欠けた心に包帯を。

優希

前編(海翔視点)

第1話

 約三年前、両親が離婚した。その数週間後に父親が事故で呆気なくき、離婚して他人になった筈の母は元夫の死に泣き続けた。当時十二歳だった俺は両親の離婚を責める気持ちもあって、母に対して無遠慮で配慮の無い事を質問した。

「何で離婚なんかしたの」

 母は泣きながら答えた。

「嫌いになりたくないから離婚したのよ」

 三年経った今でも、母のこの言葉の意味が俺には理解出来ない。




     1




 梅雨の時期の久しぶりに晴れた空は異様な位に青く見えて、俺は一人、窓の外をぼうっと眺めていた。


 高校生活二ヶ月目も後一週間。教室では既にグループが出来ていて、俺は一人、所謂いわゆる「ぼっち」だった。課題でグループを作らなきゃいけない時は同じように「ぼっち」で集れば良い。休み時間に集まったり、放課後遊びに行ったりを面倒に思う俺にとって一人は気楽でよかった。中学でも同じように過ごして来た所為せいで友達とベッタリな関係は経験がなくて気味が悪い位だ。


 チラリと教室に目をやって、はたと視界に入った男子二人組の距離の近さはまさに「気味が悪い」物だった。だが、他の人間に言わせれば普通の距離感なのだろう。一人は椅子に座っていて、もう一人は机に体重を軽く掛けているだけだ。それが俺にとって「気味が悪い位近い距離」なのは、多分俺と父との距離感が反映されているのだろう、と、自己分析している。


 俺の父は――三年程前に事故死した俺の父は、所謂仕事人間で殆ど家に居なかった。たまの休みは自室にこもっているか、会社の人間と出掛けているか、だった。そんな父を母が愛しているようには俺の目には映らず、離婚すると聞かされた時は「やっぱり」と思った。けど、二人と居ない父だ。よく知らないし距離も遠かったが、物理的にも遠く離れるとなると反発したくなったのだ。


 しかし今はあの時抱いていた父への小さくても確かに愛だった感情はすっかり消え失せ、「嫌いになりたくないから離れる」と言った母への反発も同じように無くなっていた。

 そうして消え去った感情と共に、俺は他者と親しくする理由をも失ったのだ。恐らくは離婚の為に母の故郷に引っ越し、知り合いの一人もいない地域で中学生活を始めた事も大きく原因しているだろうが――。


 一人が嫌なら行動すれば良かったのだ。幸い俺はチャンスが多く、と言うのも、中学に入ってすぐに上級生の女子から告白され、それを皮切りに毎月二~三人位から告白された。が、俺は全部断って来た。

 全ては一人の気楽さを守る為だ。




「転校生が来るって」

 教室の中央付近から発せられたらしいその一言は俺の耳を鋭く突いた。その声が女子だったか男子だったか判断できなかったがどうでもいい事で、しかし「転校生」と言うのは嫌な響きだった。俺の隣は空席なのだ。が、仮にその言葉が聞き違いでも、ただの噂でもなく事実だったら、その転校生とやらは俺の席の隣に来る事になるだろう。男子なら担任次第、だが、女子なら確実に、だ。そうなれば教科書がどうのと言う話しになるだろう。それは面倒臭い。


 俺は聞かなかった事にしつつも、発言者の勘違いである事を願いながら窓の外へと視線を投げた。が、口の中には砂のようなザリッとした嫌な感覚が暫く残っていた。


 そして朝のホームルーム、転校生の紹介があった。俺は嫌な予感で苦くなる顔を背けて空を眺め続けていた。その態度は担任への「面倒事は余所にやってくれ」アピールで、気付いてくれるだろうと半分は期待していた。が、気付かなかったのか気付いた上で、なのか、面倒事は俺の身に振って来たのだった。


「窓際から二列目の一番後ろが空いているだろ。とりあえずはそこで」


 と言う担任の声が妙に大きく聞こえたが、俺は顔を向けたくなるのを必死に堪えた。それでも転校生から何か声を掛けられたなら無視する訳にいかなかった。


「よろしく、ね?」


 その声は硝子を鳴らしたように涼やかで、でも男のそれらしい低音だった。

 俺は声の主に顔を向けて目も合わせて、一応は返事をしてやろうとした。が、耳の奥で凛と鳴ったこの場に無い筈の音に時を奪われた。


 転校生は、色白で髪の色素も薄めな、やや女顔の美人だった。

 困ったように笑った顔は柔らかそうで、少し早い夏を俺に感じさせた。


「よろしく」

 たったそれだけの言葉が、上手く言えたかどうか、これっぽっちも自信が無い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る