博士と助手の惨敗クッキング

落着

第1話



「我々の新たな挑戦の開始なのです」

「ヒグマは当てにならないのです」

「ハンターだからとフラリといなくなるなど……我々に対する敬いが足りないのですよ。我々はこの島の長なのに……」

「我々はこの島の長なのに……」


 まったく、ヒグマはいけずなのです。我々は料理の味を覚えてしまったというのに……


「いない者は仕方ないので、我々で作るのです。我々は賢いので」

「そうですね、博士。幸いかばんからマッチの使い方は聞いてあるのです」

「我々に抜かりはないです」

「問題は我々が火を苦手とすること」

「しかし、我々には考えがあるですよ」

「そうなのです。火が見えるから足が引ける。ならば見えなくしてしまえば良いのです」


 助手と二人、かばんが料理をしたかまどの前に立つ。


「さぁ、助手。とっておきを出すのです」

「はいなのです、博士」


 かばんが火を入れていた正面の穴に固い板――かばんいわく金属板――を立てかける。


「ふっふっふ、なのです」

「これで火はバッチリと封じられたのです」

「やはり我々は賢いのです」

「やはり長たる我々は賢いのです」


 助手と二人でうんうんと深く頷く。かまどの中には燃えやすい木屑と、薪がすでに用意してある。


「火加減の調整は無理ですが、これで煮る、ができるのです」

「調整はこれからの課題。今回はまず料理の完成なのです」

「上に乗せる物も網から板に変更済みであります」

「これは期待が持てるのです。さぁ、博士。早く火をつけようなのです」

「そ、そうなのです」


 ここからが一番の難所。けれども、マッチの使い方もばっちりと学習済みである我々に死角はないのです。

 そして――


「じょ、助手。ちゃんと箱を持っておくのですよ?」

「ま、任せるのです。博士もマッチが燃えたらすぐに離して中に落とすのですよ」

「も、問題ないのです。ついたらすぐに離すのです。そうしたら、我々で板をずらして火を閉じ込めるのですよ」

「しゅみれーしょんはばっちりなのです。我々は賢いので」

「そうなのです。我々は賢いのです」


 ぷるぷると手先が小刻みに震え、中々上手くマッチに火がつかないが、何度目かでジッと小さな音を立てて火がついた。

 すぐさまマッチを離し、真下にあるかまどに落とす。

 決して、驚いたから落ちたのではなく、自分から落としたのです。

 群れの長たる我々が、怯えるなどということはないのです。

 かばんが料理をした時は初めて見たから驚いただけなので。


「助手、板のそちらを持つのです」

「はい博士。せーの、です」

「せーの、なのです」


 板がずれて、火が完全に閉じ込められた。

 パチパチと音がなり、火が強くなり始めたことを我々に伝える。


「これでばっちりなのですね」

「あとは見守るだけなのですよ」


 助手と二人でジッと鍋を見つめる。

 しかし一向に、かばんやヒグマが料理した時のように、噴きこぼれるが起きない。

 それに――


「助手」

「はい、博士」

「勘違いでなければ、火の音が消えたようです」

「博士もそう思いますか」

「助手もですか……勘違い、ではなさそうなのですね」

「確認しますか?」

「そ、そうですね……」


 もしこれで板をずらして、火がついていたら厄介なのです。


「もう少しだけ様子を見ましょう。我々は慎重なので」

「そうですね、博士。我々は機を窺えるので」


 助手と二人、またジッと鍋を見つめる。

 しかし、やはり一向に料理が進んでいる気がしない。


「……これは確認するしかないのです」

「……そうですね、博士」

「そちらを持つのです」

「はい、博士。せーの、なのです」


 助手の掛け声に合わせ、板をずらすと中が見えた。


「火が……消えているのです」

「確かに燃え始めた音は聞こえていたはず……」

「じょ、助手よ。もう一度なのです」

「は、はい、博士っ」


 その後、何度もマッチを落として、火の音を確認するも、少ししてしまえば火が消えてしまう。


「燃えた跡はあるのに火が消えているのです」

「これは一体どういうことなのでしょうか?」

「我々の賢さをもってしても分からないのです」

「……無念なのです」


 いつの間にか辺りは夕暮れになっていた。

 朝日が昇ってから始めたのに、随分と時間が経ってしまったようなのです。

 助手と一緒に途方に暮れていると、我々のお腹がきゅうと音を立て、空腹を訴えてきた。

 我々は空腹なのです。


「仕方がないのです。助手、一緒にジャパリまんを取りに行くのです」

「そうですね、博士。我々は空腹なのです」


 ジャパリまんをラッキービーストから受け取り、助手と木の枝に並びパクリと齧る。

 うん、やはりジャパリまんは美味なのです。


「ジャパリまんは美味なのです」

「我々用に調整はされたジャパリまんは美味しいのです」


 でも、何故か今日のジャパリまんは少しだけしょっぱかったのです。

 かまどの板の上にポツンと鍋が置いてある。

 それを見つめながら、助手へと言葉をかける。


「明日はヒグマを探しに行くのです」

「そうですね、博士」

「フレンズによって得意な事は違うのです」

「我々はやはり考える事が得意なのです。料理はヒグマが得意なので、任せるのです」

「それが良いのです。我々は賢いので、そう判断するのです」

「我々は賢いので」


 あぁ、明日はしょっぱいジャパリまんではなく、あの辛い料理が食べたいのです。

 遠くでアードウルフの鳴き声が聞こえた。

 それはどこか、我々の心情を表しているようであった。



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博士と助手の惨敗クッキング 落着 @hanashi_oti

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