第113話 市東 桂壱 8


そこからの記憶は酷く曖昧だった。

僕の裂ける入り口を気に留めない先生に攻められつづけ、何回も中に出された。

痛みに意識を手放しそうになるたびに、また痛みによって覚醒する。


西日の明るさが嘘の様に消えた美術室で、白く目の奥に何かが突き刺さる。

カメラのフラッシュに、僕はようやく行為が終わったことを知った。

画面の大きいデジカメが、僕に向けられる。

液晶には先生の放ったものをすぼまりからだらしなく溢れさせる僕が写っていた。白濁は血と混じり合って、手のひらほどの大きさの水溜りになっている。


「わかってるな?」


先生はただ一言そう言って、もう体温が戻った顔でボックスティッシュを放って寄こして来た。


これが初めての性行為だったけれど乱暴にされたことはわかる。


「泣かないでくれよ。……好きだよ」


-そんな適当な「好き」、聞いたこと無いよ


だけど、言って貰えただけマシなんだろうか。痛かったせいか、レイプされたのが悲しかったのか、よくわからない涙が静かに流れていた。



固まらない血が溢れ、歩く度に下肢が滑るのを我慢して脂汗を流しながら僕は帰宅した。

赤く裂けた表面よりもずっと、奥の方が鈍く痛む。

みっともなくよろめく僕を誰にもみられたくなかった。

足の間に、まだ何かおぞましいものが挟まっている気がした。


幸いなことにその日家には誰も居なかった。

後から星弐から聞いた話だけれど、あのとき両親は物凄く小さなことに関して、二人して星弐の為に出かけていたらしい。

言ってくれたら僕も、部活くらい休めたのに……。

そうしたら、もしかしたら違う未来があったかもしれない。

笑って事情を説明した星弐を見て、ぼんやり思った。






「何、考えごと? 余裕だね」


興奮に弾む息が首のすぐ後ろで聞こえた。

尋ねられてふと、我にかえる。

ああ、そうだった。


「は……ははっ。なんか僕、おかしいみたい。初めて先生としたときのこと思い出して、ちょっとトんでた」


激しすぎた初めての性行為。あのときのことを思い出し終えても、気づくと美術室で同じ行為をしていた。


-そうか…今日は星弐の誘いを断って部活に出て、それで


最近、頭の中がグルグル、グラグラして思考がまとまらないことが増えてきた。


今はいつで、何をしていたんだろう。


既に僕のそこに自身をおさめている癖に、多部先生は慣れた手つきでさらに指を挿れてきた。

屹立に添えられてつっぷりと指が入ると、無理やり広がった粘膜が引きつってぴりりとした感覚が身体を走る。

あのときは泣いて叫んだのに、痛みだと思っていたそれはいつの間にかじんと腹に響く快感に変わっていた。


「……んっ。『身体を慣らされる』ってこう言うことなんですね」


「ん?」


うわの空だった僕を責めた指が引き抜かれる。尋ねると同時に先生は腰をずんっと進めてきた。

緩やかな抽送が始まる。


「最初は、何にも感じなかったとこが何か、繋がったみたいに深いとこに、ぴんって、一気に……あんっ」


息が漏れると同時に膝が震える。

一度、回路が開いてしまえばもう戻れない。

感じるたび電気が流れたみたいに身体が跳ねた。


「すご…気持ちぃ……」


誘う様に先生を振り返る。

多部先生は後ろから、覆いかぶさるみたいに僕の背にぴたりとくっついた。

汗で吸い付き合う背中が、燃えるように熱い。

互いの腰をくっつけたまま、奥を揺さぶって得られる快感に僕たちは喘いだ。

左耳に弾むような先生の吐息が吹き込まれてる。


「あっ……」


あさましい自分が嫌いだ。

そもそも僕だって僕を好きじゃない。

だから、誰にも自分を委ねることなんて出来なかった。

自信の無い物を他人にオススメするなんて詐欺師みたいだから。


昔、自殺は何故いけないか、クラスで討論したことがあった。

自殺がいけないなんて、キリスト教徒のくせしてこれっぽっちも思って居なかった僕は、ロクな主張が出来なかった。

残念そうな顔で次の子を当てた担任に気づいたとき、僕は下を向いた。


人一倍自尊心が強い癖に傷つきやすく、中途半端に人間が好きだから言い返せない。

プライドの高い小心者。

それが僕だ。

そんな奴に友達なんてできない。


でも人恋しかった。

だから多分、先生につけ込まれた。

そして、僕の方も先生を求めてしまった。


カトリックの禁忌。

善良な弟を嫌う、ゴミみたいな兄にはこれくらい、いやらしくて汚いのが良い。

だからこの関係がやめられない。

それに、少し優越感もあった。

例えそれが身体だけだとしても、先生は僕に夢中だった。

脅すために写真を撮った癖に、先生はそれをネタに上から出ることはなかった。

嘘か本当か、いつも僕に、「頼むから好きになってくれ」と言った。


その言葉は僕の自尊心を満たす、魔法の言葉だった。


抽送が激しくなる。


こうやっていつの間にか、僕と先生はお互いに写真のことなんかうやむやになって身体で深く結びついていた。

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