野望の姫と空の玉座

逃避する人

第1話恵まれた少女

 セントワール王国。豊かな自然と、圧倒的軍事力を誇り、大陸の戦乱の時代を制した覇王と呼ばれた男が建てた国。現国王で20代を数えるこの国の王族の歴史は、覇王の血を受け継いだものたちの泥沼の争いによって築かれてきた、血の歴史である。そこには男も女も関係ない。勝ったものが王となる、実にシンプルなしきたりが敷かれている。

 当然、現国王の子どもたちも、そんな争いの中に身を投じていた……。


 少女はるんるんと鼻歌を歌い、広い廊下を歩いていた。リボンをふんだんにあしらった豪奢なドレスを着ているが、その歩き方はどこか粗野な印象を受ける。少女の後ろにしずしずと付き従うエプロンドレスのメイドらしき女性のほうが、淑女の風格漂うのは気のせいだろうか。

 少女は足を止め、くるりと振り返り、自信たっぷりの笑みをメイドらしき女性に見せる。

「ね? 言ったでしょアマレ! あのアバズレはオちたわ! これで私の野望に一歩近づいたわね!」

「姫様、お言葉遣いがはしたないですよ。それに、仮にも半分血のつながった方の不幸への反応ではありません」

「人間、非常にならなければならない時も来るのよ……」

 遠くを見るような目で、意味ありげに言って、姫様と呼ばれた少女――実際姫なのだが、王位継承権第9位にあるグレイツィアは、懐から取り出した扇子を広げた。また廊下を歩き出す。

「あまり調子に乗りすぎると、あなたも王位継承権第4位であらせられたエリース様の二の舞になりかねませんよ?」

「大丈夫よ! 私にはアレがあるから!」

「はて、アレというと?」

「運よ!」

 堂々と言い放ったグレイツィアに、彼女のメイド……アマレはため息を吐いた。

「そうですか、それでは、私はメイド同士の定例会議がありますので、これで失礼いたします」

「うん! あとでね!」

 スカートの端をつまんで、やはりそこらの姫顔負けの優雅な一礼をするアマレに、グレイツィアは陽気に手を振る。

 アマレも優しい笑みを浮かべ、グレイツィアとは逆方向に歩いて行く……。



 本当は、定例会議などなかった。正確には、メイド同士の定例会議など、今日はない。

 城の一角。アマレは勝手知ったる所作で、その重厚な扉を開け、そっと身を滑り込ませた。

「遅いぞアマレ」

 不機嫌そうな男の声が飛んでくる。アマレは慣れたもので、

「ええ、姫様とお話ししていましたので」

 と、澄ました顔で言う。

「嫌味か滅べ死ね」

「まあまあ、二人とも。もう、いっつも喧嘩しちゃうんだから~。アマレ、席に座りなさい」

「はい、ウェルセリア様」

 おっとりした女の声がそれをなだめ、アマレは素直に席に座る。薄暗い室内。かろうじて顔がわかる程度だ。錚々たる顔ぶれが、円形のテーブルに集って腰かけている。

 アマレをとがめた男は、集まった人々の顔を見回し、不機嫌そうな声で重々しく会議の始まりを宣言した。

「揃ったな。それでは始めるとしようか。第15回、“グレイツィアたんに王位をあげちゃう作戦会議”を」


 ここはセントワール王国。豊かな自然と、圧倒的軍事力を誇り、大陸の戦乱の時代を制した覇王と呼ばれた男が建てた国。現国王で20代を数えるこの国の王族の歴史は、覇王の血を受け継いだものたちの泥沼の争いによって築かれてきた、血の歴史である。そこには男も女も関係ない。勝ったものが王となる、実にシンプルなしきたりが敷かれている。

 当然、現国王の子どもたちも、そんな争いの中に身を投じていた……。



 ……わけではなく。

 当代には、そんな伝統をも打ち消す一人の少女がいた。その名もグレイツィア。とある事情で、齢15にして、並み居るライバルを謀略を使って倒し、王位につく野望を抱えている少女である。

 しかし、幸か不幸か、彼女は知らない。



 当代の王位継承権争いは、出来レースである。

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