七騎当千
森に散開した敵は、本来とても厄介だ。
各個撃破すればいいとは言っても、どこから何人現れるのか予想がつかない。
巨大な攻撃力を持つ魔剣使いのロータスとファルは、敵が見えている状況でなら、先手必勝策によって本来の弱点である耐久力の弱さをカバーできるが、どこから敵が襲ってくるかわからない状況では常に相手の出方を待つしかなく、少しの油断で大きな傷を負いかねない。
……だが、そこに関しても当然のようにパリエスは対策を考えていた。
「私の使い魔は蛇。それも、この国全土においてよく見られるニジマキヘビという種類の蛇が、ほぼすべて私の使い魔の子孫にあたります。彼らはある種の芸を使って私の補助をしてくれます」
「芸?」
「彼らには極めて特殊な声帯があり、私のイメージ通りの声を出せるのです。かつては彼らを使って人々に知恵を授けていたこともあります。……それが、敵が道を外れる段階になれば役に立つでしょう」
パリエスは作戦説明でそう言った。
そして。
「ぎゃあああ!」
「やられ、やられたっ! た、助けてっ!」
「敵だ! どこかに隠れてやがるぞ!」
森じゅうから声が響き、散開した魔王軍兵たちは驚いて周囲を見回す。
そして、予想だにしない場所から悲鳴が響き、そこに駆け寄ってみると何もいない、という怪談のような現象にゾッとする。
それらは全てパリエスが使い魔たちに叫ばせただけなのだが、見通しの利かない森、態勢を整えようにもどこに指揮官がいるのかわからないことによる不安、そして空を飛び回るワイバーン、魔族。
想定外の敵の襲撃による混乱は、せっかく飛び込んだ森で彼らを守りに入らせ、遊兵化することになった。
遊兵──つまり、「存在していても役に立たない」兵。
本来は一気に殺到してロータスやファルの手数を圧倒し、攻め潰すための大人数は、ウロウロと森の中で見えない敵に怯えて攻めの機を逃し、味方との連携も失ってしまう。
そして、ロータスたちは手近の兵から悠々と斬り伏せていく。
「その程度の数で、私を倒せる気か!」
ロータスは「エクステンド・改」を、まるで打ちのめすような激しさで振るう。
彼女の周囲に迫っていた4名の魔王軍兵は、あっという間に首を飛ばされ、袈裟懸けに裂かれ、彼女に近づくこともできないままに絶命する。
「ふんっ。歯ごたえのない。……ファル殿、私から離れぬよう。策が奏功したとはいえ、不意を打たれる余地はあります。今のうちに森に入り、確実に敵を減らしましょう」
「ロータス」
ファルはいきなりロータスに向けて「エアブラスト・改」を振り抜く。
思わず身をかばったロータスだが、その背後で巻き上げられた矢が地面に落ちた。
「言っているそばから、散漫ですよ」
「面目ない」
「……しかし、こんなにも風に指向性が作れるなんて。もしかして、これは……」
「ファル殿、気を引き締めよ! まだまだ来るぞ!」
「……はいっ!」
ファルは「エアブラスト・改」をさらに振るう。
遠めの間合いから振るった風の魔剣は、直撃した獣人兵の胴鎧に切り傷を付けた。
他の魔剣の殺傷力に比べればかわいいものだが、それでも革鎧にそれだけの傷をつけたというのは、元の「エアブラスト」からは考えられない収束性、操作性だ。
「これなら……風で、斬れる!」
ファルは確信し、次々に斬撃を放って魔王軍兵の襲撃を押し返す。
ある程度の間合いをそれで確保すると、ファルはさらに駆け出しつつ「エアブラスト・改」に意識を集中。
ボウッ、と激しい空気の噴射音が響き、ファルは森の空に舞い上がる。
「……噴射力も容量も、段違い……この『エアブラスト』なら、本当に飛べますっ!」
歓喜と共に、空を跳ね回るように「エアブラスト・改」で方向転換を繰り返し、目につく敵の元に舞い降りては一刀のもとに斬り伏せ、さらに飛び回るファル。
足場と見通しの悪い森の中、囲んだはずの敵に神出鬼没の襲撃をかけられ、魔王軍兵たちは圧倒的有利の状況が自分たちの不利にしかなっていない恐怖に震えあがる。
隠れやすく、険しく、追撃の難しい地形だからこそ相手にプレッシャーをかけられるのだ。
空を飛び、小回りを利かせ、情報共有の追いつかない速度で殺戮するファルからすれば、モタモタと森の中で歩くのにすら手間取る魔王軍兵はノロマなエサでしかない。
「それと……これをっ!!」
ファルは鞘から引き抜いた「イグナイト」を、試しとばかりに敵に振り下ろす。
白熱する光弾が打ち出され、着弾地点に爆発が起きて兵士は跡形もなく消滅する。
威力は充分。だが。
「……なんだかゲイルを思い出しますね」
ファルは微妙な顔をする。
その後もメイ由来の無尽蔵の体力で、ファルは森に散開した敵の数をみるみるうちに減らし、数の有利をたのんだ魔王軍兵たちを恐怖と孤独のどん底に叩き落としていった。
