名探偵ロリポップ・キャンディと角砂糖七子の推理

小町紗良

第壱話

 突然だが、諸君はデタラメ共和国をご存知だろうか。北大西洋のどこかにあるとか、南太平洋のどこかにあるとか言われている、出鱈目な都市伝説の島国である。


 しかしその国は確かに存在しており、運が良いとGoogle Earthで姿を確認することができるのだ。島はハートマークのような形をしており、その中央には陸地を東西に分断する川がジグザグな線を描くように流れている。面積は凡そ、ニッポンの北海道と同じぐらいだ。


 デタラメ共和国の首都・こなごなシティ。東部の中心に位置する街だ。人間が欲するもの全てが手に入り、全てのものが指と指の隙間からすり抜けていく、混沌とまやかしの地。都会に来れば何か素晴らしいものを掴みとることが出来る――そう信じる者達がつくり上げた、スリルとアドベンチャーとハードボイルドとラブロマンスとファンタジーとコメディとカルチャーショックが溢れる夢の街にキミもおいでよ!


「バッカじゃないの」

 吐き捨てるように呟き、少女はテレビの電源を落とした。諸外国で放映するために政府が作製したというデタラメ共和国の観光プロモーション映像は、見るに耐えない出来だった。


 ビロード張りの猫足チェアに深く腰掛けて足を組み、大きな欠伸をする彼女こそ、ロリポップ・キャンディである。十七歳のおしゃまで高飛車な少女だが、このあたりではちょっと有名な探偵なのだ。

 ワインレッドの豪奢な巻き毛に、するどい眼力を放つ猫のような瞳、そして左の目尻に並ぶ二つの泣きぼくろ。どんな絶世の美女も持ち得ない、独特な気品を湛える彼女にひと目出会えば、二度とその存在を忘れられなくなるだろう。


 そんな名探偵ロリポップ・キャンディは、今とても退屈している。近頃の調査依頼は、彼女を満足させるほどのスリルやアドベンチャーやハードボイルドやその他もろもろに欠けるものばかりだった。どうしようもないヒモ男の浮気尾行調査、行方不明のペットのカブトムシの捜索、校長の銅像に鼻毛の落書きをした生徒の特定……昼寝をしているほうがマシだと思えるほどに、キャンディは飽き飽きしていた。


 今日も朝から電話の前に張り付き、いつか来るかもしれない頭脳を刺激するような素晴らしい依頼を待ち続けている。が、時刻はすでに午後のティータイム。いい加減諦めるべきだろう。バルコニーで植木の手入れをしている助手を誘って、どこかケーキが美味しいカフェにでも出掛けようかしら……などと思案していたその時、電話のベルが鳴り響いた。




「お久しぶりです、キャンディ君、角砂糖君。ご足労ありがとう」

 名探偵ロリポップ・キャンディとその助手である角砂糖七子を呼び出したのは、こなごな警視庁のカフェ・ラッテ警部だ。物腰柔らかなロマンスグレーの紳士だが、その穏やかな人柄からは想像がつかないほどの手腕の持ち主である。背が高く細身で、三つ揃いが良く似合う。


 キャンディは糊の効いたブラウスにナポレオンジャケット風の黒いビスチェ、ペチコートを仕込んだ薔薇色のスカートを纏って事件現場に現れた。これは彼女の仕事服、つまるところ探偵服というやつである。

「ごきげんよう、カフェ・ラッテ警部。毎度ロリポップ・キャンディ探偵事務所をお引き立て下さり、感謝いたしますわ」

 キャンディはそう言ってスカートの裾をつまみ上げ、恭しく一礼した。彼女の助手、角砂糖七子もそれに続いて敬礼する。


「警部、お疲れ様です。本件は凄惨を極める事件だとお伺いしましたが、どんな難問も私たちにお任せ下さい」

 張りのある声で高らかにそう宣言した七子は、現場の誰よりも凛々しい表情を浮かべていたが、現場の誰よりも浮いていた。

黒髪ぱっつん姫カットで、キャンディとは対照的なとろんとした垂れ目の彼女は、男ウケが良い。「もっとウケれば有名になって仕事も増える」と考えたキャンディにより、彼女は仕事時、ラベンダー色のセーラー服の着用を義務付けられているのだ。安っぽい生地で安っぽい作り、短すぎるスカートのコスプレ衣装だ。大きなリボンで結い上げたツインテール、首から下げたファンシーなキャラクターのポーチに黒のニーハイソックスで地雷女フルコンボである。そんな彼女が、普段はシンプルな服装を好み、休日には場末のバーでナッツを摘みながらひとり酒を呷る成人女性であることを知る者は少ない。


