転生魔王のチート勇者討伐記

甘夢果実

転生魔王のチート勇者討伐記

「……ねえ、アルカ」

「なんですか?」

「この戦いが終わったら……結婚しよう」

「……はい」


 走馬灯のように、景色が僕の視界に映し出される。懐かしいなぁ。結局、守れなかったなぁ……。

 僕は滲み出す後悔のままに、地面を握りしめる。


 僕の体が、段々と変化していく。悪魔のような、凶悪な見た目だ。──って、え!?


 まさか、そうか、そうだったのか……! どっかで見たと思ったら、これは、転生前に読んだラノベの、『魔王の過去』だったのか!!


「うわ、マジかよ……!?」


 このままでは、負け犬確定。俺の愛する少女は、魔法使いとしてラノベ主人公のパーティに転生してもそのパーティメンバーにいじめられる。

 しょうがない……俺は『チート勇者』を倒さなきゃいけないのか……!


 ──いや、悲観するのはよそう。いくら転生したのが作品のかませ犬的な微妙な強さの魔王でも。

 既に勝てる気がししない。

 けど、ラノベじゃない、俺の物語を作るんだ。そう! 『チート勇者討伐記』を!


□ □ □ □ □


 意気込んだのはいいけど、ちょっと状況を整理しよう。

 俺は記憶を持ってこの剣と魔法のよくあるファンタジー世界に転生した。


 しかしそのファンタジー世界。実は俺が生前愛読していたラノベの世界だったのだ。


 そのラノベの特徴を簡単に説明するなら『クズチート勇者の俺TUEEE』。

 クズな主人公がチートスキルを駆使してパーティの仲間とハーレム作って淫乱な行為に及んだり、テキトーな大魔法ぶっ放して偶然魔王を倒して、英雄になるという物語だ。


 この作品ほど主人公がクズで嫌われる作品も中々ない。

 けど、他のキャラに様々な魅力がある。そんな作品だ。その中でも魔王……つまり俺は、パーティ内でいじめられていた魔法使いの元婚約者であったりと、様々な歴史がある。

 そのほとんどが戦闘力に直結しないんだけどネ!


