ジャパリパーク最後の日

最後の日

 管理センターの大掃除もおおむね終わり、私は一休みすることにした。

 重要な研究データは既に転送済みで、あとは個人の持ち物を段ボールに詰め込むだけ。窓の外は、いつも通りの穏やかな青空で、とてもじゃないけど、パークの危機的状況なんて信じられない。

 やっぱり本部の反応は過敏過ぎると思う。確かにあのセルリアンは脅威だけれど、だからといって完全退去、なんて。

 デスクに乗っていた動物フィギュアを詰め込もうとして。

 全ては入らないことに気づく。

 思わず苦笑した。

 ポケットに入れれば持ち帰れるだろうか?

 センター内の人影は疎らだ。みんな、パークの最後の時を、思い思いに過ごしているのだろう。特にミライさんなんか、出逢ったすべてのフレンズさんに別れを告げる勢いだ。

 私は……。

 私には、特にお別れを言うべき相手はいない。着任してからというもの、すぐにセルリアン騒ぎが始まって、センター内に缶詰の日々だった。

 結局のところ、私の力不足だったのだろう。

 だれも責めないけれど、私がもっと早く異常に気づいて、正しい指示を出していれば、閉園なんて事態にはならなかったはず。

 少しナーバスになっているな、と自分で思う。気分転換に外の空気でも吸おうかと、窓を開けた。暖かな風が流れ込んでくる。

「あー! いたのだ!」

「え?」

 ふいに響いた声に驚いていると、窓の外から、ひとりのフレンズさんが、こちらへ駆け寄ってくるのが見えた。写真や録画でしか見たことがないけれど、あれは――確か。

「アライグマさん、ですか?」

「その通り、アライさんなのだ!」

 アライグマさんは、なぜか胸を張ってそう言った。

「おーい、アライさーん」

 さらにその後ろから、もうひとりのフレンズさんもやって来る。

「フェネックさんも?」

 私が訊ねると、フェネックさんは「おおー」と、気の抜けた声を上げた。

「アライさんが一発で正しい場所に着くなんて、珍しいねえ」

「フェネック! アライさんはいつも、最終的に全部成功させているのだ!」

「はいはい」

 通信越しには聞いていたものの、こうしてふたりの漫才を生で見ると、なかなか――というか、かなり、可愛い。思わず頬が緩むのを感じる。ミライさんが夢中になるのも頷ける。

「それで、どうしたんですか、おふたりとも? お別れパーティの会場は、ここではないですが」

「いやー、それがね。アライさんがどうしてもって言うから……」

「?」

 不思議に思ってアライグマさんを見たけれど、彼女は口をぱくぱく動かすだけで、何も言おうとしない。やっぱり道に迷ったのだろうか。

「ほら、アライさん」

 フェネックさんがアライグマさんの両肩に手を乗せる。彼女は少し俯いて、

「わ、わかったのだ……。その、おねえさん……」

 そこで一瞬、彼女の言葉が止まった。そして、

「今まで、その、色々ありがとうなのだ!」

「おねえさんのお蔭で助かったよ~。ありがとー」

 フェネックさんも軽く手を振って、そう言った。

「え……?」

 私が事態を呑み込めないでいると、フェネックさんが首を傾げた。

「あれ? おねえさんって、管理センターから、私たちに通信を送ってくれてた人だよねー?」

「はい……、まあそうですが……」

「アライさんも、まあまあ通信に助けられたのだ。だからお礼を言おうと思って、ここまで来たのだ」

「”まあまあ”っていうか、ほぼ全部、だけどねー。セルリアン騒ぎが始まった時から、ずっと……」

 つまり、その。

 私に、お礼を?

 頬が熱くなるのがわかる。同時に、申し訳なさがこみあげてくる。

「そんな、私こそ……。ただここから指示を出すだけで、なんのお力にもなれず……」

「そんなことないよー。アライさんが迷った時、いつも、すぐ助けてくれたじゃないかー」

「そうなのだ。いや、別にアライさんはひとりでも大丈夫だったけど、あれはあれで助かったのだ」

 私がなんと言って謝罪したものか思案していると、ふたりは顔を見合わせてしまった。やがてアライグマさんが何かを取り出した。

「これ、上げるのだ」

 差し出されたそれは、半分にされたじゃぱりまんだった。

 私が受け取ると、彼女たちは「じゃあね」と手を振って、歩き去っていく。

「あ、あの!」

 だんだん小さくなる背中に向けて、私は叫んだ。ふたりが足を止めて、こちらへ振り返る。

「ありがとうございました!」

 貰ったじゃぱりまんを持って、大きく手を振る。

「次来たときは、また分けてやるのだ!」

 アライグマさんはそう言った。

 フェネックさんは、小さく手を振り返してくれた。

 私が頭を下げて、また戻すと、もうそこに彼女たちの姿はなかった。


 最後の船が出る。玄関口であるはずの日の出港は、もう出口でしかない。

 何人ものフレンズさんが港に並んで、私たちを見送ってくれている。職員たちも船尾に立って、淋しそうな眼差しを向けている。

 やがて島が見えなくなっても、名残惜しそうに立ち尽くす職員で、船はいっぱいだった。私はなんだか居場所がなくて、船首に足を向けた。

 その先に、見慣れた人がいた。

「お疲れ様でした」

 私が声をかけると、彼女――ミライさんも、「お疲れ様」と答えてくれた。

 ミライさん。動物もフレンズさんも大好きな人。パークガイドとして、数々のフレンズさんと知り合い、協力し、最後までパークを守ろうと闘った人。

 隣に立って、一緒に沈みゆく夕陽を眺めた。彼女は独り言のように呟いた。

「淋しくなるわね……」

「そうですね」

「ところで、アライグマさんと、フェネックさんには逢えましたか?」

 びっくりして彼女の顔を見る。なるほど、私の居場所を教えたのは、この人だったらしい。私の反応を見てわかったのか、ミライさんは「よかった」と息をついた。

「……はい。よかった、です」

 私も頷く。

 そこで、ふと異変に気づいた。

「あの、ミライさん……」

「何かしら?」

「帽子、どうしたんですか?」

 パークガイドの証、二枚の羽を差し込んだ帽子を、彼女は被っていなかった。手にも持っていない。

「ああ、帽子はね……」

 ミライさんは帽子のない髪に触れる。

「置いてきちゃったの」

 彼女はそう言って、イタズラっぽく微笑んだ。

 センターで懸命に過ごした、短くも長い日々が、脳裏をぎった。

 少しだけ後ろを振り返る。波間の先に、もう島の影はない。

「きっとまた、帰ってこれますよね?」

 ミライさんは答えない。

 答えなんて……。

 

 今日は、ジャパリパーク最後の日。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ジャパリパーク最後の日 @udon_CO

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