智将の切り札

 ホークとファル、ラトネトラと、正規軍のドワーフ、義勇軍の犬人たちは、山中を走り回ってラーガスの本体を探す。

「くそ……魔王軍最大勢力の大将だけあって、こっち側に姿を直接見た奴がいないってのが地味に痛いな」

「こういう攻勢の時でなければ近づくこともできないでしょうからね……」

「ラトネトラ。なんか魔法みたいなのであいつの気配を探れたりしないのか。ネクロマンシーの痕跡とかから」

「フワフワしたことを言うな。……強力な使い魔を一体二体というならともかく、あの数を使役しているとなると気配が拡散し過ぎて特定できん」

「ええい、とことん面倒な奴だな!」

 犬人の一人が、ラーガスのものと思われる上等なローブを身に付けた者を見つけ、斬り伏せることに成功していたが、その中身はただのゾンビだった。

 これまた死にたての死体で、動きが比較的生身に近かったのも災いして、倒すまで気付かなかったのだ。

「今のラーガスは単なる兵士か……あるいは一般市民の服を着て逃げてると考えた方がいいのか」

 呟くホークは、木陰からズルリと出てきたゾンビを乱暴に前蹴りで蹴り倒してから首を落とす。

 一回“祝福”を使ってしまったので、体力が消耗している。動きの遅いゾンビ相手といえども、華麗にスパッとやれるほど体にキレが出ない。

 ドルカスが横から手伝うようにゾンビの腕を踏みつけつつ、少し焦りを感じる口調で警告する。

「おい、グズグズもできんぞ。ラーガスの切り札はゾンビとあのバケモノかもしれんが、そもそもにして奴は圧倒的な軍勢を引き連れてるんだ。そいつらがここに集まって来たら、さすがに犬人の数がいてもどうしようもねえ」

「ラーガスが智将なんて呼ばれてたのも、おそらくゾンビで命令を伝達することでパリエスみたいな真似ができたから、なんだろうな」

「基本的に魔王軍の将なんて力押しの脳筋野郎ばっかりだ。小賢しい手を使えるだけで智将の資格アリといえるかもしれねえが」

「考えてみりゃ、今のところ奴にとっての痛手はあのデカブツだけだ。ゾンビは腹の痛まないところからいくらでも素体を持って来れるから、時間さえあれば替えが利く。今仕留めきれなきゃまずいな」

「そういうこった」

 ドルカスに手を借りて立ち上がりながら、ホークは周辺の山野を見渡す。

 ゾンビの素体は戦死者からも、なんならこちら側の死者からだってピックアップできる。先ほどの大規模戦闘はファルのおかげで圧勝と言える出来だったが、被害は完全なゼロではない。

 戦いが長引けば長引くほど、ホークたちにとっては不利が積み重なる。満足に休むこともできない。

 こんな時にレミリスやロータスがいれば、と、強がって少数で作戦を決行したのを少し後悔する。レミリスなら使役術の知識でラーガスの特定にいい手を思いついたかもしれないし、ロータスなら長年の知恵と勘でラーガスに辿り着けたかもしれない。

 だが、ないものねだりをしても仕方がない。

「……ったく、俺の戦いはいつもないない尽くしだ」

 ホークは自分の中の“祝福”の実感を意識しながら捜索を再開する。

 あとほんの少しで“吹雪”も回復する。今回は多数の敵に囲まれることが多く、一発技は活躍の機会が少なそうだが、切り札があるに越したことはない。


       ◇◇◇


 ラーガスはゾンビの中に紛れている。それも、ホークたちを最初に襲撃した坑道のゾンビたちの中にだ。

 普通なら悪臭と死体への嫌悪で四半刻と耐えられはしないが、ラーガスは当然ながらゾンビに囲まれるのは慣れていた。

 まさか、こんなところに追ってくることはあるまい。

 念のため、ラーガス本人だと勘違いされそうな、デコイのゾンビを数種類用意しておいたのも功を奏した。きらびやかな服を纏ったもの、いかにもな魔術師然とした恰好のもの……毛を剃り落とした獣人などという変わり種も、相手の偏見によっては「ラーガス」に見えるかもしれない。

 本物のラーガスは痩せた小男で、他の魔王軍将のような風格は全くない。用心深く、他の将との顔合わせの際にもフードをかぶせたゾンビを代役に出していたほどで、今でも魔王軍の兵士たちでラーガス本人を指し当てられるのは何人といないだろう。

