56テールズ ~聖杯の伝説~
曽我部 穂岐
第一章 はじまりの物語
はじめに
このような分厚い、著者からひいき目に見ても陰気臭い表紙の本を、決して安からぬ代金を払って購入した君は私と同様に変わり者であると言えよう。
気にさわるようであったならば失礼、非礼をわびよう。私はどうもその手の、形式張った文章を書くのは不得意なのだ。その辺りは寛大なる御心を持って大目に見てやっていただければ幸いである。
自己紹介が遅れたが、私の名前はヘルメス。エルクール・ヘルメスだ。特定の職業には就いていない。
ある時は商店の軒下に立って客の呼び込みをしていたし、ある時は大学の教授もしていた。
物乞い、政治屋、盗人、裁判官、販売員、学者、使用人。葬儀屋をしたこともあれば医者をやったこともある。
金持ちと貧乏人を掛け持っていたこともあった。君は私をいたるところで見かけることができるだろう。
要は必要に応じて何にでもなる。今は物書きというわけだ。
さて、この本を読むにあたって、まず初めに世界と宇宙について話しておこう。
ここで私の言う『世界』とは一般に言う『世界』とは少し異なる。
世間、世の中、君の生活する環境、地球上の全ての地域や国家。君の考える『世界』とは恐らくこういうものだろう。大きく考えても君の『世界』とは一定の宇宙空間内に収まる。
つまり君の考える『世界』は自分が認識している人間を中心とした社会の全体像に過ぎない。しかし、私の『世界』は君の全く認識外の領域のことを指す。出来るだけ短く公式的に示すとこうだ。
「世界とは、同じ法則が全ての座標に対して等しく作用する空間である」
存在する全てのものには超えることの出来ない限界点がある。
それは様々な法則がこの世界に存在し、作用しているからだ。同一世界上に存在する物質法則はどの座標系に対しても同じ形に表される。表現する座標を変換しても形は変わらず、全てのものに対し対等である。
例えば、地球上には引力や重力などの様々な物理法則が働いている。それゆえ人間は時速1600㎞で自転する球体の上に立っているにも関わらず、宇宙空間に投げ出されることはなく、また他の動力を借りずに自力で宙に浮き上がることも出来ない。
これは北極だろうが自宅の一室だろうが、地球上のどこの地点においても、またどんな座標(物質)に対しても万有で平等に作用する。これらの様々の法則が等しく且つ、相互的な関わりを持って作用する空間範囲、それが私の言う『世界』の区分だ。
しかしこれではまだまだ分かりにくいだろう。先ず、『世界』について簡単に説明しよう。
『世界』とは縦、横、高さ、の移動自由点によって構成されている三次元空間である。
時間と空間は別々のものではなく、互いに結び付けられて相対的に四次元の空間を構成している。四次元空間の中に三次元空間があって我々はその両方に存在しているのだが、三次元空間しか感じることができない。
これは四次元空間自体が時間という物理法則の本体だからなのかもしれない。タイムマシン理論はこの四次元空間を曳航することによって、いかなる過去の『世界』にも未来の『世界』にも行けるというものである。私も三次元空間と四次元空間のセットが一つの『世界』だと考えている。
この『世界』の数は一つではない。君の住む『世界』以外にも数多くの『世界』が存在する。
それら『世界』は多種多様だ。若い世界、老いた世界、文明の発達した世界、未開の世界、何もない世界、あるいはその運命を終えて朽ちていく世界。その数は私が把握しているだけでも天文学的数字になる。
それらの世界はお互いの領域を侵すことなく共通の空間を漂っている。
私は各世界を包むこの空間を『
この『
しかし、私はこれを『宇宙』と呼び『世界』とは区別する。
なぜならばそれは全ての『世界』がこの『宇宙』の一部であることと、全ての世界と唯一共通する法則を持っているからだ。さらに正確に言えばこの『宇宙』という空間はその一つの法則のみに支配されているのだ。
その『宇宙』に唯一存在する法則とは『概念』である。
