第70話 灰の瞳の青年 8

「これって……もしかして今、けーちゃん病室から出たっ⁈ 」


「移動してる」


「え?」


萌の声に、めぐみと恵一は再びパソコンへと視線を落とす。


今度は別のカメラが暗転していた。


先ほど異変があった映像の、左隣のウィンドウが闇色に染まっている。

そしてまた元に戻り、次に隣のカメラ映像が暗くなり、また元に戻り、また隣が暗くなり…


「そうなんです。石橋さんの病室のある二階のカメラが、203号室前から順に消えていって……」


看護師は画面から目を逸らしながら震える声で答えた。

彼女はこれを、誰かが細工したせいだとは思っていないのだろう。


何か他の、人間では無い何かの仕業……。

不気味だった。


「え、これ…この先は?」


連続する異常が終わり、全てのカメラ映像が元通り正常にパソコンに映し出される。


そこには誰の姿も映っていなかった。


「非常階段です。ここから先カメラは設置されていません」


「じゃあ……」


「はい。あの…次に私が開いているドアに気づくまでどのカメラにも異常はないので」


今見たほんの短い時間に恵一がどこかへと消えた?


「これだけですかっ?他に何か…音は。音は出ないんですか?」


萌が必死な様子で看護師に尋ねる。

何か一つでも良い。

手がかりを見つけたい気持ちが伝わってくる。


「出ます。ただ、普段は患者さんの会話を入れないようにミュートにしてるんです」


「じゃあ、今の映像も消音ですか?」


「はい」


「もう一回流してください。今度は音量を上げて」


「わ、わかりました」


短い操作の後、再びテレビに映像が流れ始める。


今度はパソコンの音量を最大に設定した。

何か特定の音が聞こえるわけでは無い。

ただ、「コォー」と言う音だけが聞こえた。

マイクが集音するときの音なのか、空気の音と言うのか。


その後、コツコツと言う音が響き、先ほど見た様に、見回りを終えた看護師が病室から出て行く。

そして……。


「消えたっ!」


最初の暗転が起きた。

その途端、さっきまで聞こえていた「コォー」と言う音まで消える。

完全な静寂だ。


「…ダメみたい。マイクも壊れてる」


恵一もめぐみと同じことを思った。

けれど萌は不意に立ち上がり、テレビに向かって歩き出す。


そして、パソコンだけでなく、テレビの音量を上げだした。


「萌? どうし-」


「しっ。黙って」


カチカチとボタンが押される度に、テレビ画面の音量表示が伸びて行く。

相変わらず何も聞こえない。

次々と画面が暗転し、非常階段に向かって移動して行く。


諦めかけたそのときだった。


小さく、けれど確かに、

少年がすすり泣く声が聞こえた。

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