第16話 宝を掘り起こせ!

 薄桃色の絨毯の上を、チハルは鹿野荘に向かって歩いていた。今日はいつものスーツ姿でなく、かなりラフな格好をしている。

 ゆったりしたデザインの黒いカットソーに、細身のデニム。それと、黒いスニーカー。家を出る直前まで何を着るか散々迷っていたが、汚れるのを気にした結果この組み合わせになった。ちょっとシンプル過ぎた? でも子供っぽくはないだろう。久我にがっかりされなければいい。ただそれだけだった。

 チハルの家から何度目かのカーブを曲がって、鹿野荘に着いた。立ち入り禁止のテープを潜ると、おはよう、という声。顔を上げると、元階段があった辺りに久我が立っていた。


「おはようございます。早いですね」

「いや、ついさっき来たところだよ」


 軽やかに久我が微笑んだ。彼の私服は初めて見る。白いコットンシャツに細身の黒のパーカー、グレーのカーゴパンツはカジュアルなのに大人っぽい印象だ。昨日ぐしゃぐしゃだった髪はきれいに整えられていて、顔色もすっかり回復していた。やっぱり彼は素敵だ。スーツ姿も決まっているけれど、私服も自然でいい。


「今日ここに来るってことは、黒磯さんは知ってるの?」

「ううん。これ以上首を突っ込むな、って言われたので内緒です」


 首を竦めると、久我も、だよね、と笑った。


「荷物はここに置くといいよ」


 久我はそう言って、廊下だった場所に古新聞を広げた。経済新聞だ。チハルはお礼を言って荷物を置いたが、すぐには顔を上げられなかった。さっきから久我がじっとこっちを見ている。


「そ、そうだ、久我さんマスク持ってますか? 私ふたつ持ってきたのでよかったら」


 荷物の中を探って、マスクと軍手を取り出した。エプロンもあるが、これは自分の分しかない。


「すみません。エプロンは男性サイズのがなかったんです」

「いや、いいよ。マスクなんて男の俺じゃ気が付かなかった。さすがチハルちゃんは気が利くな」

「えへへ……。じゃ、始めましょうか」


 ふたりはあの晩久我がいた部屋に足を踏み入れた。ここはAが住みついていた部屋の真下に当たるので、何かが落ちている可能性がある。久我は比較的被害の少なかった建物の奥へと進み、昨日のうちに用意しておいた箒とちり取りを持ってきた。それをチハルにも渡し、いよいよ作業化開始である。


「じゃ、俺が真ん中からこっちをやるから、チハルちゃんはそっち側ね」

「イエッサー」


 チハルは手のひらを見せる敬礼をして作業に取り掛かった。

 堆積した灰は放水によってまだ湿っていた。細かくすると厄介なので、慎重に手早く取り除く必要がある。

 細かい遺留品を見逃さないよう、箒の先で突きながらちり取りに入れていった。掬った灰は隣の部屋にどんどん空けていくのだが、すでに上の方はだいぶ乾いていて、あまり乱暴にするとふわふわと舞った。

 すぐにコツを掴んだふたりは黙々と作業を続けた。燃えかすのほとんどは元が何か分からない灰と化していて、箒の先が触れた途端跡形もなく崩れ去る。部屋の三分の一ほど進んだところで久我が声を掛けてきた。


「何か見つかった?」

「何も」


 ヘルメットを手の甲で押し上げながらチハルは返事をした。


「結構重労働ですね」

「そうだな。時々腰を伸ばさないと痛くなりそうだ」


 そう言っている久我のほうを振り返れば、彼のほうがチハルより少し進んでいる。一番道路に近い七号室にはすそ野が広い灰色の山ができあがっていた。


「ねえ、久我さん。本当のところはどう思います?」

「どうって、何が?」

「出火原因ですよ。電気のせいなのか、放火なのか、って」

「さあな。『電気配線が原因、それでいいじゃない』」黒磯の口調を真似て、楽しそうに久我は笑った。「あー、昨日のチハルちゃん、かっこよかったな。『鹿野さんのことも侮辱するなんてひどくないですか!?』って。あれには痺れた。鹿野さんも惚れたな、きっと」

「もう、からかわないでくださいよ。だって、あの消防士さんひどくないですか? 私たちのことをまるで放火犯みたいに言って」

「まあね。動機のあるなしは別にして、状況的には俺たちが一番容疑者に近いもんな。でも鹿野さんは俺たちをこれっぽっちも疑ってない。いい人だね」


 ふふ、とチハルは苦笑した。


「ホント、それだけが救いかも。でも、放火だとしたらやっぱりAさんが犯人なのかな。きっともう戻ってきませんよね」

「どうだろう。放火犯だったら戻ってくるかもよ。犯人は現場に戻るって言うし」

「ええ、それはそれで怖い。『生きてたのか~~』とか言って襲ってきたりして!」

「その時は俺がチハルちゃんを守ってやるさ。こう見えても剣道四段だよ」


 久我は格好良く箒を振り被ったが、途端に灰の粉が舞って辟易した。


「久我さんたら」チハルはくすくすと笑った。「それか、実はAさんは強盗犯だった、ってオチだったらどうします? 大金を隠し持ってたんだけど、犯人だから名乗り出られない。で、見つけた私たちに莫大な謝礼が支払われる、っての。やだ、お金見つけちゃったらすごいですね!」


 チハルは興奮してまた手を止めた。が、久我は作業を続けたまま静かに言った。


「随分話が飛んだなあ。そりゃ確かにすごいけど、お金があったとしても燃えちゃってるんじゃない?」

「えー。金庫に入ってるかもしれませんよ」

「そんなものがあったらもう見えてるよね」

「もう、久我さんたら、夢がない!」


 ぶすっ、と箒を灰に差した瞬間、硬い何かにぶち当たった。

 ん? と声を上げて慌てて灰を避けてみる。すると、中からぐちゃぐちゃに溶けた四角いものが出てきた。


「……何これ?」


 灰を巻き上げないよう久我が忍び足で近づいてきた。チハルがいろんな方向に傾けるのを横から眺めている。


「ノートパソコンだな」

「……ノートパソコン?」

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