ロータスもそれを横目に負けてはいない。
「隠れて隠れきれると思うたか、この森の民たるエルフの私から!」
例によって強化された「スパイカー・改」を弓引くように構え、森の木々の裏から狙う弓兵達に対し、長距離刺突を次々に打ち込んでいく。
今までは視線の通らない場所には届かなかった「スパイカー」の刺突だが、パリエスの強化によって任意に刺突軌道を曲げることができるようになり、また射程距離も大きく伸びている。
もはや剣の形をした狙撃武器といえる代物になっていた。
「くそっ……このバケモノがぁぁっ!!」
「うおおお!!」
業を煮やして弓を捨て、剣や棍棒で打ちかかってくる魔王軍兵たちを、ロータスは軽く笑って抜きざまの「キラービー・改」で迎撃。
てんでに飛んだ六本の分身魔剣は、その途中で叩き割ったように破裂、小片の嵐となって魔王軍兵たちを巻き込み、血みどろにする。
「ぐわあああっ!?」
「目がっ!!」
「痛ぇええっ!!」
威力は弱まったが、それでも鎧のない部分は容赦なく、割った柘榴のようにズタズタにする残虐な攻撃。
当然、突撃の勢いなと続くものではない。うずくまった彼らに対し、ロータスは介錯の「エクステンド・改」を振るい、仕留める。
一方で、かろうじて指揮系統を取り戻した連中もいた。
パリエスの蛇たちによる幻惑に惑わされず、周囲の声を闇雲に信じず、顔のわかる仲間同士で集まって戦闘単位を再編成しようとする冷静さを持つ者たちもいたのだ。
が、それこそがレミリスとチョロのターゲットだ。
空から見ればそんな奴らがのこのこと集まり、互いを確認している姿は目立つ。隠れて奇襲戦法をやるとわかっているなら、そんなモタつきは致命的だ。
そして、見通しの悪い森の中なので、先ほどのようにレミリスやホークへの直接攻撃を危惧する理由はない。
つまり。
「チョロ、やっちゃえ」
レミリスが呟き、ワイバーンは空から甲高い声を上げて急降下、両脚の鉤爪で地上の兵士たちを急襲。
その強大な握力で数人をまとめて掴んで深手を負わせ、そこから無理をせずに再び飛び立ちつつ、レミリスは振り向いて紫色の魔法弾を数発置き残す。
「なんだあのボルトは!?」
「ベノムボルト。弱いけど、魔毒」
「普通のファイヤーボルトとかでよかったんじゃ」
「戦闘力奪うなら、半端な火傷や感電より、毒。今、使役術やってるし、威力出せない」
「……なるほど」
魔術師も色々なことをあまり並行はできない、というのが、この戦いでは特によくわかる。
「次、探す。奇襲だけ、警戒してて」
「おう」
散開した敵をモタつかせ、各個撃破。定石通りといえば定石通り。
だが、戦場への下準備もなくこれだけうまくいっているのは、パリエスの蛇と作戦計画、そして魔剣強化あってこそだ。
「どうしたもんかと思ったが、意外とやれるな、あいつ」
「パリエス?」
「ああ」
二人と一頭は次の標的を見つけ、同じ攻撃を繰り返す。
その頃、パリエスは散開した一部の魔王軍兵たちに囲まれていた。
「こいつも魔族だ」
「デカいな……だが、さっきの赤紫の奴みたいなヤバさは感じねえ」
「刻んじまおうぜ」
蛇の声による幻惑にも惑わされず、ファルとロータスによる掃討も逃れて後衛にまで到達した兵士たちは、数は少ないが判断力も生命力も優れた猛者たちだった。
それらに対し、パリエスはマスク越しに悲しげな眼を向ける。
「戦いなど放り出し、逃れてしまえば追いはしなかったものを」
「……魔族の驕りか。だが、殺れば殺れないこともないのはわかってんだぜ。俺たちをそこらの腰抜けの人間国の連中と一緒にすんなよ」
「せめて、安らかなる死を」
パリエスは呟き、勢いよく蛇身をくねらせて動き出す。
蛇の体は、不器用に見えて驚くほど敏捷な動きができる。
その動きの大きさに面食らい、硬直した兵士は一瞬で背後に回ったパリエスに光り輝く掌で打たれ、糸が切れたように崩れ落ちる。
強力な光で脳を直接焼き切ったのだった。パリエス自身以外は知らないことだが、これで死んだ者の遺体は、強力な浄化により「死」の概念を残さず「物体」へと直接遷移し、アンデッド化ができなくなる。パリエスなりの慈悲だった。
「こいつ!」
「速っ……くそっ!」
「くはっ……!?」
「へ、蛇の動きに惑わされるな! この蛇の胴体を狙え! 脚狙いだ!」
兵士たちはパリエスの蛇身に剣や斧を振り下ろすが、鱗と素早い動きによってろくに刃筋が立たず、多少ついた傷もパリエス自身による片手間の治癒魔術ですぐ治ってしまう。
「こいつ、ふざけたマスクつけてやがるくせに……!」
「関係ないでしょう!」
パリエスは言った兵士を尻尾の先で急に雑に跳ね飛ばした。