 そんな臆病ともいえる彼のことを他の眷属たちは大いに嘲笑ったが、魔王本人、そして知能の高い幾人かの創造体は彼の知恵の深さに信頼を置き、また兵たちも、剛腕と恐怖で従わせる将より、ゾンビ越しとはいえ話の通じるラーガスの方を選んだ。

 だからこその傘下創造体の多さ、だからこその兵数である。

「バルダーが殺られるなんて、ねェ……一体何がどうなったのやら……ゾンビの腐った耳目じゃ起こったことの詳細もわかりやしない」

 ゾンビたちが蠢く中、ブツブツと呟くラーガス。間延びした口調はゾンビの腐りかけた舌に合わせたもので、本来それほどおかしな喋り方をする男ではない。

「魔剣か……いや、あの小僧がやったような素振りをしていたな……だが短剣一本でバルダーの首を落とす? 非現実的すぎるだろう。あれが名のある魔剣っていうなら話は別だが……それならロドニーやベラスだって一瞬だったんじゃないかねェ」

 そして……ニヤリと笑う。

「そうそう。ロドニーにベラス……さっくり殺られちまったのは残念だが、アレがあったよねェ。もうちょいと熟成させてから使う気だったが……全くいい土産を持ってきてくれたもんさ」

 地の底で、闇の智将がほくそ笑む。

「吾輩を一時とは言え追い込んでくれたご褒美といこうか」


       ◇◇◇


 木の上に犬人を登らせ、見張りにする。

 どちらかというと犬人は嗅覚による索敵能力が優れている種族なのだが、ドワーフは木登りはてんで駄目、ホークやメイやラトネトラがそんな真似をしている余裕はない。体が軽いおかげで細い枝でも木が折れづらいのも利点といえた。

「敵の軍勢がこっちに来るようなら、蛇で教えてくれ。犬笛でもいい。俺には聞こえないが」

「わかりやしたー」

 犬人はホークに手を振って応える。

「そういや、あの笛ってファルは聞こえないのか」

「聞こえると言えば聞こえるのですが……ファルネリアとして生活していた中で意識しない領域の音なので、急に聞こえても耳鳴りと区別がつかなくて」

「そういうもんか」

 ラトネトラには聞こえないとのことだった。長い耳でも一概に性能がいいとは限らないらしい。

「しかし、2マイル四方って言っても広いよな……」

「そうですね……山の中ですし、敵を気にしながらですしね」

「言いたくねえが、逆転の一手が欲しくなるもんだ。魔剣で何とかならねえか」

「魔剣は攻撃するものですよ。……いえ、『シールド』とか『ゴールドウイング』のようなものもありますが」

「魔術師探知の魔剣とかあるなら欲しいぜ」

「……仮にあったとしても、それを私たちが持っていたら、レミリスさんやパリエス様にずっと反応してしまうのでは」

「そこはこう……なんとか都合よく」

 無駄話をしながらもホークたちは山の中をガサガサと歩く。

 ただの山狩りなら、1000人も犬人がいるのだから難しくはないかもしれない。

 だが、いつ敵の増援が集まってくるかわからない……それも8万だ。薙ぎ払って追い続けるには無理があり過ぎる。

 薄氷の優位といえる状況の中、味方をどこで引かせるか、ホーク自身はどう動くか……難しい状況だった。

「リトル。まだ連絡は繋がってるか。パリエスは無事か」

「かいじんマスクド・ディアマンテさまは……ええ、なんとかぶじです。れんらくしますか」

「戦闘が終わってるんなら呼びたいところだけどな。レミリスでもいい」

「せんとうはおわりました。ガルケリウスはちぎれとびました」

「……何?」

「でも、レミリスさんはしんでしまいそうです」

「何だと?」

 二連続の不可解な報告に、どう反応すべきか迷うホーク。

 ファルも怪訝な顔をした。

「どういうことですか?」

「ガルケリウスは、えんぐんがねじってちぎってしまいました」

「何だそりゃ」

 ホークは、ガルケリウスを両手で捕まえて残虐に手足や翼をもいで捨てるドバルを思い浮べる。

 ドバルが味方になるはずはないが、ガルケリウスをねじって千切る体格の持ち主を他に思い浮べられなかった。

「それで、レミリスが死にそうってのはどういうことだ」

「ものすごくはやいちょうじんのそうぞうたいと、レミリスさんがたたかったそうです。なんとかかちましたが、そらからおちて、レミリスさんはちりょうちゅうです。しきょうさんのみたてでは、なおるまでみっかほどだと」