「名探偵殿。さっそくですが、事件の状況をご説明しましょう」

 殺人事件の現場となったのは、街のメインストリートに程近い場所に佇む、小さな貸家だった。白昼堂々と行われた犯行は、あまりにも残虐非道で惨たらしく、捜査に駆り出された警官たちは一様に言葉を失っていた。


 被害者は双子の姉妹であるアップル・タルトとキャラメル・タルト。自宅のダイニング・ルームで死体となって発見された。

部屋の中央にある円盤状のテーブルの上には、大量のスイーツが散乱していた。マカロンタワーが倒壊し、アフタヌーンティーのスタンドがホールサイズのショートケーキに突き刺さり、スイカをくり抜いた器からはフルーツポンチがぶちまけられ、ピンク色の苺ミルクと混ざり合い、ババロアかゼリーかわからないものがぐちゅぐちゅになり、室内には無尽蔵に甘い香りが立ち込めている。


姉のアップルはチェストにもたれ掛かるようにして息絶えていた。左の眼球にスプーンがざっくりと突き刺さっており、チェストには大量の血液が付着している。

妹であるキャラメルは、テーブルの上に散乱するスイーツに顔をつっこんだ状態で絶命した。口の中にはマカロンが大量に詰め込まれており、首筋には爪の痣が残っている。


第一発見者は、姉妹から注文を受けてチョコバナナ生クリームカスタードピザを届けに来た、ピザ屋の配達員、マルゲ・リータだ。来客用のベルを鳴らしても返事が無く困っていると、女性の怒号や悲鳴、物が倒れるような大きな音が聞こえてきた。タダ事ではないと感じドアを蹴破ったが、その時にはすでに姉妹は倒れていたという。


マルゲ・リータに続き、貸家の大家である赤井花奈が騒音を聞いて駆けつけた。姉妹が暮らしていたのは貸家の2階部分で、花奈は1階に居住している。しかし、姉妹が揉めるような声は聞いていない。以前の2階の住人がオーケストラのトランペット奏者で、壁を防音性の優れているものにリフォームしてそのままになっているらしい。タルト姉妹は普段から仲が良く、喧嘩をしている姿も見たことがないそうだ。


「玄関や窓にはすべて鍵がかけられていて、室内に人が侵入できるような排気口や煙突などもありません。つまりこれは……密室殺人なのです!」

 カフェ・ラッテ警部は気迫溢れる表情で言い放った。


「なるほど……少々面倒な事件のようですわね」

 キャンディはそう呟き、七子に目配せをした。すると、七子はどこからともなく茶色の平べったい木箱を取り出した。彼女が蝶つがいを外して箱を開くと、一本のぐるぐるキャンディが現れた。ロリポップ・キャンディが不敵な笑みを浮かべてぐるぐるキャンディを手に取ると、現場に居合わせた七子とラッテ警部以外の全員が「おお……!」とどよめく。

そう、これがロリポップ・キャンディを名探偵たらしめる所以である。彼女の推理力は、ロリポップ・キャンディを口にすることで覚醒するのだ。


 ところで、諸君は「こんな事件は『相棒』の米沢さん的な人が調査すればちょちょいのちょいで解決やろ」とお思いではないだろうか? デタラメ共和国には、鑑識や検視の能力がある警官は片手で数えられるほどしか存在しておらず、マジで意味のわからない怪事件や、被害者が金や権力を持っている場合にしか動かないのである。その技術は門外不出、何か裏があるのでは……と踏んでいる警察関係者も多いが、とりあえず今そんな話はどうでもいい。