 どうしよ、どうしよ、どうしよ……しょうがない、婚約者である魔法使いにコンタクトを取って勇者の弱点を聞き出そう。

 ていうか、いじめられている婚約者をほっときたくない。彼女を助けるためにも、勇者を倒さなければ。


 かくして、俺の物語……『チート勇者討伐記』は始まったのである。


□ □ □ □ □


 まず、俺は自分の戦闘能力を直向きに上げることにした。

 この世界はレベル制だ。だから、表向きは影と呼ばれる俺の身代わりや大臣に頼んで国の政治を俺がやっているように見せかけてもらう。


 その裏では、魔王城周辺という屈指の凶悪モンスターの出現地域でひたすらにレベル上げに没頭する。

 また、細かい時間があれば魔法の練習をしたり、筋トレで自分のステータスを上げるようにした。


 さらに、時間を作って魔法使い、元俺の婚約者で現在勇者パーティの魔法使いであるアルカと密会するようにもした。変身によって、魔王になる前の姿をしているのだ。


「なんか……大きくなった?」

「そうか? まあ、魔物倒してレベル上がったからかもね」


 アルカには、俺が魔物に取り憑かれて魔王になったことを話さず、倒したということにしておいた。

 それでいて婚約を延期にしたりして怪しさ全開でも、アルカは何も言わない。

 というか、辛くても勇者のパーティに所属している辺り事情は察しているのかもしれない。


 騙していて、それでもなお話を合わせてくれるアルカの優しさで涙がちょちょぎれそうだ。ていうか胸がめっちゃ痛い。

 勇者倒したら美味しいご飯でもご馳走しよう、魔王特権で。


 さて、アルカに俺が真の勇者として勇者を倒すことにして、様々な弱点を聞いた。


「なるほどなるほど……へぇ、そうか……うん。なるほど……ありがと!!」


 この作戦は非常に有効的だった。原作知識のおかげでアルカが嘘を言ってないのは分かったし、アルカの目線から勇者の弱点も把握できた。

 さて、次は勇者の不死性を封じ込めるようにしよう。


 場所を移して神殿に来た俺は、魔王の身でありながら神様に懸命に祈っていた。それはもう魔王どころか、普通の人間でもありえないくらい全力で。

 この世界の神様は神殿で一食抜くと呼びかけに応じてくれる。意外と緩いのだ。


「なんですか、魔王。今さら停戦とか言わないでくださいよ」

「そもそも戦争なんてしてねぇし。あんたらが勝手に俺のこと狙ってるだけだろ!?」


 俺はそう反論して、気持ちを落ち着ける。いかんいかん。如何に神様……女神が勇者くらいクズでも、話はしっかりつけねば。


「……本題に入っていいすか?」

「ええ、どうぞ」

「あの勇者が死んだら、ちゃんと成仏させてやれ」


 そういうと、女神は目を丸くした。そんなに驚くか。

 最初は女神に勇者を殺してもらうことも考えたんだが、それだと『チート勇者討伐記』ではなく『チート勇者自滅記』になってしまう。


「ふん……何を言うかと思えば。嫌です」


 そう言うと思ったぜ。普通なら交渉の余地もない。だがなぁ……。


「女神の胸はパッド入り」

「!?」


 この女神には、この言葉がめちゃくちゃ効くのだ。今の勇者はこの言葉を『まだ』知らない。


「な、何を言うかと思えば……」

「とぼけんな。俺が元々異世界から来たって知ってんだろ?」


 動揺した女神を追い込んで、交渉を自分の有利に進める。交渉というか、一方的な脅しだけど。


「もしもお前が勇者を復活させるなら、俺が勇者に負けたなら。これを唱えながらあの世まで渡り、神々に教えてやるぜ」


「だ、誰がそんな脅しに屈するなど!」


 ふっふっふ……効いてる、効いてるなぁ……。


「女神の胸はパッド入り。女神の胸はパッド入り。女神の胸はパッド入り。女神の胸はパッド入り」


「や、やめなさい!」


 お、いけそうだ。嫌がる女神を無視して唱え続ける。


「女神の胸はパッド入り女神の胸はパッド入り女神の胸はパッド入り女神の胸はパッド入り女神の胸はパッド入り女神の胸はパッド入り女神の胸はパッド入り女神の胸はパッド入り女神の胸はパッド入り」


 もはやここまで来たら呪詛の領域だな。そう思っていると、女神は諦観の混じった声をあげる。


「分かった、分かったわ!! 勇者が死んだ暁には、勇者を復活させません!」


 よし、押し勝った。


「言ったな。この場所で嘘をつくことは女神の恥だからな」

「ええ、もちろんです」


 俺の言葉に、女神は頷く。魔王の脅しに屈するとか、こいつ女神として大丈夫か。


「んじゃ、そういうことで」

「ええ、では。……もう会いたくないわ」


 別れを切り出し、俺を光が照らす。

 光によって、俺の体は神殿に戻っていく。


「女神の胸はパッド入り──!!」

「やめなさい!!」


 別れ際に大きく叫ぶことによって食らった女神のビンタによって、俺は神殿でしっかりと目覚めた。


□ □ □ □ □


 女神との一件があってからあの女神の信者の視線が痛い気がするが、それはともかく勇者との対決の日が近づいてきた。


 大魔法で勇者に殺されるのを防ぐため、事前に果たし状を勇者に送りつけた。その安い挑発に、勇者は見事に応じたようだ。


「来てやったぜェ……? 魔王! そんなにこの女が欲しいなら、今この場でくれてやらァ!」


 そう言って、勇者は紐で縛ったアルカを俺に投げつけてきた。

 俺はそれを受け止め、紐を解く。


「……てめェ」


 けど。アルカは刃物で刺されたような傷痕だらけだった。回復魔法でも、傷が深いと痕は残る。

 勇者の取り巻き1号がクスクス笑っている。2号はラノベと変わらず無表情だ。


 俺はアルカを傷つけた怒りで頭が一杯になりながらも、油断しない。

 ラノベで勇者が唯一勝てなかったとある人に、俺は師事を仰いだ。すると、その人は快く俺を弟子にしてくれた。


 後で聞けば、その人も勇者に子供を強姦された後に殺されたんだそうだ。

 その人の分も、俺は本気で戦う。協力してくれたアルカと、その人のために。


 勇者が大魔法を錬成し始める。

 俺は遠距離から師匠の技でその魔力を断ち切ると、勇者に近寄る。

 そして──油断して開いている股間を、鍛えてムキムキの脚で思いっきり蹴り上げる。


「ギュア───!!!」


 フッ、いい様だ。ラノベでムカムカした分も返してやる!


