第十六章 真実

 夜になった。レージンは他の連中が寝静まったのを確認してから、そっと部屋を抜け出し、スキュラがある格納庫へと向かった。幸い警備は手薄で、彼は易々と中に入ることができた。

( 気になるのは、あの独立したパネルだ。あれは何のためにあるのだろう?)

 彼はスキュラの操縦席に乗り込み、不明な箇所のボルトを外した。

「これは……」

 彼はどちらかというと、工学系の男である。法律の条文より機械の配線を見ている方が気分が落ち着くタイプである。だからその配線が何を意味するのか、すぐにわかった。

「これは受信機だ。リモートコントロール機能が着いているな。ということは……」

 彼はその瞬間、スキュラ作戦の最終的な構想に気づいた。

「こいつでスキュラをコントロールして、パイロットの意志に関係なく動かす。スキュラ作戦とは、片道切符の特攻作戦だったのか」

 レージンは呟いた。その時、彼にライトが当てられた。

「うっ!」

 レージンはハッとして操縦席を出た。外には三人の軍の上官が立っていた。

「スキュラ作戦の秘密を知ってしまったようだな、レージン・ストラススキー。貴様は志願兵だというので、不審に思ってずっと監視していたのだ」

「……」

 レージンの額に汗が吹き出した。上官の一人がニヤリとして、

「貴様、月のスパイか? それとも単なるバカなのか?」

 レージンは何も答えなかった。上官の顔つきが変わった。

「しばらく地下の監禁室でおとなしくしていろ。貴様の処分は作戦終了後にじっくりと考えてやる」

「……」

 レージンは手錠を後ろ手に掛けられ、連行された。

( 何てことだ。こんな無謀な作戦が実行されようとしているのに、何もできないなんて…… )

 レージンは歯ぎしりして悔しがったが、どうすることもできなかった。


 翌朝、ディズムは一人でナリタに出かけるつもりだったが、エンプーサが何故か同行することを強く希望したので、仕方なく連れて行くことにした。

「何故だ? いつもなら私と行動を共にするのを嫌がるお前が、どうしたというのだ?」

 リムジンの中で、ディズムはエンプーサに尋ねた。エンプーサはフッと笑って、

「たまにはいいのでは。私も少しは、ファーストレディの気分を味わってみたくなったのよ」

と答えた。ディズムはそれには何も言わずに窓の外を見た。リムジンの前後には、護衛の車が、そして左右にはバイクが走っていた。道には一台も車は走っておらず、周りの歩道や建物には、人影はなかった。完全に封鎖された道を、リムジンは走っていた。

「ピュトンの工場へは何を見に行くのです?」

「そんなことを話す必要はない」

 エンプーサの問いに、ディズムは素っ気なく答えた。エンプーサはムッとしたが、何も言わなかった。

( もうすぐ貴方は死ぬのよ、ディズム総帥 )

 エンプーサは心の中で夫の不幸を笑った。

( そして私はカロンのところへ…… )

 そう考えた時、彼女の脳裡にカロンと抱き合う女の姿が浮かんだ。

( あの女! カロンは決して渡さないわ!)

 エンプーサの目が憎悪に満ちていくのを、ディズムは見ていなかった。


 一方カシェリーナ達は、それぞれの行動を開始していた。マーンとナターシャがガイア大に向かい、カシェリーナとシノンがデイリーアースに向かった。

「確かに鎖はかかったままだが、警備兵の姿は見えなくなったね」

 ガイア大の前でタクシーを降りたマーンが言った。ナターシャも大学を見渡して、

「そうですね。たった一人の人間のために、数万の兵士が動くなんて、尋常ではないですよね」

「とにかく急ごう。カシェリーナがテレビに出る前に、資料を渡さなければならない」

「ええ」

 二人は鎖をくぐり抜けて、大学の中に入って行った。


 その頃、カシェリーナとシノンは、アタマスと対面していた。

「いやァ、シノン教授に再びお会いできるとは光栄です」

「こちらこそ。今日はカシェリーナのことでいろいろとお世話になるので、お礼もかねて参りました」

とシノンが答えると、アタマスは笑って、

「娘さんがテレビに出て、ディズムの非ばかりでなく、ゲスの非まで突いて、巨悪を暴くところなんて、想像しただけで痛快ですね。全テレビ局の電波をジャックして、どこのチャンネルでもその放送が見られるようにしましょう」