 で、あるからにして、デタラメ共和国では探偵の捜査協力が盛んなのだ。

 

ロリポップ・キャンディはぐるぐるキャンディを舐めながら、テーブルの周りをゆっくりと歩いた。厚底ヒールのストラップシューズが、床に飛び散ったスイーツの残骸を踏みつけていく。ぐるり一周してから、警部に姉妹の死体に触れる許可を求めた。

 殺人現場で死体に触れることを許されているのは、現場の指揮官と、警視庁公認の探偵のみである。他の警官たちは事務的な捜査をこなすに過ぎない。ラッテ警部は非常に優秀な人材であったが、どういうわけか指一本たりとも死体に触れようとしない。ヨゴレ役が嫌なんだとか潔癖症なんだとか囁かれているが、キャンディと七子は彼が何かしらの深い事情を抱えているのだろうと思い、詮索することはなかった。


 キャンディが黒い手袋、七子が白い手袋をした手でじゃんけんをする。七子が負けたので(キャンディが後出しした)、アップルの目に刺さったスプーンを引っこ抜くことになった。悲惨な死に顔の乙女を目の当たりにし、手を組んで神に祈りを捧げる。親指と人差し指でスプーンの柄を掴み、名状しがたい感触と音に顔をしかめながら、ゆっくりと引き抜く。


「警部! キャンディさん! これは苺潰しスプーンです。スプーンで目を突かれたら何にせよ相当の苦痛を伴うでしょうが、この苺を潰すためのいぼいぼはどう考えてもノーマルなスプーンよりヤバイです」

 七子の言葉に、警官たちが左目を抑えながら「目がぁ~」と叫んだ。デタラメ共和国にもジブリ作品は浸透しているのである。それにしても不謹慎な連中だ。


「犯人は彼女によほどの恨みがあったに違いありません。そうでなければ、こんな真似は出来ないでしょう」言いながら七子はアップルの肩を掴み、彼女の後頭部を確認する。「横一文字に大きな傷があります。チェストに付着した血液を見た限り、このチェストの縁に強く頭を打ちつけたものだと思われます」


 キャンディは白目を剥いて死んでいるキャラメルの顎を掴み、口の中を覗き込んたが、唇からはみ出すほどにマカロンが詰め込まれていることしか分からなかった。それから首筋の爪跡をまじまじと見つめ、なるほど、と呟く。「この爪痕は犯人のものではなく、ガイシャ本人のものと見ていいでしょう。首を絞められれば、誰だって必死で抵抗しますわ。犯人の手を解こうと力をこめたことにより、自らの首を傷つけてしまうの。ただ、このマカロンが不可解ね。どうしたらこんなに詰め込めるのかしら、首を絞められて必死で呼吸をしようと口を開けたところに捻じ込むにしても、吐き出すことぐらいできるんじゃないかしら? それとも、犯人は複数犯……」と、キャンディが考えを巡らせていると、黙って成り行きを見守っていた大家、花奈がヒステリックに叫んだ。


「犯人はこの男に決まってるわ!」彼女はピザ配達員、マルゲ・リータをビシッと指差す。全員の注目がリータに集まり、彼の顔はさっと青ざめた。

「待ってください! 俺はただの発見者です、お亡くなりになったふたりとは何の接点もありません!」

「ベルを鳴らしても誰も出てこないのをいいことにドアを破って進入し、金目の物を盗むつもりだったんだわ。ピザ屋のバイトの時給なんてタカが知れてるからね、魔が差したんでしょ。それで入ってみたら姉妹が居たから、口封じに殺ったのよ! 2人の声が聞こえたなんて嘘だわ!」

「ちょっと奥さん、何を根拠に言ってるんすか? そもそも俺は正社員です、金に困ってなんかいません。防音だか何だか知りませんが、俺は確かに2人の声を聞きました。そんな必死の形相で根も葉もないこと言ってる奥さんこそ犯人じゃないんすか、もしかして刑事さんたちが見つけてないだけで、どこかに1階と2階を繋ぐ隠し階段でもあるんじゃないですか?」