「ユウ!」


 取り巻き1号が急いで回復魔法をかける。はーはっはっは!! いい気味よ!


「テンメェ!! 卑怯だぞ魔王ォ!」

「だって魔王だし」


 俺はそう言いながら、剣で斬りつけてくる勇者の剣筋を見切り、躱したついでに股間を狙う。

 勇者は上半身への対応は鋭いが、下半身には弱いのだ。


 勇者のチート能力は『絶対性即死攻撃』。勇者の攻撃が、例えどんな物であろうとも一撃必殺の威力をもつ。

 性行為ですら、一振りで相手を絶頂までもっていく。変態チート。


 まあ、要するに。こいつに攻撃されないか、攻撃されてもかわせばいいのだ。触れてはいけないし、魔法も解除するか回避しなきゃだめ。

 一番厄介なのはこいつが高速の魔弾を放つことか、カウンターに徹した戦いをすること。


 だが、クズであるこいつにはそんなめんどくさいことより広範囲の大魔法使えばよくね。もしくはとりあえず触って倒せばよくねとか、そんな感じの発想しかこない。


 それはラノベで確認済みだ。ラノベで勇者を唯一倒したその人だって、一切勇者に攻撃させずに仕留めたし。


 あとは女神によって成仏せず、何度でも復活可能だったが……それは魔法の言葉「女神の胸はパッド入り」で回避できた。

 あとはひたすらにこいつの攻撃を回避して殴るの繰り返しだ。


 残念ながら、チート能力によってレベル上がりまくりだ。倒すには少し時間はかかるかもしれないが……そんなこと言ってる場合じゃない。


 チート勇者が走ってくる。俺は繰り出された一撃を回避し、勇者の背中に飛び蹴りを決める。

 勇者は飛び蹴りで突然増加した勢いによって、地面に顔からつっこんでいった。


「おーおー、痛そ」

「クソッ……クソクソクソクソ!!」


 お。チート勇者第2段階。みんなのロマン、宿敵との戦いの中での成長!

 バカじゃねぇの。なんかイラってくんな、コレ。

 戦ってる最中に成長とか、こっちとしてはたまったもんじゃない。

 さっさと殺して、アルカと良い雰囲気になりたいのに……!


 俺がため息を吐いたのを屈辱的に感じたのか、勇者は上昇したスピードで殴ってくる。


「筋トレ舐めんなァ!!」


 勇者の攻撃を回避して、今度は回し蹴りを勇者の背中に叩き込む。

 背中が弱点とか、ジークフリートみたいだな。

 そんなことを思っている間にも、勇者はムクリと起き上がる。


「うわー……タフだなー」


 俺はそう言いながら、闇の魔法で勇者の視界を絶つ。

 勇者は周りをキョロキョロと警戒しながらも、グルグルと回る。おそらく、股間と背中への攻撃を警戒してのことだろう。ガキかよ。


 そう思っている間にも、勇者は目が回ったようでその場に蹲った。


 俺は敢えてその目の前に出る。ここからは未知の領域、どうなるかわからない。なんせ、ラノベの中で師匠すらもしなかったことだからな。


「……負けを認めるか」

「……はい、認めます」

「これから、反省して自分の生活を悔い改めるか」

「はい。反省してます」


 意外にもあっさりと勇者はそう言って、俺に跪いてきた。ここで殺したら俺は最低だろう。


「……消えろ」

「あざまーす!!」


 勇者とその取り巻きはそう言って、走り去っていく。


「……アルカ。ごめん、嘘を吐いてた」

「知ってたわよ。……でも、とっても嬉しかった。私のために怒ってくれて!」


 そう言って、アルカは俺に抱きついてくれた。

 こうして、俺の『チート勇者討伐記』は終わりを迎えたのだった。


 その後、僕が勇者がアホをする度にしばきに行かなければならなくなるのはまた別の話。

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