第80話 覆水盆に返らず 2

アレクシの力のことは既に二人に話してある。

現在、アレクシと一緒に住んでいるはずのリョウマがそのことについて何も知らなかったのは正直、意外だった。


さっきは突然だったし、自分の身に何が起きたのかよくわからなかった恵一だったが、今度はアレクシが力を使う様子を側で見ることができる。


緊張して見守っていると、二人は何の前触れもなく突然わずかに仰け反って、頭を押さえ呻き声をあげた。


驚いた顔をしながらも、京平はすぐにスケッチブックに鉛筆を走らせ始める。

その姿を横目で見ながら、低い声で萌が言った。


「……さっきとやり方違うんだけど」


先程、恵一は額を合わせるようにしてアレクシから映像を受け取った。

けれど今、特に変わったアクションは無い。


「ああ、ケイイチの姿が見えないからね。ちゃんと伝えられるように近づいて集中したくて」


ウインクを飛ばしたアレクシを、萌が胡乱うろんな目で見ていた。


「でもさ、恵一さんがこんな状態だから幽霊がいるんだってことは納得したよ。けど、この小学生? の幽霊はそんな簡単に他人の身体をどうこうできるもんなの?」


リョウマの疑問は恵一も引っかかっていることだ。


「そうだよね。それに、何で最初に病院に忍びこんだ夜に身体に戻れなかったんだろう」


「これはあくまで自論だけど」と断ってから、アレクシは話し始めた。


「『覆水盆に返らず』ってことわざあるだろう?」


「よくご存知ですね。日本語も上手だし」


京平が絵を描く手を止めずに感心したように褒める。


「そうっ?! ありがとう。頑張って勉強してるからね。 ただねー、謙遜けんそんって言うのがまだ上手く出来ないんだよ。褒められると嬉しくてさ、つい笑っち ゃって。本当は『いえいえ、僕なんてマダマダですよ』って言うんだよね?」


「良いんですよ、そんなのは。素直に褒められておけば」


「早く続き」


萌が促したのでアレクシは一応謝ったが、全然悪いと思っていないのが態度で伝わってきた。


「話を戻すとね、僕のイメージだと人間って水の入った器なんだよね、フタ付きの。器が身体で、水がたましいみたいな」


「へぇ」


「生きてる間は蓋がきちんと閉まってて何しても中身は溢れないけど、死んだときは力が抜けて蓋が開くんだ。で、『覆水盆に返らず』で一度こぼれた水は元に戻らない」


「うん」


「そして、溢れた水は個人差はあるけど、そのうち空気に触れて蒸発する」


「ああ、それは何となくわかるかも」


多分、成仏するのに近い感覚だろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る