 花奈とリータの不毛な言い争いはしばらく続いた。ラッテ警部が優しく2人を諭そうとしたが、花奈が「この童貞! スットコドッコイ! オタンコナス! 金髪豚野郎!」などとと幼稚な悪口を言いはじめた。彼女に掴みかかろうとするリータを警官たちが羽交い絞めにし、てんやわんやである。


 キャンディはそんな状況下でも、ダイニングルームの隅でぐるぐるキャンディを咥え、目を閉じて瞑想する。キャンディはこの状態に入ると驚異的な推理力を発揮し、事件を解決に導くのだ。七子も彼女の側で首を傾げて思考していたが、キャンディが超絶ハイパードチャクソ集中モードに入ったことに気付くと、邪魔をしないようにそっと側を離れた。キャンディの頭脳の真価を発揮させるためには、静かな環境をつくらねばならない。


名探偵ロリポップ・キャンディの忠実な助手、角砂糖七子は警官たちに混じり、いまだなじり合う目撃者を静めようとした。しかし、割って入ってきた彼女に対し、花奈が「アンタは黙ってなさいよ! そんな頭も下半身もゆるそうな服着てるオンナが人様の役に立てるハズないのよ!」と噛み付いてきた。悲惨な死体と向き合うのも臆せず、冷静そのものの七子だったが、その言葉を聞くや否や、大きな瞳からぶわっとライヘンバッハの滝の如く涙が溢れ出した。この服装、けっこう気にしているのである。

「ひどい! 私だって好きでこんな格好してる訳じゃないんですよ、キャンディさんがこっちの方が萌え萌えキュンなかんじでウケるから着ろっていうから従ってるまでです! 私だって私だって、ゆくゆくは独立して立派な弁護士になるんですから! そりゃあまだ未熟ですよ、年下の上司のもとで働いてるぐらいですし自覚してます! 私は、彼女から学ぶことはすごく大きな意義があるって思ってるから、どんな無茶振りにも耐えてるんです! 別に! 誰からも理解されなくたって! 私は平気です!」


 七子は涙と鼻水を垂らしながら、花奈よりもリータよりもうるさく喚いた。ラッテ警部が七子の背中をさすってなだめる傍ら、目撃者のふたりの言い争いはまだ続けられていた。

 キャンディは全く推理に集中することが出来ず、キャンディをガリガリと噛み砕く。イライラした時の彼女の癖だ。ぐるぐるキャンディを完食し、キャンディの奥歯がプラスチック製のスティックを噛み締めた瞬間、それが起爆装置かのように怒鳴り声を上げた。


「だまらっしゃい! あなた方には慎みというものが無いのかしら? 尊い命が奪われてんのよ、人が死んでるの! それなのにどいつもこいつも自分のためにギャーギャー騒いでバッカじゃないの? 恥を知りなさい!」

 キャンディの一喝により、その場はしんと静まった。目撃者のふたりはバツが悪そうに口を閉ざす。正気に返った七子はすぐさまキャンディの元に駆け寄り、深々と頭を下げて謝罪した。


そして首から下げたポーチから二本目のロリポップ・キャンディを取り出し、年下の上司に渡した。キャンディは物事に集中すると血糖値が著しく低下し、激しい苛立ちと手の震えが止まらなくなる奇病、シュガーロス・シンドロームに陥っているのである。新たなキャンディを手にしたキャンディは落ち着きを取り戻し、咳払いをした。


「状況を考えるに、これは姉妹同士で殺し合ったものと見る他無いでしょう。なんらかの揉め事が起きて……まず姉のアップルさんが妹のキャラメルさんに掴み掛かった。必死に抵抗するうちに、姉の手を剥がそうとしていたキャラメルさんの手は、テーブルの上に凶器が無いか手探るの。そうして苺ミルクを作るのに使った苺潰しスプーンを掴んだ。最後の力を振り絞って姉の目にスプーンを捻じ込んだ後、キャラメルさんは息絶えた。あまりの激痛によろけたアップルさんは、揉み合ううちに床に飛び散ったスイーツに足を滑らせて転倒、チェストにしたたか頭を打ちつけ、そのまま死亡。その間にリータさんが部屋に飛び込もうと奮闘するも、あえなく……という具合だと推察致しますわ」