「……一応、生きてはいるんだな。しかもパリエス教会の連中が治してると」

 正直、悪い想像で心臓が暴れかけていたが、とりあえず助かってはいるらしい、と理解して安堵する。

「待って下さい。ホーク様」

「ん?」

「それって……レミリスさんが戦ったのって、イレーネさんが引き付けた創造体の片割れ、ですよね?」

「……多分、そうだろうな」

「……つまり、イレーネさんは……最終的に、負けた、ということになるのでは」

「はは、まさか……」

 ホークは一笑に付そうとした。

 あのジルヴェインとの戦いですら、イレーネは生き残り、何事もなくハイアレスに辿り着いていたのだ。

 何かの機転を利かせたとはいえ、大した攻撃魔術も持たないレミリスとチョロにやられる創造体に、イレーネが負けるなんてありえない。

 ……だが。

 創造体は二体で襲ってきていた。片方を仕留めた時点で、イレーネは負傷していたかもしれない。

 そして、ラーガスの手元にはあの巨大な龍頭を持つ“混龍将”もいた。まんまとおびき出されて、再び2対1になっていたら……そして、あの“混龍将”の戦闘能力が、ホークの思う以上に高かったら。

 イレーネとて無敵ではない。ドラゴンとの戦いでは勝利を確約できない一面も見せた。

 イレーネが……負けた、という想像。

 敗北し、嬲られ、惨たらしく殺された、という悪夢。

 ホークはそれを否定できなくなる。


 不意に。

 空が、暗くなる。


「……ホークさん、上っス! なんか飛んできてます!」

 いきなりリトルが下っ端めいた口調で喋り始めて混乱したが、一瞬おいてそれが見張りの犬人だとわかる。

 そして反射的に空を見上げると、そこには。


「イレーネ……」

「…………」


 イレーネが飛んでいた。

 虚ろな目で、一切の衣服を身に付けず、ただ、その豊かな乳房の間に、根を四方に伸ばしてグロテスクに蠢く茶色の瘤のようなものを付けた姿で。

「イレーネ!!」

 ホークは叫ぶ。イレーネは一切の反応を示さない。

 ただ、瘤が喋り出した。

「やあっぱりぃぃぃ……お前らの知り合いかぁぁぁい……? いいいい素材をくれてぇぇぇ……ありがとぉぉぉう……!!」

「ラーガスっ……てめえ、イレーネに何をした!!」

「吾輩ぃぃぃ……ご存知、ネクロマンサー……なんだけどねぇぇぇ……? さすがに死んじゃうとぉぉ……魔族もぉぉ……魔力使えなくてぇぇぇ……勿体ないからさぁぁぁ……生かしたまま操る術ぅぅ……実験させてもらってるよぉぉ……!」

「待ってろイレーネ、そんなもん……!」

「ばぁぁぁか……寄生体をもげばぁぁ……戻るとでも……思ってるだろぉぉ?」

 そこまで無反応だったイレーネは、急に糸で引かれるように腕を振り上げる。

 そこに生成される紫の魔毒を、驚く鋭さでホークに投げつけてくる。

 間一髪、それをファルが抜いた「シールド・改」の魔術無効フィールドが消滅させた。

「寄生体がぁぁぁ……心臓も脳味噌もぉぉ……半分かた……食ってるんだよぉぉぉぉ……? 取ったら死ぬにぃぃ……決まってるだろぉぉぉぉ?」

「っっ……!!」

「ヒャヒャヒャヒャヒャ……さぁて……勝てるかなぁぁぁ……? いいいい女じゃないかぁぁぁ……勝っちゃって……いいのかなぁぁぁ?」

 瘤が嘲り笑う中、イレーネは表情のないまま翼を打って敏捷に襲い掛かり、ファルに回し蹴りを叩き込んで10ヤード以上も吹き飛ばす。

 ホークは眼前にイレーネの顔貌を見た。

 額にもまたグロテスクな瘤をつけた美女魔族は、まるで彫像のように無表情のまま。

 振るわれるその腕は、ホークを一撃で死に至らしめるほどの威力のある手刀。


 迷ったまま、吹雪がホークの意識を塗りつぶしていく。


「……一体ぃぃぃ……なんだぁぁぁぁ? それはぁぁぁ……」

 イレーネの裸身がゆっくり振り向くと、ホークは10ヤード離れた地点で地に膝をついて回避完了している。

「…………」

 ホークは。

 歯を食いしばったまま、短剣の柄頭を握ったまま。

「……イレーネ……!」

 泣きそうな顔で、もう一度イレーネを呼んだ。

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