世界でいちばん“よくぶか”なあなたへ

木野座間

第1話


「ヒトなんて、どうせ欲深な動物なのです」


 ある日、ボクは助手さんにそう言われました。最近時々いなくなってしまうサーバルちゃんを待ちながら、博士さんと助手さんに頼まれて、また料理を作ろうとしていたときでした。それで、材料が無いことが分かって……それから、何がきっかけか分からないけれど、助手さんが急にそう言ってきました。怒ってるような、でもそうじゃないような。助手さんがなぜそういうことを言ってきたのかはよく分かりませんでした。


「ヒトって、欲深なのかな……」

「えっ? どうしたの、何があったの? かばんちゃん」







「それで、追い出されちゃって……」


 図書館を追い出されたボクは、ちょうどそのとき帰ってきたサーバルちゃんに会い、そのときのことを話しました。


「ごめん。こんなこと聞いても、しょうがないよね」

「いいよいいよ! でも、“よくぶか”ってなあに?」

「多分、したいことを沢山するとか、欲しがりすぎとか、そういう気持ちじゃないかなあ」


 あまりそういう気持ちにはピンと来ないけれど、言葉の意味そのものは分かりました。多分、以前ヒトだったことの記憶でしょうか。なんとなく、あまりいい意味には感じられません。サーバルちゃんはその場でしばらく考えると、いきなりボクの手を取りました。


「かばんちゃん、ついてきて!」


 そのままボクの手を引っ張り、図書館の中へ入っていきました。







「そうです。ヒトは欲深なのです。図書館の文献にだって、そう書いてあるのが沢山あったのです。そんなに食材が欲しいならとっとと取って来ればいいのです」


 助手さんはさっきと変わらない態度でした。博士さんは普段と同じすまし顔です。サーバルちゃんは助手さんに切り出しました。


「かばんちゃんから聞いたよ。もともと、動物がヒトになって、フレンズになったんだよね?」

「その通りなのです」

「そもそもその説はわれわれが最初に言ったのです」


 博士さんが答え、助手さんが後に続きます。


「それなら、ヒトの“よくぶか”っていうのは、きっと良いことだよ!」

「なぜなのです?」

「なんでなのです?」


 博士さんと助手さんはほぼ同時に反応しました。


「フレンズになる前のこと、覚えてる? 私は……ぼんやりとしか覚えてないけど、その頃だって、遊びたいときは遊んだり、寝たいときは眠ったり、やりたいことをやってたよ。でも、フレンズになってからは、たのしーことがもっと増えたよ! 手の使い方とか、ジャパリまんのことも知ったし、それからかばんちゃんに出会えて、毎日がもーっと楽しくなったの! もっともっと、いろんなところに行ったり、いろんなことしたいなって思うようになったの!」


「ねえ、かばんちゃん!」


 突然振り向いて言いました。


「じゃんぐるでバスを直したのはなんで?」

「それは、図書館に行きたかったから……」

「あれから旅がまたもっと楽しくなったね!」

「じゃあ、こうざんでカフェの目印を作ったのは?」

「それは、バスの電池を充電してもらったお礼がしたくて……」

「そのあと、アルパカちゃん、とっても喜んでたよね!」


 サーバルちゃんは博士さん達に向き直りました。


「ね! フレンズとかばんちゃんがこうやって助け合えるんだから、ヒトの“よくぶか”って、きっと素敵な気持ちなんだよ! このお料理の本を作ったヒトだって、みんなにいっぱい料理を食べて欲しかったんだよ! 助手も博士も、みんなに食べてほしいから、この本をとしょかんで大事にしてたんだよね!」

「買い被りなのです。図書館の本をきちんと管理するのは当たり前のことなのです。われわれは長なので」

「そ、そうなのです」


 博士さんはすまし顔で言いました。続いて助手さんもなぜか落ち着かない様子で同意しました。


「黒いセルリアンのときに駆け付けてくれたのも、かばんちゃんを助けたいって思ってくれたからなんだよね?」

「パークの脅威を除くのは当たり前のことなのです。われわれは長なので」

「そ、そうなのです!」


 博士さんはすまし顔で言いました。続いて助手さんもなぜか落ち着かない様子で同意しました。


「それからそれから、今日料理を作って欲しがってたのも……あれ?それはお腹が空いてたから? かばんちゃんじゃなくて……?あれれ?」


 うーんうーん、と唸るサーバルちゃんに向かって、博士さんが言い出しました。


「やれやれ、今日のサーバルはしつこいのです……観念するのです。実は助手は、かばんがいなくなるんじゃないかって寂しがってただけなのです」

「そ、そうなのです!!……ってハカセ!?な、何を言うのです!」


 博士さんはすまし顔で言いました。続いて助手さんも同意……しかけて、博士さんの表情を見ながら驚いた様子で叫びました。


「そうなの?」

「あのとき、レシピに書いてあった食材が置いてなかったのですが、かばんがパークの外に行けば見つかるかな、とか言いだすので、助手が寂しがって拗ねただけなのです。本当に面倒なのです」

「博士! そこまでにするのです! 誰がかばんのことなんか!」


 博士さんと助手さんは言い合い始めました。サーバルちゃんはボクに力強く言いました。


「だからね、かばんちゃんも、もっと欲しがっていいんだよ!」

「サーバルちゃん……」

「遠慮しないで! かばんちゃんはいつも素敵なことを考えるから、きっとこれから会う人だってみんな幸せなはずだよ! パークの外に行っても、かばんちゃんなら大丈夫!」

「うん、分かった。ありがとう、サーバルちゃん」


 パークの外。もし行くのなら、ヒトがどんな動物なのか、自分の目で見てみたい。サーバルちゃんに元気を貰った今のボクなら、きっと分かり合える気がする。


「まあ、かばんならどこに行っても、われわれは安心なのです」

「ふん、せいぜいくたばらないようにするのです」

 

助手さんはボクの顔をじっと、時々目を逸らしながら見て、言ってきました。


「かばん、その、さっきは色々言い過ぎたのです。かばんは悪い奴じゃないのです。われわれが見た“ヒト”は、かばんは、勇敢で、頭が良くて、とてもおいしい料理が作れる、そんなヤツなのです」


 そして、ちょっとだけ笑みを浮かべました。


「また、料理を作るのです。われわれはいつでもここで待ってるのですよ」





図書館を離れて後。サーバルちゃんに改めて気持ちを打ち明けました。

「サーバルちゃん、ありがとう。サーバルちゃんのおかげで、また勇気を貰えたよ。」

「…………」

「サーバルちゃん?」

サーバルちゃんはなぜか遠くの方をぼおっと眺めていました。

ここからは平原や森しか見えないけど、まるでそれよりももっと遠くの方を見ているような……。サーバルちゃんは耳をぴくんと立ててから急に振り向きました。





「えっ! あっ、うん! いいよいいよ、気にしないで! それよりもさ、あっちで休憩しない?ちょっと疲れちゃったよー」

 かばんちゃんに話しかけられているのにようやく気付いた私は、すぐに振り向いて、そのまま手を取って歩き出した。さっきかばんちゃんの話を聞いてから、もしかばんちゃんが本当に外に行くって考えたら、なにがなんだか分からなくなって、勢いのまま博士達のとこまで行っちゃったけど、かばんちゃんが元気になってくれて良かった。

 大好きなかばんちゃん。

 フレンズも“よくぶか”なら、私ももっと欲しがってもいいのかな。

 ……いつか旅立つかばんちゃんに、いつか言えたらいいな。


「やっぱり、もうちょっとだけついていこうかな」って。

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