それまで動きは速くとも雰囲気は静かだっただけに、いきなり激高した声に他の兵たちは唖然。
パリエスも数瞬して自分が変に興奮してしまったことに気付き、咳払い。
「ふざけているわけではありません」
「いやふざけてる」
「絶対ふざけてるよなあれ」
「近所の子供が下着かぶって遊んでたの思い出したぞ」
「道化の方がまだ真面目に見える」
「……死にゆくあなた達には無関係です」
パリエスは両手に死の光を湛えて怒りを全身から露わにした。
兵士たちは震撼する。
そこに、轟音とともにエリアノーラが崖を駆け下りてきた。
「パッ……ディアマンテ様!!」
その片手には、崖上で今しがた「引き抜いた」ばかりの、直径3フィート、高さ30フィートにもなる木の、根っこ。
それを片手で引きずりながら崖を駆け下りてきたエリアノーラは、道に降りたところで木を抱きかかえると、叫ぶ。
「薙ぎ払います!!」
魔王軍兵たちはギョッとした。
30フィートの丸太が、女神官の細腕で振り回され、素早く伏せたパリエスの頭上を通過して、道幅全てを薙ぎ払う。
馬鹿馬鹿しい攻撃範囲は逃れようもなく、一振りで十名近い兵士が丸太に薙がれて吹き飛んだ。
その重さに体を振り回されて滑りながらも、エリアノーラは二度三度と勢いのまま丸太を回転させ、パリエスを狙う兵士たちの大半は伸びるか潰されるかしてしまう。
「……っはぁっ……はぁっ、はぁっ……!! 本当は戦いなんて、専門外なんですけどっ……! パリ……ディアマンテ様に押し付けて隠れてるわけには、行きませんから……!」
「……志は立派です。が、どう考えても他にもう少し効率的な道具があると思うのですが」
「血の出る武器で戦うのはちょっと」
「私はそれを禁じる教義など作った覚えはないのですが……とにかく、トドメを刺すので、あなたは下がっていてください」
「意外とディアマンテ様って容赦ないんですね……」
「魔王戦役という理不尽を跳ね返すのです。情けをかける余裕はありません。それに、イレーネが手こずっています。少しでも早く場を収束させなくては」
「はい?」
「蛇たちが知らせてきています。強い使い手がいるようです」
◇◇◇
「儂を相手によくやるものよ。ロムガルドの勇者ども相手なら、五、六人は相手取れそうな腕じゃな」
「貴様は殺気に迷いも誤魔化しもない。幻術と毒をどれほど振り回そうと、狙いが読めればどうということはない」
「正直者過ぎるのも良くないかのう」
「そろそろいい頃合いだ。命を貰おう」
「悪いがそうもいかん。もう少し儂と踊っておけ」
イレーネは裂けた龍翼をはためかせ、両手に凝縮した魔毒をコンパクトな動きでヒュヒュッと投擲しつつ真横に動いて間合いを保つ。
魔剣使いランパはその魔毒を左手の赤の剣で器用に受け止め、焼き尽くす。
そして右の青の剣から三日月状の斬閃を連続して発し、イレーネを追い詰める。
「逃げているだけでは我には勝てんぞ」
「じゃろうな」
イレーネは時に翼をしまって伏せ、時には翼を打って空中に踊りつつ、ランパの攻撃をかろうじて回避する。
「じゃが、儂の手の内をこれ以上出すのは旧友の趣旨に反するのでのう」
「何を言っている」
「お前を殺すのは儂の役目ではない」
イレーネは斬閃に髪を中途半端に斬られて不快そうにしながら立ち上がり、埃を払う。
「正義の大盗賊の伝説の一部となるのを光栄に思え」
「だからそれはやめろっつってんだろ!?」
低空をフライパスするチョロの足から飛び降り、イレーネの前にホークが降り立つ。
「手こずっておる。儂の代わりに決めるがいい」
「お前結構余裕あるよな」
「……こんな小僧に俺を食わせるというのか? なんのプレッシャーもない。その大袈裟な伝説とやらは、今日で終わりにしてもらおう」
ランパは剣を閃かせ、ホークを、
斬れずに、首を飛ばされる。
ドスン、と驚愕の表情を浮かべる頭部が、草地の上に落ちて転がる。
しっかりと腰を落としていた体の方は、首から血を吹き出しながらもなかなか倒れず、ホークは仕方なく尻から蹴り倒す。立ったままでいられると邪魔臭いし気持ちが悪い。
「……本っ当、盛り上がってたところ悪いな。……伝説はともかく、魔剣は有効に使わせてもらうさ」
しゃがみこんで、深く深く息をつきながらホークは慰めの言葉をかける。
空での迎撃に“吹雪”、そしてこの一撃に“砂泡”。これで持ち弾はすっからかんだ。ランパを蹴とばしたのがやっとで、もう立ち上がる体力もない。
「相変わらず酷い技じゃ」
「うるせ。……もう、ここからさらに敵……いない、よな?」
「あとは儂らに任せよ。ご苦労じゃった」
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