この『宇宙』は大きな一つの概念なのだ。この『宇宙』には概念しか存在しない。さらに言えば、四次元空間のさらに外側に存在する『宇宙』には距離も面積も時間も存在しない。
つまり、時間からさえも遮断されたこの『宇宙』は次元というものによって構成されていない。
言うならば、無次元空間、というわけだ。
次元が存在しないということは移動自由点が存在しないということであり、空間として形成されている以上、本質はそこに存在しているのだが物質としては存在していない。
――だが決して『宇宙』は無の空間というわけではない。
非常に理解し難いと思うが『世界』が「視覚化、物質化された見せかけの空間」であるのに対して、この『宇宙』は「視覚化、物質化されていない本質的空間」なのだ。
この物質の本質が『概念』である。『宇宙』はこの概念によって構成されている。そこに漂う『世界』とは大小様々な概念の塊、つまり『宇宙』の中で世界は物質として存在していない。
では、なぜその概念の塊でしかない我々の『世界』に存在というものがあって、実際に我々はこうして存在しているのか。
それは存在という法則もまた概念だからだ。
概念である各『世界』の中に存在という概念実体化法則があることによって、『宇宙』では形のない概念も世界の中では形のある物質として存在する。
法則と概念、この二つは一見矛盾しているようで、それぞれが主体的に働き、関連して初めてその存在が意味を成す。概念とは全てのものの根源であり、『宇宙』から見れば私も君も一つの概念であると言える。
この『宇宙』を一つの炉として考える学者も多い。この無次元空間は物質的に存在していないのにも関わらず、膨大なエネルギーを生産する永久運動機関であり、それによって『世界』に概念と存在を供給し続けている。
時間すら存在しないこの『宇宙』に、そもそも始まりというものがあったのかどうかは分からないが、この『宇宙』における『世界』の生成は常に起こっている。『世界』が増え続けると『宇宙』がパンクしてしまうように思うのだが、その心配は全くない。
その理由は三つ。
まず、先ほども述べたように、『宇宙』は無次元空間であるため、面積や距離という法則が存在しない。
二つ、『宇宙』には時間という法則も存在しないから、我々の世界で言う一秒という単位はここでは全く意味を成さない。
最後に、『世界』が誕生するのと同数の『世界』が同時にどこかで消滅しているからだ。
――ということは『宇宙』内の『世界』の絶対量は常に一定で変化がないということになる。同時にこれは『宇宙』内の概念の量も一定であることを示唆している。
正確に言えば『宇宙』は何らかの意志によって、概念の総量を一定に保つために『世界』の数を調整しているということだ。
例えば、ある『世界』が消滅すると、その『世界』を構築していた法則は宇宙に放たれて無数の概念に分解される。分解された概念は再び無作為に構築され新たな法則となり、それら法則が集まって新たな『世界』が生まれる。
ここで重要なのは新しく生まれた『世界』を構築しているのは古い『世界』の
『宇宙』以外の全ての『世界』に働く時間という法則は滅びの代償として進歩を与える。
新たな『世界』は古い『世界』の影響を少なからず受け継ぐ。このことから『世界』は消滅と分解と結合を繰り返し確実に進化している。
しかし、全ての『世界』は滅びの運命にある。
熟しすぎた『世界』は、腐って他の『世界』に影響を与える前に、自らの外殻・保護膜である時間という四次元空間を消去する。あるいは時間というものにも定められた寿命が存在するのかもしれない。
時間法則から開放されると全ての事象が停滞してしまう。停滞するということは永遠であるということ、つまり『宇宙』と同一化するということだ。これが先ほど述べた『世界』消滅の強制システムだ。
私はこの『世界』による自然死を『
このプログラムは『世界』にだけ作用するのでなく、全ての存在物に組み込まれているのだ。実際に、消滅していく世界の八割はこの自然死によるものだと推測される。
