第116話 低い方 2
廊下には人が溢れていた。
「早く教室に入りなさい」
怒鳴りながら、教師たちが生徒を教室へ押し戻している。
その横を走り抜け、僕は進んだ。
ようやく美術室に近づいたとき、ごった返す生徒の誰かが「星弐たちは校長室だ」と教えてくれる。
聞いた瞬間、胃の中がひっくり返った。
そんなところで先生との関係をバラされたら身の破滅だ。それより何より
僕は必死だった。
走りすぎて口の中が鉄臭い。でもそんなことに構ってなんていられなかった。足を止めている間に、嫌なことが次々起こってしまう気がして。
「嫌だ……」
息を切らせ、僕が校長室についたとき、ドアの前には見張りなのか教頭が立っていた。
僕は教頭を押しのけた。
そして勢いのままドアを開けた。
目に入ってきたのは予想通りの光景だ。
応接用の上等な椅子に腰掛け、重厚な木製のテーブルを挟んで三人は向かい合っていた。
校長と、その横に多部。
そして、校長の向かいに星弐。
ドアの開く音に驚いてこちらを向いた二人は、ギクリとした顔で固まった。
星弐はいつもと変わらない。
だけど、多部先生は違った。
顔がいつもの倍ほども膨らんで見える。そのせいで片方の目が
濡れタオルで押さえきれない部分が赤黒く光っている。
校長だけがやたらに落ち着いた態度で僕に星弐の隣の席を勧めてきた。
「ちょうど良かった。確か君は美術部だったね」
「……はい」
聞かなくても知っているだろうことを、校長は僕に尋ねて来た。
穏やかだけど感情の読み取りにくい声色だった。
「一人だけの部員だから記憶に残っていてね。星弐くんのお兄さんでもあるし、呼びに行こうと思っていたんだ」
「え?」
「ここに来たんだから事情は知っているね」
僕は頷く。
「この二人は先ほどから聞いているんだが何も話さないんだよ。彼は弟さんのクラスを教えていないと言うし、君以外に二人の接点が見えなくてね。何か知らないかい」
「……いえ」
答えられなかった。
二人が何も言わないでいてくれたのに、それなのに答える訳がない。
校長は一つ息を吐いた。
「多部先生はこれから念のため病院へ行きなさい。市東くん二人は今日はもう家へ帰りなさい。君たちの処分は今日中に連絡します」
退出するよう指示した校長に僕らは素直に従った。
教頭に付き添われ、多部先生が先を歩いていく。
後から部屋を出て行こうとした僕らの背中に向かって、校長は言った。
「君が理由なく人を殴る生徒だとは思わないよ。担任の先生もそう言っていたしね。……話したくなったらいつでも事情を話してください」
僕は前を歩いていた星弐を振り返った。
薄い、形の良い唇が開く。
「本当に何でもないんです、校長先生。……一月でも何でも
「失礼します」と言い置いて
僕は校長に頭を下げて、慌てて弟の後を追った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます