35歳でうつ病になったオレ(無職)が異世界に行って無双できると思ったらできなかった結果

るーいん

☆ちゅーとりあるくえすと☆

第1話 ようこそ異世界へ

 今日も朝がやってきた。

 頭が痛いし、身体も重たい。めまいもするし、吐き気もある。

 身体を起こすまでに1時間かかった。窓を開ける。雲ひとつない青空。しかし、オレには灰色に見える。

 テーブルの上のペットボトルのキャップを外し、中の水と共に薬を喉に流し込む。しばらくすれば、このどうしようもない気分から開放されるはずだ。

 深い深いため息。会社もクビになってしまったし、これからどうすればいいんだろうか。つらく、苦しい毎日。何の楽しみも喜びもない。オレには生きている価値なんてない。だめだ。考えるな。考えたらまた飲み込まれてしまう。


 しばらくすると、ようやく気分が落ち着いてきた。

 ……何かがおかしい。なんだ、この違和感。やけに静かだし、なんていうか……空気が澄んでいる。

「クエェェェェェッ!!」

「おわあっ!?」

 窓の外から響き渡ってきた奇声にオレは思わず声をあげてしまった。なんだ今のは。オレは恐る恐る、窓を開けた。

 先ほどと変わらず、雲ひとつない青空が広がっている。が、今回は異変に気づくことができた。

 なんと、周りに何もない。近所の家も、道路も、車も、行きかう人々も何もない。あるのはただ、青々と茂った草原のみ。さわさわと風が草原を揺らしている。

 これは夢だ。夢に違いない。そう、これは夢なんだ。

 手が震えるし、眩暈もする。とりあえずオレは着替えて、外に出てみることにした。


 部屋から出るといきなり、見渡す限りの草原が視界に飛び込んできた。あれ? 廊下とか他の部屋はどこに消えた。オレの部屋だけしかないのか?

 遠くの方でさっきの奇声がするけれど、何の姿も見当たらない。

 一体、ここはどこなのだろうか。夢にしてはやけに意識がはっきりしているような気がする。

「夢なんかじゃないっすよ」

「わわっ!?」

 耳元で突然声がした。しかし、姿は見当たらない。

「ありゃりゃ、まだ適応していない? う~ん、こりゃちょっと厳しそうっすね~。あーあ」

「だ、誰だ。誰なんだ、どこにいるんだ」

 幻聴……にしては、これまたはっきりと聞こえすぎる。何が起こっているんだ。


 じゅるじゅるじゅる。なんだか湿った音が聞こえてきた。そして”それ”はゆっくりと姿を現した。


 青い、ぷよぷよとした大きな球体のようなものには、2つの目がついている。それはふよふよと揺れて地面に弾んでいる。

「あー、ありゃスライムっす。最弱モンスターっすよ」

「す、スライムだと?」

 姿なき声に、オレは聞き返した。

「ほらぁ、あなた方の世界のRPGゲームとかによく出てくるでしょう? すげー弱いモンスター。ま、この世界でも扱いは変わらないっすけどねー」

 RPG? この世界?

 あ、そうか。あれだな。これは夢じゃなくて、ネットとかの小説で出てくる異世界転生とか召喚とか、そういった類のものなんだ。オレは瞬間的にそう理解した。そういう風に理解した方がもう手っ取り早い。というかもう、理解が追いつかないから、そういうことにした。

 さて。大抵、異世界に来た現実世界の人間の主人公は特殊な能力を発揮したりチートしてやりたい放題だ。いや、詳しく読んだことないけど。まぁ、異世界来てももともとの能力のままで、努力して道を切り拓いていくといったものもあるだろうけれど……そっち方面は嫌だなぁ。とにもかくにも、これがオレの新しい人生だ。鬱屈した毎日から、これで抜け出すことができるんだ。そうに違いない。


「なんとな~く察してくれているみたいすね。そんじゃま、あなたの力知りたいんで、ちょっとあのスライムと戦ってみてもらえますか?」

「戦う? あいつと? 素手で?」

「お望みなら、初期装備お貸ししますが」

「……いや、このままやってみる」

 なんたって、相手は最弱モンスター。素手でも十分に戦えるはずだ。というか一撃で倒せるに違いない。それにオレはたぶん、この世界ではすごく強いに違いない。身体もいつもと比べるとすごく軽いし、なんかこう、すさまじい力が発揮できそうな気がする。オレは身体からあふれ出す力を感じていた。


「いくぜ、雑魚やろう! ぶっとばしてやる!!」


「……見事にぶっとばされましたねー」


 はい。

 まぁ、あれですよね。大体、予想ついてましたけどね。

「全然ダメじゃん、オレ!」

 スライム相手にフルボッコですよ。というかこいつ、殴っても全然効いた感じがしないぞ。

「無理せず、これ使ってくださいな」

 ザスンと何かが地面に落ちてきて突き刺さった。それは、両刃の剣だった。

「ロングソードっす。攻撃力プラス10ってとこすかね」

「……よ、よし。これなら」

 オレはロングソードを地面から抜いた。重い。すごく重たい。なにこれ。

「ロングソード装備の適正レベルは初期装備だけに1からなんすけどね……おかしいな」

 声が何かぶつぶつ言っている。とにかく、これで倒すしかない。

「これでもくらえぇぇっ!」

 オレは剣を振りかざした。


「10分ほどかかりましたねぇ。倒すのに」

「……ぜえ、ぜえ」

 剣に振り回されちまった。筋肉痛になるな、こりゃ。

「えぇと、いちおー確認なんすけど、あなたの名前はさとう しょーたさんで間違えないっすか?」

「そうだ佐藤だ。よくある苗字の佐藤だ」

「そうなんすよねー。同姓同名もたくさんいるんで召喚しやすかったんですけどね。だからエラーが起きたのかなー」

「エラー? エラーってどういうこと?」

「稀にあるんすよ。本来大抵の召喚者はこの世界にない特殊な能力が付加されてくるんすけれど、あなたにはどうやらそれがない」

 なんだその残念な感じ。

「ええと、ざっくりあなたのステータス教えますね。なまえ:しょーた、職業:むしょく、レベル:1、せいべつ:おとこ HP10・MP ……マイナス5……マイナス!? どうなってるすか!!!」

「や、オレに言われても」

「バグってますねー。あとで確認入れてきますが……えぇと、あとは……ちから:2、すばやさ――」

「も、もういい。とにかく残念な感じなのはわかった」

「うーん、ホントどうなってるんすかねー。あ、まだぼくの姿見えないっすかね?」

「見えない」

 普通に会話しているけれど、いまだに相手の姿は見えないまま。オレは一体誰としゃべっているというのか。

「仕方ないっすねー。ていっ」

 なんか粉みたいのが降りかかってくる。

「へくしん!」

「うわわっ! 鼻水きたねーっす!」

「ごめんごめん。あ、見えた」

 目の前に何かふよふよ浮かんでいる。あ、これ知ってる。妖精ってやつだ。金髪ろりっ娘みたいな小人が透き通った羽をぱたつかせている。かわいい。

「そ、ぼくは妖精っす。あなた方人間の案内役っすね。その他にも便利な機能がありまっす。あなた方の世界でのiPhoneみたいな存在っす」

「へー」

 よくわからないけど。


「ま、細かいことは歩きながら話しましょ。しょーたさん、ようこそ異世界へ」

「あ、どうも」


 ここからオレの輝かしい冒険の日々が――始まるのかなぁ。なんかだめっぽいな。ああ、気分が憂鬱になってきた。




つづく!

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