城壁都市案内 AfterDragon

城壁都市案内

はじめに

 これはかつて城壁都市と呼ばれた都市国家に関する個人の探究雑録である。


 謎の多いこの都市に、私は長らく魅了されてきた。なにせこの都市には今はもう存在を確認できない、ドラゴンが人と共存していたと言うのだから。


 私たち研究者はドラゴンたちが生きた時代を「B(Before).D(Dragon)」期と定義し、栄華を極めた人類の営みを探り続けている。


 語り部だけが知る伝説の都市の場所を特定したのは、研究者たちの間でパイオニアと知られる高名な冒険家マルタン・フィーニーである。


 彼は数多くの語り部(*1)から話を聞き歩くフィールドワークを重ね、モンタンドロー・山頂付近でレースのように精緻な乳白色の瑪瑙(ウロコ)を発掘した。それは現代(我々の定義するA(After).D(Dragon)期)においては存在しない構成物質であった。

 彼はこのウロコの主をその伝説から「クラウンミル」と名付けた。(現地旧言語においてはクロヌドレ、レーシィとも)

 ウロコと共に、神殿の遺跡も発掘された。

神殿が建てられたのはB.D300頃であろうと他研究者によって特定されている。B.D最後の大戦争と言われる、第二次侵略攻防戦争頃が有力である。この一大発見は残念ながら当時あまり注目されなかった。城壁都市と断定できる要素が足りなすぎたのだ。


 彼は「クラウンミル」の発見から十年後、私財を投じて周辺発掘調査を進め、城壁を構築していた岩石群を発掘した。

 現代の技術では製造することができない壁石、通称「ドラゴン石」はドラゴンの火と唾液、都市周辺から採掘された岩石を元に構成された特殊な素材だ。

 これら極めて特殊な遺産の発見が続き、城壁都市の存在はやっと注目を浴びることになる。


城壁はモンタンドロー山を取り囲むようにして張り巡らされ、研究者たちの予想以上に大きな都市であることが判明。

 現在のモンタンドロー山の側面にあるエムロード湖も、かつてその何百倍もの水をたたえる湖で、海とも通じていたことまで分かってきた。


 マルタンは城壁都市の発掘調査に全ての人生を賭した。

彼が後継者たちに残した言葉(*2)は今でも研究者達の原動力となっている。

例に漏れず私は彼の探検録や、伝承神話の本を読んで育った。私の雑録もその一役を担える事を祈る。


人類学者のクロード・レヴィ=ストロースが『悲しき熱帯』で語った都市空間についての所感を添えて、都市を巡る記録を読み解きはじめようと思う。


『……都市というものは、自然と人工の合流点に位置している。…都市は自然としては客体であり、同時に文化としての主体である。個であり、集団である。生きられたものであり、夢想されたものである。いわば、優れて人間的なものなのである。』


 

(*1)

かつて祖先が城壁都市壁外の、草原の民リール・クールであったという一族が代々語り継いできた物語に登場するドラゴン「クロヌドレ叙事詩」の特徴から、マルタンの言う「クラウンミル」の確信がなされた。「クロヌドレ叙事詩」またその派生である「ベルクロヌ口伝」「ラストッカドミネラ」「ラドンテル」によるとそのドラゴンの特徴は以下とされる。

[1]城壁都市最古のドラゴンの一匹で、メスである

[2]背にレースのような繊細な形をしたウロコを持っていたため、「レーシィ」(マルタンの著書によると、バックレース)と呼ばれていた。ウロコは乳白色で太陽光を浴びるとパールのように輝き、百万の宝より貴重なものとされた。またこの宝を盗むものはドラゴンによる炎の地獄で永劫苦しめられると伝えられた。

(*2)

「残された遺跡の発掘から、都市の起源や人々の営みが少しづつ明らかになっていく。広大なモンタンドロー山の空を、リッシーオワル草原を、自由にドラゴンが飛び回っていた時代があるのだと想像をして欲しい。遠く街道からも望むことができた、輝ける城壁と風車の姿を想像して欲しい。都市はなぜ滅び、その後語り部の中でのみ存在を許されるようになったのか。まだ我々が知り得ないことは多い。だが確かに存在する城壁跡が真実を告げてくれる日は近いのだ」 

マルタン自伝より

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