「でも、原因はなんだって言うの? 私は大家に過ぎないけれど、ふたりとはまるで親子のような関係を築いてきたわ。本当にいつも仲良しで、ニコニコしてて……そんな子たちが殺しあうなんて、信じられない」

「赤井さんの仰るとおりだよ、キャンディ君。仲睦まじいはずのタルト姉妹が、何故こんなことに」


「ラッテ警部、それは――」人差し指を立てて澄ました表情でそう言い掛けたキャンディだが、ぶっちゃけ原因まで考えていなかった。真実をきれいサッパリ暴いてこそ名探偵、適当なマネは出来ない。苦し紛れに七子を見やるとばっちり目が合った。


「これです」七子は後ろ手に隠し持っていたふたつのスマートフォンを掲げて見せた。

「ふたりのLINEのアカウントを覗き見したところ、ガム・シロップという男性が姉妹共通の友人……いや、恋人のようです。双方のトーク履歴の内容から察するに、シロップ氏は二股をかけていたのでしょう。最新の履歴では、まずアップルさんがシロップ氏に『妹とのお茶会超ダルい(笑)』という内容を飛ばしたのですが、何かのミスでキャラメルさんをトークに招待してしまったようです。キャラメルさんはばっちり既読。そうしてキャットファイトへ……という事でしょう。マカロンはやけ食い。どんな女の子も恋が絡めば、獰猛な怪物に変化してしまうものですわ。カフェ・ラッテ警部、コレを証拠として提出致します」


 そうして、捜査をタルト姉妹の恋人であった男ガム・シロップへの事情聴取へと導いた角砂糖七子は、満面の笑みを浮かべていた。ほっと胸を撫で下ろしたロリポップ・キャンディに、ぱちりと一瞬、ウィンクを見せて。




「今回も退屈な事件だったわ。警部が死体に触ることが出来たら、さっさと解決できたはずよ」

 捜査協力後、キャンディと七子はコンビニで買ったコロッケを食べながら帰路についた。キャンディは推理中、ずっとキャンディを舐めているので、仕事が終わると決まってしょっぱいものが食べたくなる。

「そうですね。でもまあ、警部に頼られてるんですよ、私たち。良いじゃないですかそれで」

 コロッケを食べ終えると、七子はツインテールのリボンを解き、黒く美しい長髪を夕方の風になびかせた。泣き腫らした彼女の目は充血し、まぶたは腫れぼったくなっていたが、その横顔は清々しい表情を浮かべていた。

「七子、あなたそんなんじゃあいつまで経っても一人前の弁護士になれないわ。現状に満足しちゃ駄目よ、向上心を持ちなさい」

「分かってますって。でも、キャンディさんだって私がいないと困るんじゃあないですか?」

 年上の部下にニヤニヤしながら言われたロリポップ・キャンディは彼女を叱ろうとしたが、今日の七子の活躍を思い、押し黙った。


「七子、今日はありがとう。私もまだたまだツメが」甘かったわ、と続くはずだったキャンディの言葉を、耳をつんざくような七子の叫び声が遮った。

「キャンディさんの巻き毛の中に!」

 七子がおもむろにキャンディの髪の毛の中に手をつっこみ取り出したのは、世間を賑わす大怪盗にしてロリポップ・キャンディ最大の宿敵、そして彼女の兄である――コットン・キャンディの犯行予告状であった。それを目視した瞬間、キャンディは七子以上に品の無い叫び声、というか雄叫びを上げた。

「キャンディ家の面汚し、許すまじ! 絶対に次でカタをつけてやるんだから……決戦の地、ライヘンバッハの滝でな!」


 どうする、ロリポップ・キャンディ! ライヘンバッハの滝がある国スイスは遠いぞキャンディ! けれど助手の涙ならライヘンバッハの滝を作り出せるかもしれないぞキャンディ!

 名探偵ロリポップ・キャンディとその助手、角砂糖七子のスリルでアドベンチャーでハードボイルドでその他もろもろの日々は、まだまだはじまったばかりである。

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