では残りの二割の消滅とは何か。
それは時間による自然死ではなく、概念の流入限界による『世界』の破裂だ。
先程、『宇宙』には面積という物理法則がないためにいくら『世界』が増えてもパンクすることはないと述べたが、『世界』の場合は違う。
全ての『世界』にはあらゆるものに限界という法則が作用するため、その広さも大きさもまた限られている。つまり『世界』という空間内に『宇宙』から流れ込む概念には限界量があるということだ。その飽和状態をわずかでも超えてしまうと、限界を超えた『世界』は破裂し、その中に詰まりに詰まった概念は『宇宙』に再放出される。
この、全ての概念が『宇宙』という枠の中で絶えず消滅と誕生を繰り返し、生死流転する循環システムを『輪廻転生(リーインカネイション)』と言う。
『絶対意志(アドソルティッド)』と『輪廻転生(リーインカネイション)』。これらは実に素晴らしい自然摂理だ。
滅多にないことだが、一つの『世界』に概念が過剰に流れてしまうことがある。これは『宇宙』における概念総量の均衡が崩れてしまうことを意味する。
本来ならこの時点で『世界』は自ら概念供給を断ち自己死するのだが、人為的な妨害などによってこの『輪廻転生(リーインカネイション)』が正常に作動しない場合がある。
究極に過剰進歩した、愚かで傲慢で偉大な種族は自分の肉体や生活環境の改良だけでは飽き足らず、『世界』そのものに改造を加えて、その限界概念量を無尽蔵のものとしようとする。―――つまり「永遠」を神の手中から奪おうとするのだ。
もし、『世界』の概念容量に制限が無く、一つの『世界』に概念が流れ続けると、概念の総量を保とうとする『宇宙』は他の『世界』を消滅させ、そこから足らなくなった概念を補おうとする。
しかし、この補充された概念もこの一つの『世界』に奪われてしまうと、さらに不足分を補おうとするために『宇宙』は次々と他の『世界』を消滅させる。この悪循環が続くと最後には『宇宙』は丸々と肥大した一つの『世界』によって占められる。
つまり全ての概念がその『世界』に流れ込んでしまい、『宇宙』には一つの概念もなくなってしまう。概念という法則によって成り立つ『宇宙』から概念がなくなってしまうということは、『宇宙』が崩壊するということに他ならない。
当然、肥大した『世界』も概念の供給源を失い『宇宙』と共に消滅してしまう。
これは最悪の終わり、本当の意味での『終焉』だ。
全てが無に還り、絶対に再興することはない。
このような事態を回避するために全ての『世界』には限界という法則が存在する。
『世界』に住む生命体がその限界を超える技術進歩を得るより前に、『絶対意志(アドソルティッド)』によって『世界』は自己死する。よって永遠という法則はいずれの世界にも存在し得ない。
……おっと、だいぶ話の主題からそれてしまったようだ。またまた失礼、これは私の悪い癖だ。
さて、ずいぶんと長尺になってしまったが、世界と宇宙に関する講義が終わったところで本題に入ろう。
これから私はある世界で起こった出来事について記したい。
その世界は十の惑星と二つの銀河系で構成されている。我々が言うところの世界成長初期にあたる、真に小さき世界だ。
しかし、そこにはちゃんとした知的生命体が住んでいて、彼らには深い歴史がある。
だが、それを語る前にまずその世界に名前をつけねばならない。
――そうだ。無機質ではあるが、これと言ったネーミングも思いつかないので、その世界を『五十六番目の世界』と呼ぶことにしよう。
私は歴史の書記官であるから妙に凝った名前をつけて感情移入しすぎるのもよくないだろう。
いやいや、56という数字に自体に大した意味はないよ。
ただ、私の誕生日が五月六日でね。
三十三番目の世界、第一万十三銀河『太陽系』、第四惑星『地球』の住人
書記官 エルクール・ヘルメス・トート・アウスギストス
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