「そんなことができるんですか?」

とカシェリーナが驚いて尋ねた。アタマスはカシェリーナにウィンクして、

「できますとも。我が社の系列局であるEBCは、地球共和国最大のネットワークを誇っています。ちょっと他局の電波をジャックすることなど、造作もないですよ」

「でも、それではディズム総帥のやっていることと変わらないのでは? 力の誇示による方法は、あまり良いやり方とは思えないのですが」

 カシェリーナは非難めいた口調で言った。アタマスは苦笑いをして、

「確かにそうですね。権力者をやっつけるために、自分も権力を利用するのでは、新たな権力者を生み出してしまいますね。わかりました。他局に協力を要請しますよ」

「ありがとう、エスコさん」

「でも、そのやり方だと発信源が明らかになるので、多少は悪さをさせて下さい。EBCがキー局だということをわからなくするくらいのことは、しておかないとね」

「はい」

 カシェリーナはニッコリして同意した。シノンが、

「何にしても、後はマーン君とナターシャが来るのを待つだけだな」

「ええ」

とカシェリーナとアタマスは頷いた。


 カロンはヒュプシピュレが運転するセダンの後部座席で、銃を組み立てていた。

「さすがだな、ヒュピー。ピュトンの工場にもこれほどの銃はないぞ」

「当然よ。地球で最高のガンスミスは私のお抱えですもの。ピュトンのところにいるのは、みんな三流よ」

「なるほどな」

 カロンはニヤリとした。ヒュプシピュレは真剣な顔で、

「でもあの女、どこまで信用していいのかわからないわ。ディズムが罠を仕掛けて来ること、考えられない?」

「その時のことは考えてある。スナイプに絶好なロケーションだということは、俺の方も見つかりやすいということだ。ディズムの奴、まさかとは思うが、俺をおびき寄せるために、ナリタに向かったのではないかな」

「考えられるわね。あの男、以前情報部にいたんでしょ。それと広報にも。だから、罠と謀略はお手のものよね。そうやって今の地位を手に入れたのだから」

とヒュプシピュレはカーブを減速せずに曲がりながら言った。タイヤがキリキリと唸り、セダンは大きく傾いて走った。

「ここね」

 ヒュプシピュレは急停車した。そこはナリタ空港にほど近い、裏通りの一角だった。

「そこのマンホールから下水道に降りて、そこから例のビルの地下のマンホールまで行き、あとは屋上まで辿り着くだけよ」

 ヒュプシピュレはカーナビに映った地図を見て言った。カロンはそのマンホールを見ながらセダンを降り、銃を入れたバッグを右肩にかけて、

「奴らが住民に外に出ないように言ったおかげで、目撃者もいないな」

「そうね」

 カロンは運転席に近づくとヒュプシピュレとキスを交わし、

「すぐ戻る」

「ええ」

 カロンはマンホールの蓋を開けて、中に降りて行った。ヒュプシピュレはそれを見届けると、車を建物の陰に動かし、周囲を見渡した。


 マーンとナターシャは、法学部棟の中にあるマーンの研究室に着いていた。

「ムッ?」

 マーンはドアロックがパスワードで開かないので考え込んだ。そして、

「警備室でロックをしているな。パスワードではロックが解除されない」

「誰かいるのかしら?」

「もしかするとね。しかしここまで来て、あきらめるのも癪だな」

 マーンは言った。そして、

「君はここで待っていてくれ。私は警備室へ行って、ロックを解除して来る。ロックが解除されたら、中に入って私の机の上にある資料を全て脇に立てかけてある大型のスーツケースに入れてくれ。学部棟のロビーで落ち合おう」

「はい。気をつけて」

「ありがとう」

 マーンは警備室に向かって歩き出した。ナターシャはそれを不安そうに見送った。


 レージンは真っ暗な監禁室の中で目を覚ました。そこはトイレしかない、ひどく狭い所だった。

( 一体これからどうなっちまうんだろうか?)

 しかし、彼は監禁室に入れられたことが幸いしたのだ。外ではもっと恐ろしいことが始まろうとしていたのだから。

 リカス・アイド達は、体育館に招集され、参謀総長の話を聞いていた。

「月の行動が早まって来た今となっては、訓練の期間はまだ残されているが、出撃するしかなくなった。以下、氏名を呼ばれた者が、今回の作戦に参加することになるので、全力を尽くすように」

 リカスは半分話を聞いていなかった。

( どうせ俺のような不真面目な奴ははじかれるさ。さてと、アパートに帰ったら、しばらく遊んで暮らすか )

「リカス・アイド」

 彼はその声に自分の耳を疑った。

「な、何?」

 それは彼ばかりではなかった。呼ばれた者は皆、意外な面々であった。誰もが作戦参加を嫌い、真面目に訓練に取り組んでいなかった者ばかりであった。

「静かに!」

 ざわついた体育館内を、参謀総長の一喝が鎮めた。

「貴様らの中に、性根の腐った連中が多くいるのは承知している。不真面目にしていれば、作戦に参加しないですむと考えた愚か者共だ。しかし、我々が欲しかったのは、そういう連中だった」

 リカスはそう言われて絶句した。

( 何だ? あの男は何を言っているんだ?) 

