第五話 世界について
レイとジルは町長の家に着くまでの間、この大木のような来訪者と歩きながら喋るうちに、彼が外見とはだいぶ異なる人間であるということを理解した。
大男は彼らの知らない土地の事や出来事について子細に知っていたし、彼らの質問した事全てに適切な答えを返した。
特にレイは彼に世界のことを聞きたかった。この小さな町の外に大きく広がる世界のことを。
世界について、という極めて漠然としたその問いに男は答えた。
まず、この世界が五つの大陸、即ち、穏風の大陸アイオリス、赤土の大陸ラテライト、熱砂の大陸シムーン、宿雨の大陸インドラ、そして神々の大陸マナスルから成っているという誰でも知っていることから話は始まった
世界に存在する国の数は九つ、それらを統べるのが大世界連盟で、年に一度、全諸侯が王都ミクチュアに集まって会議が開かれる。
大世界連盟はおよそ二百五十年前、全世界を巻き込んだ『バルカロール事変』と呼ばれる武力衝突危機の際に、その解決策として設立された組織である。
設立当初は体裁上の国際紛争調停機関でしかなかったが、各国が影響力行使のために有能な人材をこぞって派遣した結果、次第に実質的な統治能力を持つようになった。
賞金首の手配、貨幣の発行なども受け持つが、独自の戦闘部隊も持ち、条約違反国への制裁能力も高い。
また世界の情勢として、インドラ大陸の北半分を統治するナカツでは、一年程前に若年の統治者を狙った暗殺未遂事件が起こり、実行犯は捕えられたものの黒幕は未だ不明のままで、他国者の入国審査を厳正にしたせいで、主要輸出品である刀剣武具類の流通が滞り、値段が上昇しつつあるとか、その最大の輸入国であるシムーン大陸ガスフォボス帝国の前皇帝は長男と折が悪く、数年前に三男に皇帝の座を譲って自ら影で執政を行っているがうまくいっていないらしい、とかいった噂話まで事細かに語った。
その中でもレイの興味を最も惹いたのは、メガリスと呼ばれ世界各地に遺る古代遺跡と、それを造った太古の種族の事についてだった。
それはレイもジルも始めて耳にする話で、彼らの好奇心を大いに刺激した。
男はあくまで神話の言い伝えにしか過ぎないが、と前置きをした上で、新しい煙草を煙草入れから取り出して火を点けながら、懐かしむようにこの昔話を語った。
始め、本当の原始、この世界には何もなかった。
最初に混沌が生まれた。
次に、天と地が同時に生まれた。誰が生んだのかは誰も知らない。
その次に生き物、様々な種族が生まれた。
おとぎ話に出てくるような者たちだ。
人間はまだいなかった。
やがて、太古の混乱の世界を終わらせる力を持った種族が現れた。
彼らの姿形は人間に似ていたが、彼らは決して人間ではなかった。いや、人間が彼らに似ていたのかもしれない。
人間もそのとき同時に生まれたが、彼らに比べればひどく小さく、弱かった。
我々は彼らを『支配する者』、ルーラー族と呼んだ。
その名が示すとおり、彼らは強大な『支配する力』を持っていた。彼らはその力で他の種族を次々と支配し、そして世界の覇者となった。
そのルーラー族の中でも『十二賢者』と呼ばれる突出した力を持つ者たちがいた。彼らはルーラー族の指導者であり、長老のような役割を果たしていた。
十二賢者は自らの血を受けた新たな種族を創り出し、その支配はさらに進んだ。
そして世界は、服従という形ではあったが一時の秩序を得た。
だが、それは長続きしなかった。
彼らに支配されることを拒む種族との間に争いが起こったのだ。
戦いを仕掛けたのは、金属のような硬い外殻を持つ蟲の姿をした
これにルーラー族に支配されていた深き割れ目の住人である
彼らは互いに武器を造り、砦を築いた。
戦いは長引いた。何百年も続いた。それは終わりの見えない長く暗い歴史だった。
――だが戦いはある日、突然終わった。
何の前触れもなく、彼らの望まない形で。
どうして戦いが終わったのか、真実は今となっては誰にも分からない。
戦いが終わったとき、古の偉大な種族は一人としてこの世界からいなくなっていた。
ルーラー族だけではない。
何故、彼らは歴史から忽然と消えてしまったのか、その時何が起こったのか、それを覚えている者は誰もいない。
後に残されたのは人や獣や虫や草、かつては支配される側にあった弱い種族ばかりだった。
彼らはその後、数千年の時間をかけて進歩し、世界は今の姿になった。
しかし、太古の偉大な種族たちがその高度な技術の粋を結集させて造った砦や城や街は、数千年経った今でもその形をとどめて、深い森の奥や湖の底や忘れられた土地に眠っている。
そこまで話した時、肉屋とパン屋に挟まれた、他の家に比べればやや大きく、そこそこ立派な煉瓦造りの蒼い屋根の平家が彼らの視界に入ってきた。
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