欠けた心に包帯を。
優希
前編(海翔視点)
第1話
約三年前、両親が離婚した。その数週間後に父親が事故で呆気なく
「何で離婚なんかしたの」
母は泣きながら答えた。
「嫌いになりたくないから離婚したのよ」
三年経った今でも、母のこの言葉の意味が俺には理解出来ない。
1
梅雨の時期の久しぶりに晴れた空は異様な位に青く見えて、俺は一人、窓の外をぼうっと眺めていた。
高校生活二ヶ月目も後一週間。教室では既にグループが出来ていて、俺は一人、
チラリと教室に目をやって、はたと視界に入った男子二人組の距離の近さはまさに「気味が悪い」物だった。だが、他の人間に言わせれば普通の距離感なのだろう。一人は椅子に座っていて、もう一人は机に体重を軽く掛けているだけだ。それが俺にとって「気味が悪い位近い距離」なのは、多分俺と父との距離感が反映されているのだろう、と、自己分析している。
俺の父は――三年程前に事故死した俺の父は、所謂仕事人間で殆ど家に居なかった。
しかし今はあの時抱いていた父への小さくても確かに愛だった感情はすっかり消え失せ、「嫌いになりたくないから離れる」と言った母への反発も同じように無くなっていた。
そうして消え去った感情と共に、俺は他者と親しくする理由をも失ったのだ。恐らくは離婚の為に母の故郷に引っ越し、知り合いの一人もいない地域で中学生活を始めた事も大きく原因しているだろうが――。
一人が嫌なら行動すれば良かったのだ。幸い俺はチャンスが多く、と言うのも、中学に入ってすぐに上級生の女子から告白され、それを皮切りに毎月二~三人位から告白された。が、俺は全部断って来た。
全ては一人の気楽さを守る為だ。
「転校生が来るって」
教室の中央付近から発せられたらしいその一言は俺の耳を鋭く突いた。その声が女子だったか男子だったか判断できなかったがどうでもいい事で、しかし「転校生」と言うのは嫌な響きだった。俺の隣は空席なのだ。が、仮にその言葉が聞き違いでも、ただの噂でもなく事実だったら、その転校生とやらは俺の席の隣に来る事になるだろう。男子なら担任次第、だが、女子なら確実に、だ。そうなれば教科書がどうのと言う話しになるだろう。それは面倒臭い。
俺は聞かなかった事にしつつも、発言者の勘違いである事を願いながら窓の外へと視線を投げた。が、口の中には砂のようなザリッとした嫌な感覚が暫く残っていた。
そして朝のホームルーム、転校生の紹介があった。俺は嫌な予感で苦くなる顔を背けて空を眺め続けていた。その態度は担任への「面倒事は余所にやってくれ」アピールで、気付いてくれるだろうと半分は期待していた。が、気付かなかったのか気付いた上で、なのか、面倒事は俺の身に振って来たのだった。
「窓際から二列目の一番後ろが空いているだろ。とりあえずはそこで」
と言う担任の声が妙に大きく聞こえたが、俺は顔を向けたくなるのを必死に堪えた。それでも転校生から何か声を掛けられたなら無視する訳にいかなかった。
「よろしく、ね?」
その声は硝子を鳴らしたように涼やかで、でも男のそれらしい低音だった。
俺は声の主に顔を向けて目も合わせて、一応は返事をしてやろうとした。が、耳の奥で凛と鳴ったこの場に無い筈の音に時を奪われた。
転校生は、色白で髪の色素も薄めな、やや女顔の美人だった。
困ったように笑った顔は柔らかそうで、少し早い夏を俺に感じさせた。
「よろしく」
たったそれだけの言葉が、上手く言えたかどうか、これっぽっちも自信が無い。
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