 参謀総長はニヤリとして、

「そんな連中はこの先生きていても、何の値打ちもない人間だ。せめて死ぬ時くらいは役に立って死んでもらう」

と言い放った。あまりの言われように、リカス達は呆然として立ち尽くした。

「作戦が成功すれば、お前達は祖国の英雄となり、歴史に名を残すことになる。名誉と思って死んで行くがいい!」

 参謀総長の言葉が終わると、リカス達は屈強な兵士に取り押さえられて、連行された。

「逃げようなどと思うなよ。もし逃げたら、貴様らだけてなく、親類縁者、悉く殺すぞ」

 参謀総長の言葉が追い討ちをかけるように体育館内に響き渡った。

「何てことだ……」

 リカスにはもはや絶望の二文字しか思い浮かばなかった。


 ゲスはディズムがピュトンの工場へ向かっていることを知らされた。

「カロンからの連絡はないのか?」

 彼は大統領執務室で、情報局のエージェントに尋ねていた。エージェントは、

「いえ、何も。しかし地球にいる部下の話によりますと、確実にディズムに近づいているようです」

「そうか。その部下に、あまり接近し過ぎて敵と誤認されぬようにと伝えておけ」

「はい」

 エージェントは執務室を出て行った。ゲスは椅子を軋ませて立ち上がり、

「コペルニクスクレータの住民全員を避難させるまであと一日はかかる。それまでに奴が動かぬことを祈るだけか」

と呟いた。そして、

「何にしてもこの代償は高くつくぞ、ディズム」

と窓の外を見やった。


 マーンは大学の総務棟に向かい、一階の警備室に行った。

「おや?」

 そこには誰かがいた形跡があった。しかし今は姿がない。マーンは中に入り、大学全棟のロックシステムの解除をするため、そこにあったコンピュータを起動させた。

「セキュリティも解除しないと、ロックをオフにした途端に警報が鳴るかも知れないな」

 マーンは慎重にコンピュータを操作し、順番にシステムを解除していった。

「これでナターシャは中に入れるな」

 しかし安心はできない。この警備室にいた人間が、マーン達に気づき、研究室に向かったかも知れないのだ。マーンは急いで研究室に向かった。

 一方ナターシャも、研究室のロックが解除されたと同時に中に入り、資料をスーツケースに詰め込んでエレベーターに向かっていた。

「あら?」

 彼女は足音が近づいて来るのに気づいた。それは、廊下の曲がり角の向こうの、エレベーターの方から聞こえて来た。

「ダウかしら?」

 しかし足音は一人のものではなかった。ナターシャは焦った。

( そうか、最初にダウがパスワードを入力した時警備室でそれに気づいたのね。ダウはどうしたのかしら?)

 彼女は取り敢えず、すぐそばの研究室に隠れた。足音はマーンの研究室の前で止まった。

なんと言っているのかわからないが、話し声がして、やがてドアが開く音がした。廊下に人の気配がなくなった。ナターシャは素早くドアを開けて、スーツケースを静かに進ませながら、エレベーターに向かって走った。

( お願い、まだ出て来ないで!)

 ナターシャは祈りながら廊下の角を曲がり、エレベーターの前まで来た。エレベーターの階表示がだんだん近づいて来る。そして、後ろから、恐らく警備員のものと思われる足音も近づいて来る。ナターシャは、もしエレベーターに乗っているのがマーンでなかったら、という考えを必死に頭の中から追い出し、扉が開くのを待った。

「ダウ!」

 エレベーターの扉が開き、そこにマーンが立っていたのを見て、ナターシャは彼に抱きついた。

「どうしたんだ、ナターシャ?」

「警備員が来たのよ。今ここに向かっているわ。早く階下に行きましょう」

「わかった」

 二人がエレベーターの扉を閉じた時、警備員二人が廊下の角を曲がって現れた。彼らはエレベーターが動いているのに気づき、走り出した。

「早くここを出ないと、軍が来るかも知れないな」

「ええ」

 マーンとナターシャは、エレベーターが一階に着いて扉が開くと同時に走り出した。スーツケースはマーンがガラガラと大きな音をさせて引きずるように運んでいた。

「外に出てしまえば何とでも言い逃れができる。中で見つかっては、どうしようもない」

「そうね」

 二人は必死になって大学の門に向かった。何とか警備員に見つからずに、二人は外に出られた。

「良かった。とにかくデイリーアースへ行こう。一休みするのは、それからだ」

「ええ、ダウ」

 二人は互いにニッコリして言った。

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