり前ですよね。実のお母さまですから。時々忘れそうになりますが、私王女でしたね。そういえば」
残念な方の、との補足はあいにく起床ラッパの音と被った。
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